第九十八話「あの日の約束」
ファインから手紙が届いた。
「ランベルト殿。約束を果たしたい。明日の午後、ヴェルツ家の別邸に伺う」
短い手紙だった。しかし、何の約束かはわかった。
(「この件が片付いたら、お前と話がしたい。リリアのことではなく、お前自身のことだ」。あれは農村での会話だった。ミリアーデの件の後。ファインが棚上げにしていた追及)
フィオナに伝えた。
「明日、ファイン殿が来る」
「ファイン先輩が。……リリア様のことですか」
「いや。俺のことだ」
「あなたの」
「ああ。前に、話がしたいと言われていた。その約束だ」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫だ。クロードにも、レオンにも、ファインにも、同じことを聞かれてきた。『お前は何者だ』と。毎回答えてきた。今回も答える」
「営業の経験で?」
「営業の経験と、大根の自信で」
*
翌日。午後。
ファインが来た。1人で。護衛なし。
茶を入れた。最上級の淹れ方。
「ファイン殿。お茶をどうぞ」
「ありがとう。……相変わらずうまい」
「ありがとうございます」
フィオナは台所にいる。離れた場所で。聞こえない距離。
ファインが茶碗を置いた。
「ランベルト殿。約束通り、話をしよう」
「はい」
「お前に聞きたいことは、3つある」
(3つ。ファインは整理してくる。クロードの分析とは違う。ファインは仮説を立てて確認する)
「一つ目。お前の農業知識は、この世界のものではない。以前、畑を見て指摘した。お前はどこでその知識を得た」
「……独学と、以前の経験です」
「以前の経験。……お前は、別の場所で暮らしていたことがあるのか」
「……あります」
「この国の外か」
「……この世界の外、と言ったほうが正確です」
ファインの目が動いた。しかし、驚きではなかった。確認の目だった。
「二つ目。お前とリリアの関係。手紙のやり取りは農業と料理の話だと言っていた。しかし、お前がリリアのために命を懸けるほどの関係は、農業と料理では説明できない」
「……ああ」
「お前とリリアは、家族か」
「……はい。兄妹です」
「兄妹。……ヴェルツ家とルーシェ家には血縁関係はない」
「血の繋がりではありません。……魂の繋がりです」
「魂の繋がり」
「縁糸。ファイン殿も聞いたことがあるでしょう。ヴェルツ家の糸の体質。俺とリリアの間には、銀色の糸がある。見える人間には見える」
「エマが」
「はい。エマが見えます」
ファインは少し黙った。
「三つ目。お前は何者だ。没落貴族ではない。農業の知識を持ち、この世界の外を知り、リリアと魂で繋がっている。お前は、何者だ」
(何者だ。クロードも聞いた。レオンも聞いた。ファインも聞いた。全員が聞く。俺は何者だ)
「……ここにいるべきではなかった人間です」
「ここにいるべきではなかった」
「はい。本来、俺はこの物語の中心にいるべきではなかった。端にいるべきだった。しかし、事情があって、中心に近づいた」
「事情」
「……リリアが危なかったからです。フィオナがいたからです。大根があったからです。エマがいたからです。シャールが壁を直してくれたからです。クロードが大根を売ってくれたからです。レオンが信じてくれたからです。ファイン殿がリリアを守ってくれたからです」
「……それは、事情ではなく、理由だ」
「理由ですか」
「ああ。お前がここにいる理由だ。事情は過去のものだが、理由は現在のものだ」
(理由は現在のもの。ファインの言い方は、いつも正確だ)
「ランベルト殿。もう一つだけ聞いていいかね」
「どうぞ」
「リリアも、お前と同じか。この世界の外を知っている人間か」
(……核心に近い質問だ。リリアが転生者かどうか。直接は聞いていない。しかし、「同じか」と聞いている)
「……答えるのはリリア本人の権利です。俺からは言えません」
「そうか。……それでいい。リリアが話したいときに聞く」
ファインが茶碗を取った。残りを飲み干した。
「ランベルト殿。お前は面白い男だな」
「4人目です」
「4人目」
「クロードとレオンとフィオナと、ファイン殿で4人目。俺を面白いと言った人間が」
「……面白いのは事実だ」
「ありがとうございます」
「もう一つ」
「はい」
「リリアを頼む。……兄として」
「……はい。兄として」
ファインが立ち上がった。
「帰る。……次に来るときは、リリアも連れてくる。3人で飯を食おう」
「3人で。……器は足りています」
「足りているか。それはいい」
ファインが去った。
*
フィオナが台所から出てきた。
「終わりました?」
「終わった」
「……何を話したんですか」
「……いろいろだ」
「いろいろ。……聞いていいですか」
「……ファインに、兄妹だと伝えた」
「兄妹。……リリア様と」
「ああ。血ではなく、魂の繋がりだと」
「……そうだったんですね」
「知っていただろう」
「知ってました。でも、あなたの口から聞くのは初めてです」
「……ああ。初めて言った。人に」
「人に、じゃなくて。私に、ですよ」
「……ああ。お前に」
「ありがとうございます。教えてくれて」
「カウントに入れるか」
「入れません。これは私のありがとうなので」
食器を洗った。2枚。
(ファインに話した。全部ではない。しかし、核心には触れた。「この世界の外を知っている」と。「兄妹」だと。ファインは受け入れた。急がないと。リリアが話すのを待つと)
(4人の攻略対象が、全員、俺を知った。全員が「面白い」と言った。全員が、それぞれの形で受け入れた)




