表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/130

第九十九話「冬の収穫」



 学園の冬休み。


 農村に帰った。


 フィオナと2人で。馬で。いつもの道。


「ランベルトさん。久しぶりですね。農村」


「ああ。3ヶ月ぶりだ」


「3ヶ月。……長かったですか」


「長くはなかった。しかし、大根が気になっていた」


「人より大根が気になるんですね」


「人はエマが守っている。大根はエマが育てている。つまり、どちらもエマが管理している。心配する必要はない」


「全部エマさん任せじゃないですか」


「エマに任せれば間違いない。55年の実績がある」



 *



 農村が見えた。丘の上から。


 畑が白かった。冬大根の葉が霜に覆われている。煙突から煙。


 (帰ってきた)


 門の前に、エマが立っていた。


 ニコニコしていた。


「おかえりなさいませ、坊ちゃま」


「ただいま」


「フィオナ様も。おかえりなさいませ」


「ただいまです、エマさん」


 エマのニコニコは変わっていなかった。3ヶ月前と同じ。しかし、少しだけ痩せた気がした。


「エマさん。体は大丈夫か」


「大丈夫でございます。少し痩せましたのは、坊ちゃまの料理がなかったからでございます」


「……俺の料理がないと痩せるのか」


「塩気が足りなくて、食が細くなりました」


 (俺の料理がないと食が細くなる。エマにとっても、俺の料理が「味」になっていたのか)


「今日から作る。たくさん食べてくれ」


「はい。お待ちしておりました」



 *



 畑に出た。


 冬大根の収穫。エマとクロードの連携で出荷は順調に進んでいたが、年末分の大根がまだ畑にあった。


 大根を抜いた。太い。甘い。冬の大根。


「……立派だな」


「エマが育てました。坊ちゃまの種を、坊ちゃまの畝に、坊ちゃまの水やり方で」


「俺の方法で育てたのか」


「はい。坊ちゃまが残してくださった手順書の通りに」


「手順書。……マニュアルか」


「はい。大変わかりやすうございました。営業の方は文書がお上手ですね」


 (営業マンの文書力が農業マニュアルに活かされた。前世のスキルが予想外のところで役立っている)


 フィオナが大根を抜いた。慣れた手つきだった。


「……上手くなりましたね」


「毎日やってますから。王都の裏庭で」


「王都でも抜いてるんですか」


「はい。シャールさんが植えた大根を」


 エマがニコニコしていた。


「フィオナ様も、すっかり農村の方ですね」


「農村の方。……そうかもしれません」


「坊ちゃまの影響でございますね」


「影響ですかね。……自分では気づかなかったですけど」


 (フィオナが農村の人間になっている。大根を抜く。料理を作る。畑に水をやる。王都の学園生から農村の人間に変わった)


 (いや、変わったのではない。両方になった。学園生であり、農村の人間でもある。俺と同じだ)



 *



 昼飯を作った。


 農村の台所。3ヶ月ぶり。


 道具の位置は変わっていなかった。エマが維持してくれていた。


「……この台所だ」


「帰ってきましたね」


「ああ。王都の台所より、こっちのほうがいい」


「でしょう。手に馴染みますよね」


 根菜の煮込み。冬大根の味噌汁。漬物。


 3人分。俺、フィオナ、エマ。


「エマさん。3ヶ月分の報告を聞かせてくれ」


「はい。まず大根でございますが」


「大根から始めるのか」


「大根が一番重要でございますから。クロード殿との取引は順調です。出荷25件。春の種まきの計画も整っております」


「25件。……クロードが言っていた通りだ」


「クロード殿は優秀な商人でございますね。毎週手紙をくださいます」


「毎週。……エマとクロードは仲がいいな」


「仲が良いのではございません。商売上の連絡でございます」


「商売上か」


「はい。……少々、世間話もいたしますが」


 (エマとクロードが世間話をしている。55歳の使用人と若い商人が。大根を通じて)


 フィオナが笑った。


「エマさん。お友達ができたんですね」


「お友達。……ご大層なものではございませんが」


「お友達ですよ。手紙を毎週もらう人は、お友達です」


 エマが少しだけ照れた。ニコニコの質が変わった。照れたニコニコ。初めて見た。



 *



 午後。丘に出た。


 フィオナの修行。農村の丘。いつもの場所。


 光を灯した。昼間の光。5分。安定。


「……ここだと、もっと安定しますね」


「農村の空気が合うのか」


「空気じゃないです。……ここが最初の場所だからです。修行を始めた場所」


 (最初の場所。フィオナが修行を始めた丘。ここで俺が横に立って、光を見ていた。そこから全部が始まった)


「ランベルトさん」


「何だ」


「農村に帰ってくると、思い出しますね」


「何を」


「最初の日。あなたが大根に水をやっていて、私が『ここに住んでるんですか』って聞いた日」


「覚えている」


「あの日から、もう半年以上経ちました」


「ああ。半年以上だ」


「あの日、あなたは逃げてましたよね」


「逃げていた」


「今は」


「今は、逃げていない。ここにいることを選んでいる。王都にいることも選んでいる。両方、選んでいる」


「両方。……贅沢ですね」


「贅沢か」


「贅沢ですよ。帰る場所が2つあるなんて」


「お前も2つあるだろう」


「ありますね。でも、2つとも同じ人がいるから、実質1つです」


 (実質1つ。2つの場所に、同じ人間がいるから。俺がいるから、1つ)


「……ああ。実質1つかもしれない」


「かもしれない、じゃなくて。1つですよ」


「……ああ。1つだ」


 丘の風が吹いた。冬の風。冷たいが、隣が温かかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ