第5章 古代遺物研究所(2)
白い尖塔群を擁する正門は、磨き上げられた石材と青銀色の金属で構築されている。門を抜けた先の広大な中庭では、浮遊する観測装置の傍らで研究員たちが記録板へ筆を走らせ、実験区画からは大型魔導装置の出力を調整する技術者たちの声が飛び交っていた。
「こっちです!」
アオは迷いのない足取りで研究棟の一角へ進んでいく。高い天井の廊下を何度か曲がる間にも、書類を抱えた研究員や測定器具を運ぶ職員たちが次々と脇を通り過ぎていく。
『古代遺物研究所』の札がかかる扉をアオが押し開けると、乾いた空気が鼻先を掠めた。広い廊下の左右には作業部屋や研究室の扉が並び、ちょうど近くの部屋へ発掘品らしい金属片が運び込まれていく。その拍子に開いた扉の隙間からは、作業台に並ぶ測定器やレンズ、金属製の器具と、それを囲む研究員たちの姿が垣間見えた。シンは開いた扉の向こうを見つめたまま、わずかに片眉を寄せた。
その時、通路の向こうから大量の書類を抱えて歩いていた若い研究員が、不意に足を止める。胡桃色のおさげ髪が揺れ、丸眼鏡の奥の瞳がぱっと輝いた。
「アオさん! 戻ってたんですね〜!」
書類を抱え直しながらこちらへ駆け寄ってくる研究員の姿に気づき、アオは頬を綻ばせた。
「モモさん! お久しぶりです、ちょうど良かった。相談したい事があるんですけど、今お時間ありますか?」
モモは腕いっぱいの書類へ視線を落とし、困ったように笑みを浮かべる。
「この書類を上の階へ届けて、片付けたらすぐ向かいます〜。先に私の研究室で待っていてください〜」
そう言ってぺこりと頭を下げると、モモは再び書類の束を抱え直し、忙しなく階段の方へ駆けていった。
◇──◇──◇
研究所の奥まった区画にあるモモの個人研究室は、扉を開けた途端に紙と古い薬品の匂いが溢れ出すほど雑然としていた。床から天井近くまで積み上がった文献の束が壁際を埋め尽くし、半ば崩れかけた書架の隙間には用途不明の魔導具や黒い金属片が押し込まれている。それぞれに細かな紙札が括り付けられ、一見すると無秩序だが、置き方には何らかの規則があるらしい。
アオは応接用らしい古椅子へ腰を下ろすと小さく息を吐いた。その仕草には、この研究室へ通い慣れた様子が滲んでいる。シンはその隣へ立ち、積み上がった文献の背表紙や壁際に吊るされた古代文字の写しへ目を向けた。
「……朽枝の星祷院には、仮説の調査に来たと言っていたな。報告はしなくていいのか?」
低い声が落ちると、アオの肩が小さく揺れた。膝の上へ置いていた指先が所在なさげに絡まり、視線が机の木目へ落ちる。
「うっ……実は、上の人たちは誰も僕の仮説を信じてくれなくて、一人で飛び出して来ちゃったんです。モモさんだけは信じて見守っててくれたんですけど……」
言いながら肩を縮こまらせたアオは、落ち着きなくポーチの紐を弄る。
「最初は調査許可を申請したんです。でも根拠が弱いって却下されて……。そのまま諦めきれなくて」
シンはそんな様子を見下ろし、短く息を吐いた。
「勝手に飛び出したのか。……大した度胸だな」
呆れた響きを含みながらも、片眉がわずかに上がる。すると間もなく廊下側から慌ただしい足音が近づき、少し遅れて研究室の扉が開いた。
「おまたせしました〜」
両手で扉を押し開けながら、モモが間延びした声と共に入ってくる。作業机の椅子へ腰を下ろしかけたところで、アオの隣へ立つシンの存在に気づき、何度か瞳を瞬かせた。
「えっと、そちらの方は……?」
視線を向けられたシンは、壁際から身体を起こしながら短く答える。
「……シンだ」
「シンさんには、グリーダの遺跡を探索する時に色々助けてもらったんです!」
隣からアオが言葉を補足すると、モモは「ああ〜!」と納得した声を漏らし、胸元へ手を当てる。
「そうでしたか〜! 私は古代遺物研究所の上席研究員を務めさせて頂いてます、モモといいます〜! よろしくお願いします〜」
ふわりと頭を下げるモモへ、シンも一度だけ頷きを返す。簡単な挨拶が済んだところで、アオは胸元のポーチから布に包まれた小さな結晶を取り出し、そっと机の中央に置いた。包みを解かれたその結晶は、淡い光を内側に閉じ込め、研究室の薄暗い灯りの中でもほのかな光を滲ませていた。
アオは朽枝の星祷院で起きた出来事を順に説明していく。古代機兵の核、遺跡深部の機械構造、そして巨大な装置の中で衰弱していた精霊の姿──話が進むにつれ、モモの表情から柔らかな笑みが消え、その視線が次第に険しさを帯びていった。
「なるほど……それが本当なら、歴史の前提がひっくり返っちゃいますねぇ……」
指先で眼鏡の位置を直すと、モモは机上の結晶へ目を落とした。その隣でシンはギアブレードを背中から降ろし、包んでいた厚布を解く。鈍い金属光沢を帯びた大剣が机へ置かれると、研究室の空気が張り詰めた。
「──それから、遺跡の最深部でこれと同じものの設計図を見た。俺は、これが何なのかを知りたい」
シンの声が落ちると、モモは椅子を跳ねるように立ち上がった。そのまま机へ身を乗り出し、丸眼鏡が触れそうな距離までギアブレードへ顔を近づける。
「すごい……! 動力のない古代の遺物に歯車機構を組み込んで人力で駆動させてるんですか〜!? もっとよく見せてください、分解させてくださいぃ!」
机へ両手をついたまま声を上擦らせるモモに対し、シンは即座にギアブレードを引き寄せ、再び布で包み直した。
「ダメだ。俺の大事な得物だぞ」
低く切り捨てる声音と同時に布紐が結ばれる。モモは露骨に肩を落とし、椅子へ崩れ落ちるように座り込んだ。
「そんなぁ~~~っ、意地悪ですぅ……」
長い溜息が研究室へ広がると、アオが慌てて二人の間へ割って入る。
「そ、それより……! まずは精霊を回復させる方法を探しましょう!」
モモは未練がましく布に包まれたギアブレードへ視線を向けていたが、小さく息をつきながら結晶へ向き直った。
「そうですねぇ。ひとまず、この結晶の魔力波長を私の機材で調べさせてください。何か回復の手がかりが分かるかもしれません〜」
差し出された両手を前に、アオの瞳がわずかに揺れる。机上の結晶に手を伸ばし、その縁を指先でそっと撫でると、布で包み直してモモへ預けた。名残を惜しむように結晶をしばらく見つめたあと、アオは空になった掌を握り込み、小さく息を吐き出してから立ち上がった。
「……お願いします」
モモが慎重に結晶を測定機材の台座へ移すのを見届けると、アオはもう一度だけその光を見つめ、シンと共に研究室を後にした。
夕暮れの光が差し込む廊下を抜け、二人は中央区画の通りへ向かう。
「俺は宿を探すが、アオは家に帰らなくていいのか?」
シンが尋ねると、アオは顔を逸らして視線を泳がせた。
「僕、孤児なので大魔導院の施設で暮らしてたんですけど、今は所長に見つかるとまずいので……シンさんと同じ宿でいいです」
「そうか」
シンは軽く肩をすくめると、宿に向かって歩き出した。




