第九十九話「冬の収穫」
学園の冬休み。
農村に帰った。
フィオナと2人で。馬で。いつもの道。
「ランベルトさん。久しぶりですね。農村」
「ああ。3ヶ月ぶりだ」
「3ヶ月。……長かったですか」
「長くはなかった。しかし、大根が気になっていた」
「人より大根が気になるんですね」
「人はエマが守っている。大根はエマが育てている。つまり、どちらもエマが管理している。心配する必要はない」
「全部エマさん任せじゃないですか」
「エマに任せれば間違いない。55年の実績がある」
*
農村が見えた。丘の上から。
畑が白かった。冬大根の葉が霜に覆われている。煙突から煙。
(帰ってきた)
門の前に、エマが立っていた。
ニコニコしていた。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
「ただいま」
「フィオナ様も。おかえりなさいませ」
「ただいまです、エマさん」
エマのニコニコは変わっていなかった。3ヶ月前と同じ。しかし、少しだけ痩せた気がした。
「エマさん。体は大丈夫か」
「大丈夫でございます。少し痩せましたのは、坊ちゃまの料理がなかったからでございます」
「……俺の料理がないと痩せるのか」
「塩気が足りなくて、食が細くなりました」
(俺の料理がないと食が細くなる。エマにとっても、俺の料理が「味」になっていたのか)
「今日から作る。たくさん食べてくれ」
「はい。お待ちしておりました」
*
畑に出た。
冬大根の収穫。エマとクロードの連携で出荷は順調に進んでいたが、年末分の大根がまだ畑にあった。
大根を抜いた。太い。甘い。冬の大根。
「……立派だな」
「エマが育てました。坊ちゃまの種を、坊ちゃまの畝に、坊ちゃまの水やり方で」
「俺の方法で育てたのか」
「はい。坊ちゃまが残してくださった手順書の通りに」
「手順書。……マニュアルか」
「はい。大変わかりやすうございました。営業の方は文書がお上手ですね」
(営業マンの文書力が農業マニュアルに活かされた。前世のスキルが予想外のところで役立っている)
フィオナが大根を抜いた。慣れた手つきだった。
「……上手くなりましたね」
「毎日やってますから。王都の裏庭で」
「王都でも抜いてるんですか」
「はい。シャールさんが植えた大根を」
エマがニコニコしていた。
「フィオナ様も、すっかり農村の方ですね」
「農村の方。……そうかもしれません」
「坊ちゃまの影響でございますね」
「影響ですかね。……自分では気づかなかったですけど」
(フィオナが農村の人間になっている。大根を抜く。料理を作る。畑に水をやる。王都の学園生から農村の人間に変わった)
(いや、変わったのではない。両方になった。学園生であり、農村の人間でもある。俺と同じだ)
*
昼飯を作った。
農村の台所。3ヶ月ぶり。
道具の位置は変わっていなかった。エマが維持してくれていた。
「……この台所だ」
「帰ってきましたね」
「ああ。王都の台所より、こっちのほうがいい」
「でしょう。手に馴染みますよね」
根菜の煮込み。冬大根の味噌汁。漬物。
3人分。俺、フィオナ、エマ。
「エマさん。3ヶ月分の報告を聞かせてくれ」
「はい。まず大根でございますが」
「大根から始めるのか」
「大根が一番重要でございますから。クロード殿との取引は順調です。出荷25件。春の種まきの計画も整っております」
「25件。……クロードが言っていた通りだ」
「クロード殿は優秀な商人でございますね。毎週手紙をくださいます」
「毎週。……エマとクロードは仲がいいな」
「仲が良いのではございません。商売上の連絡でございます」
「商売上か」
「はい。……少々、世間話もいたしますが」
(エマとクロードが世間話をしている。55歳の使用人と若い商人が。大根を通じて)
フィオナが笑った。
「エマさん。お友達ができたんですね」
「お友達。……ご大層なものではございませんが」
「お友達ですよ。手紙を毎週もらう人は、お友達です」
エマが少しだけ照れた。ニコニコの質が変わった。照れたニコニコ。初めて見た。
*
午後。丘に出た。
フィオナの修行。農村の丘。いつもの場所。
光を灯した。昼間の光。5分。安定。
「……ここだと、もっと安定しますね」
「農村の空気が合うのか」
「空気じゃないです。……ここが最初の場所だからです。修行を始めた場所」
(最初の場所。フィオナが修行を始めた丘。ここで俺が横に立って、光を見ていた。そこから全部が始まった)
「ランベルトさん」
「何だ」
「農村に帰ってくると、思い出しますね」
「何を」
「最初の日。あなたが大根に水をやっていて、私が『ここに住んでるんですか』って聞いた日」
「覚えている」
「あの日から、もう半年以上経ちました」
「ああ。半年以上だ」
「あの日、あなたは逃げてましたよね」
「逃げていた」
「今は」
「今は、逃げていない。ここにいることを選んでいる。王都にいることも選んでいる。両方、選んでいる」
「両方。……贅沢ですね」
「贅沢か」
「贅沢ですよ。帰る場所が2つあるなんて」
「お前も2つあるだろう」
「ありますね。でも、2つとも同じ人がいるから、実質1つです」
(実質1つ。2つの場所に、同じ人間がいるから。俺がいるから、1つ)
「……ああ。実質1つかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて。1つですよ」
「……ああ。1つだ」
丘の風が吹いた。冬の風。冷たいが、隣が温かかった。




