表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
V「糸を切る者たち」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
101/128

第百一話「糸を切る者たち」



 王都に戻った。


 ヴェルツ家の別邸。シャールが直した壁。裏庭の冬大根。台所の30枚の皿。


 全部、そのままだった。


「おかえりなさい、ですね」


「ああ。おかえりなさい、だ」


 フィオナが台所に入った。水を汲んだ。お茶を入れた。


「私が入れます。今日は」


「……いいのか」


「いいんです。あなたは荷解きしてください」


 フィオナがお茶を入れた。飲んだ。


 いつもより落ちていた。


「……いつもより落ちるな」


「えっ。評価しないでください。帰ってきたばかりですよ」


「帰ってきたばかりでも、味に手は抜かない」


「手を抜いてないですよ。温度管理が……少し雑だったかもしれませんけど」


「雑だった。15度高い」


「15度まで分かるんですか」


「分かる。舌で」


 (舌で温度がわかるのは、前世の営業時代に得意先で出されたコーヒーの温度を毎回記録していたからだ。無駄な経験が無駄でなくなる日が来るとは思わなかった)



 *



 翌日。学園が再開した。


 門の前に座った。トーマスが椅子を出してくれた。


「おかえりなさい、ヴェルツ殿。農村はいかがでしたか」


「良かった。大根が元気だった」


「大根が元気。……ヴェルツ殿の帰省報告は、毎回大根からですね」


「大根が一番大事だからな」


「フィオナ殿より?」


「……同列だ」


 (同列と言ってしまった。大根とフィオナが同列。問題発言だ。しかしトーマスは笑っているだけだ)


 弁当を食べた。14人分。冬休み明けで、門前弁当の常連が戻ってきた。


 マリアが来た。


「ランベルト様。おかえりなさい。冬休み中、お弁当がなくて寂しかったです」


「ありがとう。……今日の握り飯は冬大根の漬物入りだ。農村から持ってきた」


「わあ。農村の大根。味が違うって聞いてます」


「違う。土が違うから」



 *



 午後。クロードが来た。


 居間でお茶を出した。今度は俺が入れた。


「ランベルト殿。おかえりなさい。……お茶、美味しいですね。やはりあなたが入れると違う」


「ありがとう。で、用件は」


「はい。少し気になる話がありまして」


 クロードが帳簿を出した。いつもの帳簿ではない。別の帳簿。


「最近、商人の間で奇妙な相談が増えています」


「奇妙な相談」


「はい。『縁糸を切りたい』という相談です」


 (縁糸を切りたい)


「切る。……縁糸を切ることができるのか」


「通常はできません。縁糸は自然発生的なもので、人為的に断ち切る方法は知られていません。しかし、最近、『切ってもらった』という人が何人か出てきています」


「切ってもらった。……誰に」


「それがわからないのです。切ってもらった人々は、具体的な名前を出しません。ただ、『ある集団に頼んだ』とだけ」


 (ある集団。名前を出さない。組織的な動きだ)


「なぜ切りたいんだ。縁糸を」


「理由は様々です。望まない婚約で結ばれた糸。片思いの痛みから逃れたい。過去の恋人との糸を断ちたい。……政略結婚で苦しんでいる貴婦人が多いですね」


 (政略結婚。フィオナの婚約問題と根が同じだ。望まない縁で苦しんでいる人々がいる)


「クロード。その相談、何件だ」


「この2ヶ月で12件。以前はゼロでした。急に増えた」


「急に。……何かきっかけがあったのか」


「わかりません。しかし、12件の相談者のうち3人が、同じ言葉を使っています」


「同じ言葉」


「『灰色の糸を見た者がいる』と」


 (灰色の糸。縁糸は通常、金色だ。銀色は俺と麻衣の魂の絆。しかし、灰色は聞いたことがない)


「灰色の糸。……エマに聞いてみないと」


「エマ殿に?」


「エマは縁糸が見える。灰色の糸が何なのか、知っているかもしれない」


「なるほど。……ランベルト殿。もう一つ」


「何だ」


「切ってもらった人たちに、変化があります」


「変化」


「穏やかになったと言う人がいます。しかし、同時に、感情が薄くなったと言う人もいます。笑わなくなった、怒らなくなった、泣かなくなった」


 (感情が薄くなった。縁糸を切ったら、感情が薄くなる。糸と感情が繋がっている)


「それは、副作用か」


「わかりません。相関があるかどうかも不明です。ただ、気になったのでお伝えしました」


「ありがとう。……調べてみる」



 *



 夜。夕飯を作った。2枚の皿。


 今日は少しだけ凝ったものを作った。冬大根の蒸し物と、焼き魚の香辛料添え。王都の食材と農村の食材を合わせた。


「ランベルトさん。今日のは特別ですね」


「帰還初日だからな」


「帰還初日だから特別。……何回帰還するんですかね、これから」


「何回でも。農村と王都を行き来する生活だ」


「じゃあ、毎回特別な料理が食べられるんですね。お得です」


 フィオナが笑った。


 しかし、俺は笑えなかった。


「……フィオナ」


「はい」


「クロードから聞いた話がある」


「何ですか」


「縁糸を切る人間がいる。最近、増えているらしい」


 フィオナの顔が少しだけ変わった。


「切る。……縁糸を?」


「ああ。望まない縁を断ちたいという相談が増えている。実際に切ってもらった人もいる」


「……切ったら、どうなるんですか」


「わからない。しかし、感情が薄くなったという報告がある」


 フィオナは少しだけ黙った。


「ランベルトさん」


「何だ」


「私たちの間にも、糸があるんですよね。エマさんが言ってましたよね。太い糸が」


「ある。俺には見えないが」


「切られたら、どうなるんでしょう」


 (切られたら。俺とフィオナの糸が切られたら。感情が薄くなる。笑わなくなる。怒らなくなる)


 (それは……それは、嫌だ)


 (「嫌だ」と思った。営業マンとしてではなく、ランベルト・ヴェルツとして。フィオナとの糸が切られるのは、嫌だ)


「……切らせない」


「切らせない」


「ああ。誰にも切らせない」


「護衛の仕事ですか」


「護衛の仕事ではない」


「じゃあ何ですか」


「……わからない。しかし、切らせない」


 フィオナが少しだけ笑った。


「嘘つき。……わかってるくせに」


 食器を洗った。2枚。フィオナが拭いた。


 (新しい問題が始まった。縁糸を切る者たち。灰色の糸。感情の消失)


 (俺の護衛の領分は、また広がるのだろうか)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ