第6章 復活(1)
通り沿いに設置された魔導灯は既に明かりを落とし始め、入れ替わるように街全体へ柔らかな朝の気配が満ちていく。
アオは胸元のポーチへ手を添えながら、大魔導院の回廊を足早に進んでいた。昨晩の騒動のあと、掌の上で抱えるように休ませていた精霊の結晶は、今は温かな熱を取り戻している。
シンはその少し後ろを歩きながら、慌ただしく行き交う研究員たちへ視線を巡らせていた。
モモの研究室へ到着すると、扉の向こうから紙束を捲る音や硝子器具の触れ合う乾いた音が聞こえてきた。机一面に紙束や資料を広げていたモモは、二人が部屋に入るなり勢いよく身を乗り出し、散乱した資料の中央をぱしりと叩いた。
「精霊の回復に必要な素材をリストアップしておきましたよ〜!」
机上には幾つもの古文書や波長解析の図式が重なり、インクの乾き切っていない書き込みまで残っている。丸眼鏡の奥には薄い隈が浮かび、胡桃色の髪も昨夜よりわずかに乱れていたが、モモ本人はそんな様子を気にも留めず胸を張っていた。
「もう調べたんですか!?」
アオは目を見開きながら机へ駆け寄り、そのまま資料へ視線を落とした。
「当然ですぅ〜! アオさんの仮説が証明できるかもしれない上に、あれほどの遺物を見せられては、研究者として寝ていられるわけがありません〜!」
シンは腕を組み、感心したように息を漏らした。
「さすがだな……仕事が早い」
モモは得意げに眼鏡の位置を直すと、机上の資料へ人差し指を走らせる。
「必要なのは、高純度マナ溶媒の月露林檎、魔力波長安定触媒の陽紋晶、そして自我覚醒香のまどろみ草の3つです〜!」
聞き慣れた素材名を追ううち、アオの表情が徐々に真剣さを帯びていく。資料の端へ書き込まれた術式補足へ視線を巡らせながら、納得したように頷いた。
「どれも精霊の核を潤したり、マナを定着させて意識を目覚めさせたりするのに必要な触媒なんですね……!」
「そうなのです〜! 特に陽紋晶は、日の出から正午までの間しか岩肌に浮かび上がらないので気をつけてくださいね!」
モモはさらに、立てた指先を上下させながら補足を加える。
「それから月露林檎は、特に純度の高いものを選んでください〜。表面に硝子のような艶が出ているものほど、マナの含有量が高いんです〜!」
シンは机上の地図へ目を落とし、記された位置関係を確認するように視線を滑らせた。
「日の出から正午まで、か。効率よく回らないとな」
低く呟きながら顎へ手を添え、ほどなくして、目的地を順番に指先でなぞった。
「まずはここから一番距離が近い果樹園跡地で林檎を回収するぞ。そのあと、正午までに防壁へ向かって鉱石を切り出し、最後に湿原のまどろみ草だ」
「はい! モモさん、行ってきます!」
モモは目を細めて頷くと、アオへ採取袋を手渡した。
アオは採取袋を肩に提げ、胸元のポーチを軽く握り直すと、シンと並んで研究室を後にした。
◇──◇──◇
月露果樹園の跡地には、長い年月放置されてきた荒廃の跡が色濃く残っていた。果樹園を囲んでいた木柵は半ば崩れ、倒れた杭には蔓草が絡みついている。かつて人が歩いていた通路も背の高い薮に埋もれ、敷地の奥へ向かうほど酷く荒れていた。
並ぶ果樹はどれも葉を落とし、痩せた枝だけを空へ伸ばしている。枝先には果実がまばらに残っていたが、生い茂る草の間から見えるその姿に瑞々しさはなく、灰色の塊のように枝に残るばかりだった。
シンは近くの木の前に立つと、ひび割れた幹へ手を当て、樹皮の状態を確かめながら低く呟く。
「枯れてるみたいだな……長雨で根が腐ったか、あるいは立ち枯れの病気か……」
アオは慌てて辺りを見渡したが、他の木も同じような状態だった。
「そんな……!」
思わず声をあげたアオは、枝先に残っていた一つへ手を伸ばし、慎重に枝からもぎ取った。掌へ収まった果実は異様なほど軽く、くすんだ色の表面には細かな亀裂が走っている。指先でなぞると乾いた皮がわずかに剥がれ落ちた。
アオは目を閉じ、果実へ意識を向ける。月露林檎には、本来なら内部へ豊富なマナが蓄えられている。しかし掌へ伝わるマナの気配は薄く、どれだけ意識を向けても内部から返ってくる流れは感じられなかった。
「ダメです……。マナが感じられません」
アオは薄く瞼を開くと、溜息をついて肩を落とした。
シンは空を見上げ、太陽の位置を確かめる。陽は既に高く昇り始め、防壁で採取する予定の陽紋晶に残された時間は多くない。
「……鉱石が採れるのは正午までだ。あまり時間をかけている余裕はないぞ」
アオの瞳が揺れる。胸元のポーチへ手を当てると、布越しに精霊の結晶を確かめるように指先を握り込んだ。
「……僕っ、奥の方を探してきます!」
返事を待たず、アオは薮の中へ踏み込んだ。乱雑に伸びた枝葉が肩や腕に擦れるのも構わず、落ち葉や乾いた茎を踏み締め、両腕で草を押し分けながら奥へ進んでいく。
数歩進んだところで、地面が不自然に沈み込んだ。踏み込んだ足元から一気に土が崩れ落ち、草に覆われていた地面が割れるようにして陥没した。
「うわあああっ!?」
崩れた土砂とともにアオの身体が穴の中へ落下していった。




