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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第九十七話「大根貴族の居場所」



 エマから手紙が届いた。


 短かった。


「坊ちゃま。冬大根の収穫が順調でございます。クロード殿の手配により、出荷も滞りなく進んでおります。畑は元気です。大根も元気です。お戻りをお待ちしております。追伸。フィオナ様にもよろしくお伝えくださいませ」


 (エマの手紙。短くて正確。必要なことだけが書いてある。営業報告書としても優秀だ)


「フィオナ。エマから手紙だ。よろしく伝えてくれと」


「エマさん。お元気ですか」


「元気だ。大根も元気だと」


「大根も。……エマさんらしいですね。大根の安否報告」


「大根の安否報告。……確かにそうだな」



 *



 日曜日。


 裏庭で大根の手入れをした。冬大根が太くなっている。


 フィオナが隣で光の修行をしていた。昼間の光。安定している。持続時間は5分に伸びた。


「5分。すごいですね」


「すごくない。目標は10分だ」


「10分。……どこまで伸ばすんですか」


「必要なだけ。必要な時間だけ光れればいい」


 (必要な時間。護衛の時間。俺を守るために必要な時間。フィオナの光は、俺のための光だ)


 修行が終わった。裏庭に座った。大根の隣で。


「ランベルトさん」


「何だ」


「ここに来て、もう3ヶ月ですね」


「3ヶ月か」


「はい。早いですね」


「早い。……しかし、農村にいたときも早かった。どこにいても早い」


「どこにいても早い。……それは、居心地がいいからですよ」


「居心地」


「はい。居心地が悪い場所は、時間が遅く感じる。居心地がいい場所は、早く感じる」


 (居心地がいい。王都が居心地がいいと感じている。半年前は逃げたかった場所だ)


「フィオナ。一つ聞いていいか」


「はい」


「お前にとって、ここはどういう場所だ。農村と、王都と」


「どっちも帰る場所です」


「2つあるのか。帰る場所が」


「あります。農村には畑とエマさんと大根がある。王都には台所と門と料理教室がある。どっちにも、あなたがいる」


「俺がいる」


「はい。あなたがいるから、どっちも帰る場所なんです。何回も言いましたよね」


「言った。何回も」


「やっとわかりましたか」


「……やっとかもしれない」



 *



 午後。商人街に行った。クロードの商館。


 冬大根の出荷計画を確認した。


「ランベルト殿。冬大根の受注が25件に達しました。春の作付けを含めると、年間の生産計画が必要です」


「年間計画か」


「はい。もはや趣味の農業ではありません。事業です」


「事業。……大根農家が事業になったのか」


「なりました。ヴェルツ家の大根は、王都のブランドです」


 (ブランド。大根が。ブランドに。半年前は雑草扱いだったのに)


「クロード。一つ聞いていいか」


「何でしょう」


「お前にとって、俺は何だ」


「取引先です」


「……それだけか」


「それだけです。……というのは嘘です。友人です。美味しいお茶を出してくれる友人」


「友人か」


「はい。商人にとって、信頼できる友人は最も貴重な資産です」


「資産」


「はい。お前は私の最大の資産です。大根と一緒に」


「大根と一緒にされた」


「大根は褒め言葉ですよ。ヴェルツ家の大根は、王都の商人が最も信頼する農産物ですから」


 (大根が褒め言葉。この世界では、大根は信用の証だ)



 *



 夕方。帰宅。


 台所に立った。


 今日は特別なものを作った。農村のエマの味噌汁を、王都の食材で再現した。


 大根。根菜。干し肉。味噌。


 同じ食材。同じ手順。同じ出汁。


「……どうですか」


 フィオナが一口飲んだ。


「……エマさんの味がします」


「エマの味ではない。俺の味だ」


「あなたの味は、エマさんの味が入ってるんですよ。知ってましたか」


「知らなかった」


「知ってください。あなたの出汁には、エマさんの出汁が混じってるんです。農村で何年も食べてきた味が、あなたの出汁に入ってるんです」


 (エマの味が、俺の味に入っている。俺は独学で料理を覚えたと思っていた。しかし、エマの味噌汁を何年も飲んできた。その記憶が、俺の出汁に反映されている)


「……知らなかった」


「知らなかったんですね。……でも、それでいいと思いますよ。自分の中に、誰かの味があるって、いいことですよ」


 (誰かの味。エマの味。フィオナの味。麻衣の丸い握り飯。レオンの「もう一杯」。シャールの3杯目。クロードの大根漬物)


 (全部が、俺の味に入っている。場所ではなく、人の味で、俺の料理ができている)


 食器を洗った。2枚。


「ランベルトさん」


「何だ」


「あなたの居場所、もう見つかりましたよね」


「……見つかったか」


「見つかりました。農村と、王都と、この台所と。全部あなたの居場所です」


「全部か」


「全部です。……あと、もう一つ」


「もう一つ」


「私の隣」


 (私の隣)


 フィオナは皿を拭いていた。何でもないように言った。皿を拭きながら。


 俺は何も言わなかった。言えなかった。


 しかし、否定もしなかった。


 皿を棚に戻した。


 (居場所が見つかった。農村。王都。台所。フィオナの隣)


 (大根貴族の居場所は、大根のそばにあった。そして大根のそばには、いつもフィオナがいた)


 窓の外に、冬の王都。


 明かりが多い。しかし、この台所の明かりだけは、どこよりも温かかった。


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