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歯車と星の環  作者: 進藤晶人
第一部 はじまりの森 グリーダ
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第4章 遺跡(4)

幾つもの隔壁と分岐通路を越えた先で、二人は中央区画の最深部へ辿り着いた。


広大な円形空間の中央には、天井近くまで届く巨大な円柱型装置が据えられ、黒い材質で構成された無数の管や導線が蜘蛛の巣のように周囲の壁面へ伸びている。青白い光は心臓の鼓動にも似た周期で脈打ち、そのたびに冷たい金属床へ淡い反射を揺らしていた。


装置中心部のカプセル内は半透明の液体で満たされ、小さな人影にも見える淡い光が力なく漂っていた。膝を抱えて身を丸めた姿は眠っているようにも見えたが、その輪郭はあまりにも弱々しく、今にも霧散してしまいそうだった。


「シンさん、あれ……!」


アオは息を呑み、引き寄せられるようにカプセルへ駆け寄る。透明な隔壁へ手を触れると、冷え切った感触が掌へ伝わり、その奥では精霊らしき小さな光が微かに身を縮めるように揺れた。


シンは数歩後ろから巨大な装置全体へ視線を巡らせた。壁面へ張り巡らされた導線の配置や、規則的に脈動する光の流れを追ううち、険しい表情へさらに深い影が差し込んだ。


「……これが動力源ってわけか」


低く落ちた声が、無機質な空間へ重たく沈む。


「そんな……古代魔法の動力がこんな……。可哀想ですよ……!」


アオの声には隠しきれない動揺が滲んでいた。精霊の身体から淡く光る粒子が絶えず滲み出し、液体の中を漂いながら外側を走る導管へ吸い出されていく。光が抜けるたび、小さな輪郭が頼りなく震える。


「この子……弱ってるみたいです! 早く助けてあげなきゃ……!」


アオはカプセルへ身を寄せ、透明な隔壁へ両手を滑らせた。解除用の術環を探して何度も表面を辿るが、磨き上げられた金属の縁にも、透明な面にも、魔法の痕跡は見当たらない。


「術環が……ありません。魔法による拘束じゃない……?」


困惑するアオの横を抜け、シンが無言のまま操作盤の前へ歩み出る。足を止めた先では、黒い金属の卓上へ青白い光が浮かび上がり、見慣れない古代文字が絶えず流れている。


「退いてろ」


低く言い残し、シンは強張った表情のまま操作盤へ手を伸ばした。指先が光の列へ触れると、静まり返っていた空間へ鈍い振動音が走り、幾重ものホログラムが空中へ展開される。半透明の画面には古代文字の羅列や複雑な構造図が次々と映し出され、機兵の内部構造や動力経路らしき図面が目まぐるしく切り替わっていく。


「シンさん、分かるんですか……?」


背後から戸惑い混じりの声が飛ぶが、シンは答えない。険しい眼差しのまま無数の表示を睨み続け、必要な情報だけを選り分けるように指先を滑らせていく。


その最中、不意に一枚の設計図らしきホログラムが展開され、シンの手がぴたりと止まった。


青白い光で描かれていたのは、長大な駆動刃を備えた武装の設計図だった。刀身に組み込まれた歯車機構こそ存在しないものの、その形状はシンの背負うギアブレードと酷似している。


シンの瞳が大きく見開かれ、操作盤へ触れていた指先が微かに震える。張り詰めた呼吸がわずかに乱れ、奥歯を噛み締める音が低く漏れた。


背後から画面を覗き込んだアオが、息を呑む。


「……シンさんのギアブレードと同じ構造です。やっぱり、古代文明の遺物だったんですね……」


シンの横顔はさらに険しさを増し、眉間へ深い皺が刻まれる。浅く息を吐き出すと、視線を設計図から引き剥がすように別の画面へ移し、浮かび上がった文字列を荒い手つきで切り替えた。


「……今は、精霊の解放が先だ」


シンが操作盤へ指示を入力すると、画面に表示されていた赤い警告表示が消え、青白い光が広がった。続いて円柱型カプセルの周囲から重いロック機構が外れる音が連続して響き、密閉されていた隔壁が左右へ滑るように開き始める。


透明な隔壁が開くと同時に、内部を満たしていた半透明の液体が装置の底部へ流れ落ちていく。残された淡い光は無数の粒子となり、冷えた空気の中へふわりと舞い上がった。漂う光は頼りなく軌跡を揺らしながら、それでも何かに導かれるようにアオの方へ近づいてゆく。


「わっ……!」


反射的に両手を差し出すと、集まった光の粒子は掌の中で渦を巻き、やがて脈打つ輝きを内側へ閉じ込めるように凝縮していく。眩い光が収まった後には、透き通る淡緑色の小さな結晶だけが残されていた。


「……石になっちゃいましたよ!?」


驚いた声を漏らしながら、アオは両手の中を覗き込んだ。結晶は掌へ収まるほど小さいにもかかわらず、生き物の鼓動にも似た周期で淡く明滅を繰り返している。


その温もりを確かめるように指先で包み込むうち、強張っていたアオの表情が徐々に和らいでいく。


「……温かい。マナのような、不思議な力を感じます。まだ生きてます……!」


アオはその温もりを逃がさないように丁寧に結晶を布に包み込み、胸元のポーチに収めた。


その様子を見届けてもなお、シンの表情から険しさは消えなかった。静まり返った操作盤のホログラムを順に閉じ、最後に残った設計図の光も掻き消す。青白い残光が薄れていく中、シンは背中のギアブレードへ視線を落とし、それから静かにアオへ向き直った。


「……俺は、このギアブレードが何なのか知る必要がある。……そのためには、お前の力が必要だ」


アオは返事を忘れたようにシンを見つめ返し、それからゆっくりと視線をギアブレードへ移した。


不意に、遺跡全体へ絶え間なく響いていた低い駆動音が途切れ、壁面を巡っていた青白い光が奥から順に失われていく。赤い警告灯の明滅も途絶え、空間を満たしていた微細な振動は完全に消え去った。


「わっ……! そっか、動力源がなくなったから……!」


慌てた声を上げるアオの横で、シンは腰のランタンを取り出し、火打石を擦る。小さな火花が散った後、橙色の灯火が揺らめきながら広がり、闇へ沈みかけていた金属壁をぼんやりと照らし出した。無機質な黒い壁面には長く影が伸び、先程まで脈動していた回路跡だけが黒く沈んで見える。


「……遺跡から、マナの気配が完全に消えました」


アオは息を潜めるように周囲を見回した。先程まで光を放っていた操作盤も、今では冷たい鉄板のような質感を晒している。


アオは操作盤の前まで歩み寄り、平坦になった表面へそっと指先を滑らせる。触れた金属は驚くほど冷たく、そこにはもう微かな振動すら残っていなかった。


「……さっきまで動いてたのに、急に、ただの遺跡になっちゃいましたね」


小さく漏れた声は、広い空間の中へ静かに溶けていく。


シンは答えを返さず、出口へ続く通路へ身体を向けた。ランタンの灯りが背中のギアブレードを鈍く照らし、その影が長く床を這っていく。胸元のポーチへ手を添えたアオは、布越しに結晶の温もりを確かめながら、その背中を追いかけた。



   ◇──◇──◇


帰路の通路は警報音ひとつなく沈み返っていた。壁の格納口は半端に開いたまま沈黙し、冷え切った床には蜘蛛型機兵の残骸が転がっている。激しい戦闘が繰り広げられていた区画も今では朽ちた機械墓地のように静まり返り、ランタンの灯りだけが長く影を引いていた。


先頭を歩くシンの横顔は硬く、前を向いたまま口を閉ざしていた。アオは何度かその背中へ視線を向けたものの、結局声をかけることはできず、二人は無言のまま長い通路を進み続けた。金属質の床へ重なる靴音だけが一定の間隔で響き、その反響が虚ろな空間の奥へ細く尾を引いて消えていく。


長い石階段を登り切り、崩れた石塊の隙間を抜けると、冷えた夜風が火照った頬を撫で抜けた。見上げた空には星々が静かに瞬き、深い森の上空で冷たい光を降らせていた。


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