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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第百話「俺がいるべき場所」



 冬休みの最終日。


 明日、王都に戻る。


 朝、畑に出た。大根に水をやった。最後の水やり。


 フィオナが隣にいた。いつもの距離。


「ランベルトさん」


「何だ」


「100日目ですね」


「何がだ」


「王都に行ってから。だいたい100日くらいです」


「数えていたのか」


「数えてませんけど、だいたいそのくらいかなって」


 (100日。農村を出て、王都に住んで、門の前で待って、弁当を作って、料理教室をやって、貴族院で答弁して、友達ができて、帰ってきた。100日で)


「100日前と何が変わったか」


「全部変わりました。でも、全部同じです」


「矛盾しているだろう」


「矛盾してません。場所が変わって、人が増えて、器が増えて。全部変わりました。でも、朝起きて、大根に水をやって、あなたの隣にいる。それは変わってません」


 (変わったものと変わらないもの。それが同時にある。矛盾ではない。両立だ)



 *



 昼飯を作った。


 今日は特別なものを作った。冬大根の煮物。農村の食材だけで。王都の香辛料は使わない。一番最初の味。


 3人分。俺、フィオナ、エマ。


 食卓に3枚の器。


「エマさん。この味は」


「……おかえりなさいませの味でございますね」


「ああ。おかえりなさいませの味だ」


「少しだけ変わりましたね」


「変わったか」


「はい。王都の味が、少しだけ混じっています。以前はなかった丸みがあります」


「丸み」


「はい。角が取れて、丸くなりました。フィオナ様の影響でしょうか」


 フィオナが少しだけ赤くなった。


「私の影響ですか」


「毎日一緒に料理をされていると、味が移るものでございます」


「味が移る。……出汁が混ざるみたいなことですか」


「似たようなものでございます」


 (味が移る。俺の味にフィオナの味が混じっている。エマにはそれが見える。いや、味わえる)



 *



 午後。エマと2人きりになった。フィオナは離れで荷物をまとめている。


「エマさん」


「はい」


「俺は、ここにいるべき人間か」


 エマが俺を見た。ニコニコではなかった。真剣な目だった。エマが真剣な顔をするのは珍しい。


「坊ちゃま。なぜそのようなことを」


「考えていた。ずっと。俺はこの世界にいるべきではなかった人間だ。削除されたキャラだ。物語の端にいるべきだった。しかし、中心に来てしまった」


「来てしまった、ではございません」


「……何だ」


「来たのでございます。ご自分の意思で」


「意思で」


「はい。坊ちゃまは逃げてここに来ました。しかし、逃げた先で大根を育て、フィオナ様を迎え、料理を作り、人を集めました。全て、坊ちゃまの意思でございます」


「……ああ」


「削除されたとか、端にいるべきだったとか、そのようなことは、もう関係ございません。坊ちゃまは今ここにいらっしゃいます。それが全てでございます」


「……エマ」


「はい」


「いるべき場所とは、どこだ」


「いるべき場所は、いたい場所でございます」


「いたい場所」


「はい。坊ちゃまがいたい場所が、いるべき場所でございます。それは農村かもしれません。王都かもしれません。台所かもしれません。フィオナ様の隣かもしれません。どこであっても、坊ちゃまがいたいと思う場所が、坊ちゃまのいるべき場所です」


 エマがニコニコに戻った。


「お父様も同じことを仰っていました。『いるべき場所は、探すものではない。自分で作るものだ』と」


 (父が言っていた。いるべき場所は自分で作る)


「……ありがとう。エマ」


「お礼には及びません。私はニコニコしているだけでございますから」


 (ニコニコしているだけ。55年間。エマはここでニコニコしていた。父がいた頃も。俺が来てからも。フィオナが来てからも。ずっと。それが、エマのいるべき場所だ)



 *



 夕方。


 出発の準備をした。


 門の前に立った。


 エマが見送りに立った。


「行ってらっしゃいませ」


「ああ。行ってくる」


「……4度目でございますね」


「4度目だ。1度目は逃げた。2度目は走った。3度目は歩いた」


「4度目は」


「……帰る」


「帰る」


「ああ。王都に帰る。そして、ここにも帰る。両方に帰る」


 エマがニコニコした。4度目のニコニコ。一番深かった。


「両方にお帰りなさいませ、でございますね」


「ああ。両方に、ただいま、だ」



 *



 馬に乗った。フィオナが後ろに座った。


 農村を出た。丘を越えた。街道に出た。


 北に向かった。王都に。


「ランベルトさん」


「何だ」


「4度目の出発ですね」


「ああ」


「今回は何ですか。逃げるでもなく、走るでもなく、歩くでもなく」


「帰る」


「帰る。……王都に帰るんですね」


「ああ。帰る」


「農村も帰る場所で、王都も帰る場所」


「ああ」


「じゃあ、どこにいても帰ってるってことですね」


「……ああ。どこにいても帰っている。お前がいるから」


 (言った。言ってしまった。「お前がいるから」)


 フィオナの手が、腰の上で少しだけ強くなった。


「……ありがとう」


「カウントするか」


「します。今のは特別です」


「何回目だ」


「22回目です。……でも、22回目の内容は、全部の中で一番重いです」


「一番か」


「一番です。……19回目が一番だと思ってましたけど、更新されました」


 (更新された。19回目は「格が釣り合わなくてもいい」。22回目は「お前がいるから帰っている」)


 馬が北に進んだ。


 冬の街道。風は冷たい。しかし、背中が温かい。


 (俺、当て馬なんで逃げます)


 (半年以上前、そう思った)


 (今は違う)


 (俺は当て馬ではなかった。そして、逃げていない。いるべき場所にいる。2つの場所に。たくさんの人の中に。フィオナの隣に)


 (いるべき場所は、自分で作るものだ。父がそう言った。エマが教えてくれた)


 (俺は作った。大根と、料理と、出汁で。作った場所が、いるべき場所になった)


 街道の先に、王都が見えた。


 白い城壁。尖塔。冬の空に映えている。


 帰る場所が、待っていた。




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