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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第二部 知の都 セレストル
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第6章 復活(2)

「大丈夫か、アオ!」


シンは陥没した穴の縁に駆け寄る。下を覗き込むと、予想以上に深い穴の底は崩れた土で覆われていた。その中央で、アオは片肘をついて上体を起こし、腰のあたりを押さえながら顔を上げた。


「いてて……大丈夫です! 下が柔らかい土だったので、なんとか……」


服へ付いた土を払いながら立ち上がるアオを確認し、シンは短く息を吐いた。


「深いな……今ロープを降ろす。少し待ってろ」


シンは腰の荷袋から丸めたロープを取り出すと、近くの枯れ木へ巻き付け、結び目を強く引いて強度を確かめる。


その間にアオは穴の中を見回していた。穴底は思ったより広く、両側には人が屈めば通れそうな横穴が続いている。崩れた土の匂いが漂う中、落ちてきた側の壁面へ手を当てると、湿り気を含んだ柔らかな土が指先へ付着した。


続いて反対側の壁面へ視線を向けると、表面が固く締まり、崩れた跡も見当たらない。指先で押してもほとんど沈まず、爪の先で掻いても表面はわずかに白く削れるだけだった。


「岩盤かな……」


アオは拳の背で壁を軽く叩いた。鈍い感触が返り、柔らかな土壁とは異なる硬さが伝わってくる。


そのまま上を見上げると、穴の縁から伸びる枝葉の奥に青い光が見えた。木漏れ日に紛れるほど小さな輝きだったが、葉の隙間で確かに青く煌めいている。アオは目を凝らし、その揺れる光を覗き込んだ。


シンはロープを穴の中へ投げ入れ、結び目の位置を確かめながらアオに呼びかけた。


「登れるか?」


アオはすぐ近くへ落ちたロープを見やり、それを辿るように視線を上げた。穴の上から覗き込むシンを見上げると、張り詰めていた肩から少し力が抜け、頬がわずかに緩む。


「はい、ありがとうございま──」


言葉の途中で突然地面が震え出した。穴の底へ伝わる振動が足元から這い上がり、柔らかな土壁から細かな土粒が零れ落ちる。揺れは収まるどころか徐々に大きさを増し、地中の奥から重い響きが押し寄せてきた。


「……っ! なんだ!?」


穴の縁へ膝をついたシンが周囲を見回す。アオも弾かれたように横穴へ顔を向け、目を凝らした。暗がりの奥では土壁が細かく震え続け、何かが地中を掘り進む音が確かな速度で近づいてくる。


「穴の奥から何か……こっちに近づいてますっ!!」


アオは引き攣った声を上げながらロープを掴んだ。指先へ力を込めて身体を引き上げるたび、靴底が土壁を削り、崩れた土が穴底へ落ちていく。


「急げ!!」


シンは穴の縁へ身を乗り出し、片腕を深く差し伸べた。揺れは激しさを増し、横穴の奥から立ち込め始めた土煙が穴の中を覆っていく。アオはロープを掴んで懸命に土壁を登り、シンの掌が届く限界のところまで辿り着くと、大きく手を上へ伸ばした。すかさずその手首を掴んだシンは、腕へ全身の力を込めながら一気に引き寄せ、そのまま穴の外へ引き上げた。


アオが地面へ転がり込んだ直後、白い巨体が凄まじい勢いで横穴を駆け抜ける。細長い身体が土壁を削り、乳白色の表皮がぬめるように光った。巨体が反対側の穴に消えると、遅れて吹き上がった土煙が穴の上まで噴き出し、薮を大きく揺らした。


アオは身体を起こして白い影が通り過ぎた穴を見つめ、何度か目を瞬かせた。


「い、今のって……?」


シンは穴の奥を見下ろしたまま小さく息を吐く。


「……根掘虫(ねほりむし)か。木の根を食べる害虫だ」


アオは目を瞬かせた。穴の中で見た横穴と、果樹園一帯へ広がる枯れ木が頭の中で繋がったらしく、納得したように頷く。


「それで林檎の木が枯れてたんですね!」


顔を上げたアオの視線が、穴の向こう側で止まる。


「そうだ! シンさん、反対側です! 向こう側にはまだ枯れていない林檎の木がありそうです!」


指差した先へシンも目を向けると、陥没した穴の向こう側には薮が広がり、その奥で一本だけ青々とした枝葉を残す果樹が揺れていた。枯れ木ばかりが並ぶ果樹園の中で、その木だけが朝陽を受けて鮮やかな色を保っていた。


周囲の枯れ色とはあまりに対照的なその姿に、シンは目を細め、小さく頷いた。しかしその視線はすぐに険しさを帯びた。


「問題はどうやって渡るかだな……」


穴は思いのほか幅が広く、飛び越えられる距離ではない。崩れた縁も脆く、人が降りて渡るには危険が大きすぎる。


シンは腕を組んで辺りを見回すと、穴の脇に立つ枯れた巨木に目を止めた。ふもとに立って拳の背で幹を叩くと、乾いた音が内部へ響く。場所を変えて何度か確かめると、シンは背中からギアブレードを引き抜いた。


黒鉄の刀身が陽光を受けて鈍く光る。腰を沈めたシンは刃を横へ走らせ、刀身が勢いを帯びたところでレバーを弾いた。剣先へ引かれる感触と共に重圧感を増した刃は、巨木の根元へ深々と食い込み、断ち割られた断面から木屑が四方へ吹き散った。


巨木は軋みを上げながらゆっくりと傾き、枝先が果樹園の上空を横切ってゆく。周囲の木々を震わせる轟音と共に倒れた巨木は、陥没した穴を跨ぐ即席の橋となった。


「すごい……! これで向こう側に行けますね!」


アオが感嘆の声を漏らす横で、シンは倒れた幹へ片足を乗せ、体重をかけて強度を確かめる。足元を踏み替え、軋みや揺れがないかを確認すると、満足気にひとつ頷いた。


「よし、渡るぞ。足元に気をつけろ」


シンが先頭に立って歩き始めると、アオもその後ろへ続く。二人は巨木の橋を渡り、根掘虫が掘り進んだ巨大な空洞を越えて向こう岸へ降り立った。


「シンさん、あの枝です!」


アオが指差した先では、一本の枝が穴の上へ大きく張り出していた。枝先には艶やかな青色の果実が実り、その表面は煌めくような光沢を帯びている。


アオは周りの枯れ木を見渡し、小さく呟いた。


「他の木は枯れているのにこの一本だけ……。さっきの岩盤が根を守ってくれてたのかな」


シンは足元から手頃な石を拾い上げてロープの先端へ括り付けると、頭上で大きく振り回して投げ放った。枝へ巻きついたロープをゆっくりと手繰り寄せると、張力に引かれた枝が大きくたわみ、青い果実が穴の縁から手の届く位置まで下がってきた。


「アオ、今のうちに採れ!」


「はい!」


アオは枝へ手を伸ばし、両手で果実を包み込むと、慎重に捻って枝から切り離した。掌へ収まった林檎は硝子細工のように滑らかで、その奥には澄んだマナの流れが核まで行き渡っていた。


「マナが満ちてます……! これなら……!」


強く頷くアオの横で、シンも口元をわずかに緩めた。しかしその視線はすぐ空へ向けられる。太陽はさらに高く昇り、防壁へ向かう猶予は残り少ない。


「……正午まで時間がない。防壁まで走るぞ」


「はい!」


アオは慌てて林檎を採取袋へ収め、袋の口を確かめてから肩へ掛け直す。二人は揃って踵を返し、防壁のある方角へ向かって駆け出した。


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