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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第九十八話「あの日の約束」



 ファインから手紙が届いた。


「ランベルト殿。約束を果たしたい。明日の午後、ヴェルツ家の別邸に伺う」


 短い手紙だった。しかし、何の約束かはわかった。


 (「この件が片付いたら、お前と話がしたい。リリアのことではなく、お前自身のことだ」。あれは農村での会話だった。ミリアーデの件の後。ファインが棚上げにしていた追及)


 フィオナに伝えた。


「明日、ファイン殿が来る」


「ファイン先輩が。……リリア様のことですか」


「いや。俺のことだ」


「あなたの」


「ああ。前に、話がしたいと言われていた。その約束だ」


「……大丈夫ですか」


「大丈夫だ。クロードにも、レオンにも、ファインにも、同じことを聞かれてきた。『お前は何者だ』と。毎回答えてきた。今回も答える」


「営業の経験で?」


「営業の経験と、大根の自信で」



 *



 翌日。午後。


 ファインが来た。1人で。護衛なし。


 茶を入れた。最上級の淹れ方。


「ファイン殿。お茶をどうぞ」


「ありがとう。……相変わらずうまい」


「ありがとうございます」


 フィオナは台所にいる。離れた場所で。聞こえない距離。


 ファインが茶碗を置いた。


「ランベルト殿。約束通り、話をしよう」


「はい」


「お前に聞きたいことは、3つある」


 (3つ。ファインは整理してくる。クロードの分析とは違う。ファインは仮説を立てて確認する)


「一つ目。お前の農業知識は、この世界のものではない。以前、畑を見て指摘した。お前はどこでその知識を得た」


「……独学と、以前の経験です」


「以前の経験。……お前は、別の場所で暮らしていたことがあるのか」


「……あります」


「この国の外か」


「……この世界の外、と言ったほうが正確です」


 ファインの目が動いた。しかし、驚きではなかった。確認の目だった。


「二つ目。お前とリリアの関係。手紙のやり取りは農業と料理の話だと言っていた。しかし、お前がリリアのために命を懸けるほどの関係は、農業と料理では説明できない」


「……ああ」


「お前とリリアは、家族か」


「……はい。兄妹です」


「兄妹。……ヴェルツ家とルーシェ家には血縁関係はない」


「血の繋がりではありません。……魂の繋がりです」


「魂の繋がり」


「縁糸。ファイン殿も聞いたことがあるでしょう。ヴェルツ家の糸の体質。俺とリリアの間には、銀色の糸がある。見える人間には見える」


「エマが」


「はい。エマが見えます」


 ファインは少し黙った。


「三つ目。お前は何者だ。没落貴族ではない。農業の知識を持ち、この世界の外を知り、リリアと魂で繋がっている。お前は、何者だ」


 (何者だ。クロードも聞いた。レオンも聞いた。ファインも聞いた。全員が聞く。俺は何者だ)


「……ここにいるべきではなかった人間です」


「ここにいるべきではなかった」


「はい。本来、俺はこの物語の中心にいるべきではなかった。端にいるべきだった。しかし、事情があって、中心に近づいた」


「事情」


「……リリアが危なかったからです。フィオナがいたからです。大根があったからです。エマがいたからです。シャールが壁を直してくれたからです。クロードが大根を売ってくれたからです。レオンが信じてくれたからです。ファイン殿がリリアを守ってくれたからです」


「……それは、事情ではなく、理由だ」


「理由ですか」


「ああ。お前がここにいる理由だ。事情は過去のものだが、理由は現在のものだ」


 (理由は現在のもの。ファインの言い方は、いつも正確だ)


「ランベルト殿。もう一つだけ聞いていいかね」


「どうぞ」


「リリアも、お前と同じか。この世界の外を知っている人間か」


 (……核心に近い質問だ。リリアが転生者かどうか。直接は聞いていない。しかし、「同じか」と聞いている)


「……答えるのはリリア本人の権利です。俺からは言えません」


「そうか。……それでいい。リリアが話したいときに聞く」


 ファインが茶碗を取った。残りを飲み干した。


「ランベルト殿。お前は面白い男だな」


「4人目です」


「4人目」


「クロードとレオンとフィオナと、ファイン殿で4人目。俺を面白いと言った人間が」


「……面白いのは事実だ」


「ありがとうございます」


「もう一つ」


「はい」


「リリアを頼む。……兄として」


「……はい。兄として」


 ファインが立ち上がった。


「帰る。……次に来るときは、リリアも連れてくる。3人で飯を食おう」


「3人で。……器は足りています」


「足りているか。それはいい」


 ファインが去った。



 *



 フィオナが台所から出てきた。


「終わりました?」


「終わった」


「……何を話したんですか」


「……いろいろだ」


「いろいろ。……聞いていいですか」


「……ファインに、兄妹だと伝えた」


「兄妹。……リリア様と」


「ああ。血ではなく、魂の繋がりだと」


「……そうだったんですね」


「知っていただろう」


「知ってました。でも、あなたの口から聞くのは初めてです」


「……ああ。初めて言った。人に」


「人に、じゃなくて。私に、ですよ」


「……ああ。お前に」


「ありがとうございます。教えてくれて」


「カウントに入れるか」


「入れません。これは私のありがとうなので」


 食器を洗った。2枚。


 (ファインに話した。全部ではない。しかし、核心には触れた。「この世界の外を知っている」と。「兄妹」だと。ファインは受け入れた。急がないと。リリアが話すのを待つと)


 (4人の攻略対象が、全員、俺を知った。全員が「面白い」と言った。全員が、それぞれの形で受け入れた)



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