第九十七話「大根貴族の居場所」
エマから手紙が届いた。
短かった。
「坊ちゃま。冬大根の収穫が順調でございます。クロード殿の手配により、出荷も滞りなく進んでおります。畑は元気です。大根も元気です。お戻りをお待ちしております。追伸。フィオナ様にもよろしくお伝えくださいませ」
(エマの手紙。短くて正確。必要なことだけが書いてある。営業報告書としても優秀だ)
「フィオナ。エマから手紙だ。よろしく伝えてくれと」
「エマさん。お元気ですか」
「元気だ。大根も元気だと」
「大根も。……エマさんらしいですね。大根の安否報告」
「大根の安否報告。……確かにそうだな」
*
日曜日。
裏庭で大根の手入れをした。冬大根が太くなっている。
フィオナが隣で光の修行をしていた。昼間の光。安定している。持続時間は5分に伸びた。
「5分。すごいですね」
「すごくない。目標は10分だ」
「10分。……どこまで伸ばすんですか」
「必要なだけ。必要な時間だけ光れればいい」
(必要な時間。護衛の時間。俺を守るために必要な時間。フィオナの光は、俺のための光だ)
修行が終わった。裏庭に座った。大根の隣で。
「ランベルトさん」
「何だ」
「ここに来て、もう3ヶ月ですね」
「3ヶ月か」
「はい。早いですね」
「早い。……しかし、農村にいたときも早かった。どこにいても早い」
「どこにいても早い。……それは、居心地がいいからですよ」
「居心地」
「はい。居心地が悪い場所は、時間が遅く感じる。居心地がいい場所は、早く感じる」
(居心地がいい。王都が居心地がいいと感じている。半年前は逃げたかった場所だ)
「フィオナ。一つ聞いていいか」
「はい」
「お前にとって、ここはどういう場所だ。農村と、王都と」
「どっちも帰る場所です」
「2つあるのか。帰る場所が」
「あります。農村には畑とエマさんと大根がある。王都には台所と門と料理教室がある。どっちにも、あなたがいる」
「俺がいる」
「はい。あなたがいるから、どっちも帰る場所なんです。何回も言いましたよね」
「言った。何回も」
「やっとわかりましたか」
「……やっとかもしれない」
*
午後。商人街に行った。クロードの商館。
冬大根の出荷計画を確認した。
「ランベルト殿。冬大根の受注が25件に達しました。春の作付けを含めると、年間の生産計画が必要です」
「年間計画か」
「はい。もはや趣味の農業ではありません。事業です」
「事業。……大根農家が事業になったのか」
「なりました。ヴェルツ家の大根は、王都のブランドです」
(ブランド。大根が。ブランドに。半年前は雑草扱いだったのに)
「クロード。一つ聞いていいか」
「何でしょう」
「お前にとって、俺は何だ」
「取引先です」
「……それだけか」
「それだけです。……というのは嘘です。友人です。美味しいお茶を出してくれる友人」
「友人か」
「はい。商人にとって、信頼できる友人は最も貴重な資産です」
「資産」
「はい。お前は私の最大の資産です。大根と一緒に」
「大根と一緒にされた」
「大根は褒め言葉ですよ。ヴェルツ家の大根は、王都の商人が最も信頼する農産物ですから」
(大根が褒め言葉。この世界では、大根は信用の証だ)
*
夕方。帰宅。
台所に立った。
今日は特別なものを作った。農村のエマの味噌汁を、王都の食材で再現した。
大根。根菜。干し肉。味噌。
同じ食材。同じ手順。同じ出汁。
「……どうですか」
フィオナが一口飲んだ。
「……エマさんの味がします」
「エマの味ではない。俺の味だ」
「あなたの味は、エマさんの味が入ってるんですよ。知ってましたか」
「知らなかった」
「知ってください。あなたの出汁には、エマさんの出汁が混じってるんです。農村で何年も食べてきた味が、あなたの出汁に入ってるんです」
(エマの味が、俺の味に入っている。俺は独学で料理を覚えたと思っていた。しかし、エマの味噌汁を何年も飲んできた。その記憶が、俺の出汁に反映されている)
「……知らなかった」
「知らなかったんですね。……でも、それでいいと思いますよ。自分の中に、誰かの味があるって、いいことですよ」
(誰かの味。エマの味。フィオナの味。麻衣の丸い握り飯。レオンの「もう一杯」。シャールの3杯目。クロードの大根漬物)
(全部が、俺の味に入っている。場所ではなく、人の味で、俺の料理ができている)
食器を洗った。2枚。
「ランベルトさん」
「何だ」
「あなたの居場所、もう見つかりましたよね」
「……見つかったか」
「見つかりました。農村と、王都と、この台所と。全部あなたの居場所です」
「全部か」
「全部です。……あと、もう一つ」
「もう一つ」
「私の隣」
(私の隣)
フィオナは皿を拭いていた。何でもないように言った。皿を拭きながら。
俺は何も言わなかった。言えなかった。
しかし、否定もしなかった。
皿を棚に戻した。
(居場所が見つかった。農村。王都。台所。フィオナの隣)
(大根貴族の居場所は、大根のそばにあった。そして大根のそばには、いつもフィオナがいた)
窓の外に、冬の王都。
明かりが多い。しかし、この台所の明かりだけは、どこよりも温かかった。




