第九十六話「友達が増えた」
シャールが来た。
朝8時。壁を直しに。
「おう。今日は屋根だ」
「屋根。前回は塀だった」
「塀は終わった。次は屋根だ」
「屋根に問題はないだろう」
「ある。瓦が2枚ずれている」
「2枚」
「2枚でも直す。ずれたまま放置すると、雨漏りの原因になる」
「……前世の上司を思い出す」
「前世」
「以前の……知り合いだ。細かいことにうるさい人だった」
「細かいのは良いことだ。大きい問題は、小さい問題の積み重ねだ」
(シャールが哲学的なことを言った。壁の修繕から哲学に至る男)
朝飯を出した。3人分。
シャールが食べながら言った。
「ランベルト。お前、最近忙しそうだな」
「忙しい。護衛と商談と料理教室と門番と弁当だ」
「全部やってるのか」
「全部やっている」
「手伝おうか」
「何を」
「壁以外のことでも手伝える。荷運びとか」
「……大根の出荷の荷運びか」
「おう。馬も出す」
「……ありがたい。しかし、なぜそこまでする」
シャールが握り飯を噛んだ。もぐもぐしながら言った。
「友達だからだ」
「友達」
「おう。お前は俺の友達だ。友達の荷運びを手伝うのは当然だ」
(友達。シャールが「友達」と言った。面と向かって)
(前世で、「友達」と呼ばれたのはいつ以来だろう。営業部の同僚は「同僚」であって「友達」ではなかった。学生時代の友人は、社会人になって疎遠になった)
「……俺は友達が少ない」
「知ってる」
「知っているのか」
「わかる。友達が多い人間は、握り飯を一人で食べない。お前は最初、一人で食べてた。門の前で」
(一人で食べていた。最初の頃。トーマスと話す前。フィオナが弁当を持ってくる前。一人で石段に座って、三角の握り飯を食べていた)
「今は一人じゃないだろ」
「……ああ。14人で食べている」
「14人。……友達14人か」
「友達ではない。弁当の客だ」
「弁当の客って友達だろ」
「……営業先だ」
「営業先も友達だろ」
(シャールの定義では、飯を一緒に食べる人間は全員友達らしい。その定義だと、俺の友達は相当多い)
*
午後。レオンが来た。
今回は事前連絡があった。進歩だ。
「ランベルト。茶を入れてくれ」
「はい」
茶を入れた。最上級の淹れ方で。
レオンが飲んだ。
「……やはりうまい。お前の茶は何度飲んでも同じ味だ」
「8回目だ」
「何がだ」
「その感想を聞くのが8回目だ。フィオナが数えている」
「フィオナが数えているのか。……面白い女だな」
「面白い。……面白いと言ったのは殿下で4人目だ」
「4人目か。誰が言った」
「クロードとファインと俺だ」
「お前も言ったのか」
「言った」
「……お前が誰かを面白いと言うのは珍しいだろう」
「珍しい。前世……以前は、人を面白いと思うことがなかった」
レオンが茶碗を置いた。
「ランベルト。一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「お前にとって、俺は何だ」
(何だ。王太子。上位権限者。護衛の任命者。大根を食べに来る人)
「……殿下は、殿下です」
「それ以外に」
「……わかりません」
「友だ」
「……殿下」
「友だ。……前に、シャールが言っただろう。友達の荷運びを手伝うのは当然だ、と」
「聞いていたのですか」
「聞いていない。シャールの性格を知っているから推測だ。あいつはそういうことを言う」
(推測で当てた。レオンの情報処理能力は相変わらず異常だ)
「俺も同じだ。お前のために貴族院で証言したのは、大根の恩ではない。友だからだ」
「……友」
「嫌か」
「嫌ではない。……しかし、王太子と没落貴族が友というのは」
「身分を気にするのは貴族の悪い癖だ。飯を一緒に食えば友だ」
(飯を一緒に食えば友。シャールと同じ定義だ。この世界の上層部は、友達の定義が食事で決まるらしい)
「……ありがとうございます。殿下」
「レオンでいい」
「……レオン」
「呼び捨てか。……まあいい。お前にはそのほうが合っている」
フィオナが台所から顔を出した。
「今の聞こえてましたけど、カウントに入れますか」
「……入れるか」
「入れます。特別です。王太子に友って言われた日ですから。……何回目でしたっけ」
「20回目が前回だ。今回は」
「21回目ですね。でも、もう数字じゃないです。中身で覚えます」
「中身」
「はい。21回目は『友の日』です」
*
夕方。全員が帰った後。
食器を洗った。フィオナが拭いた。
「ランベルトさん」
「何だ」
「今日、シャールさんに友達って言われて、レオン殿……レオンに友って言われましたよね」
「ああ」
「嬉しかったですか」
(……答えに詰まった。フィオナが聞いている。正直に答えるべきか)
「……わからない。しかし、悪い気はしなかった」
「悪い気はしなかった。……それ、嬉しいの別の言い方ですよね」
「別の言い方ではない」
「嘘つき」
3回目の「嘘つき」。今日2回目。通算何回目かはわからない。
「嘘つきでいい」
「いいんですね」
「いい。嘘つきは、俺の8番目の肩書だ」
「8番目。……護衛、料理人、大根農家、外部講師、営業マン、門番、先生、嘘つき。でも、今日もう一つ増えましたよ」
「何が」
「友達」
(友達。9番目の肩書)
「友達は肩書か」
「肩書ですよ。あなたにとっては。……前世じゃなくて、今のあなたにとっての、新しい肩書」
(前世にはなかった肩書。友達。営業マンには友達がいなかった。しかし、大根貴族には友達がいる)
食器を棚に戻した。
(友達。レオン。シャール。クロード。ファイン。トーマス。マリア。料理教室の生徒たち。エマ。麻衣。フィオナ)
(……フィオナは友達か)
(友達ではない気がする。しかし、何なのかはわからない。わからないまま、食器を拭いてもらっている)




