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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第九十六話「友達が増えた」



 シャールが来た。


 朝8時。壁を直しに。


「おう。今日は屋根だ」


「屋根。前回は塀だった」


「塀は終わった。次は屋根だ」


「屋根に問題はないだろう」


「ある。瓦が2枚ずれている」


「2枚」


「2枚でも直す。ずれたまま放置すると、雨漏りの原因になる」


「……前世の上司を思い出す」


「前世」


「以前の……知り合いだ。細かいことにうるさい人だった」


「細かいのは良いことだ。大きい問題は、小さい問題の積み重ねだ」


 (シャールが哲学的なことを言った。壁の修繕から哲学に至る男)


 朝飯を出した。3人分。


 シャールが食べながら言った。


「ランベルト。お前、最近忙しそうだな」


「忙しい。護衛と商談と料理教室と門番と弁当だ」


「全部やってるのか」


「全部やっている」


「手伝おうか」


「何を」


「壁以外のことでも手伝える。荷運びとか」


「……大根の出荷の荷運びか」


「おう。馬も出す」


「……ありがたい。しかし、なぜそこまでする」


 シャールが握り飯を噛んだ。もぐもぐしながら言った。


「友達だからだ」


「友達」


「おう。お前は俺の友達だ。友達の荷運びを手伝うのは当然だ」


 (友達。シャールが「友達」と言った。面と向かって)


 (前世で、「友達」と呼ばれたのはいつ以来だろう。営業部の同僚は「同僚」であって「友達」ではなかった。学生時代の友人は、社会人になって疎遠になった)


「……俺は友達が少ない」


「知ってる」


「知っているのか」


「わかる。友達が多い人間は、握り飯を一人で食べない。お前は最初、一人で食べてた。門の前で」


 (一人で食べていた。最初の頃。トーマスと話す前。フィオナが弁当を持ってくる前。一人で石段に座って、三角の握り飯を食べていた)


「今は一人じゃないだろ」


「……ああ。14人で食べている」


「14人。……友達14人か」


「友達ではない。弁当の客だ」


「弁当の客って友達だろ」


「……営業先だ」


「営業先も友達だろ」


 (シャールの定義では、飯を一緒に食べる人間は全員友達らしい。その定義だと、俺の友達は相当多い)



 *



 午後。レオンが来た。


 今回は事前連絡があった。進歩だ。


「ランベルト。茶を入れてくれ」


「はい」


 茶を入れた。最上級の淹れ方で。


 レオンが飲んだ。


「……やはりうまい。お前の茶は何度飲んでも同じ味だ」


「8回目だ」


「何がだ」


「その感想を聞くのが8回目だ。フィオナが数えている」


「フィオナが数えているのか。……面白い女だな」


「面白い。……面白いと言ったのは殿下で4人目だ」


「4人目か。誰が言った」


「クロードとファインと俺だ」


「お前も言ったのか」


「言った」


「……お前が誰かを面白いと言うのは珍しいだろう」


「珍しい。前世……以前は、人を面白いと思うことがなかった」


 レオンが茶碗を置いた。


「ランベルト。一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「お前にとって、俺は何だ」


 (何だ。王太子。上位権限者。護衛の任命者。大根を食べに来る人)


「……殿下は、殿下です」


「それ以外に」


「……わかりません」


「友だ」


「……殿下」


「友だ。……前に、シャールが言っただろう。友達の荷運びを手伝うのは当然だ、と」


「聞いていたのですか」


「聞いていない。シャールの性格を知っているから推測だ。あいつはそういうことを言う」


 (推測で当てた。レオンの情報処理能力は相変わらず異常だ)


「俺も同じだ。お前のために貴族院で証言したのは、大根の恩ではない。友だからだ」


「……友」


「嫌か」


「嫌ではない。……しかし、王太子と没落貴族が友というのは」


「身分を気にするのは貴族の悪い癖だ。飯を一緒に食えば友だ」


 (飯を一緒に食えば友。シャールと同じ定義だ。この世界の上層部は、友達の定義が食事で決まるらしい)


「……ありがとうございます。殿下」


「レオンでいい」


「……レオン」


「呼び捨てか。……まあいい。お前にはそのほうが合っている」


 フィオナが台所から顔を出した。


「今の聞こえてましたけど、カウントに入れますか」


「……入れるか」


「入れます。特別です。王太子に友って言われた日ですから。……何回目でしたっけ」


「20回目が前回だ。今回は」


「21回目ですね。でも、もう数字じゃないです。中身で覚えます」


「中身」


「はい。21回目は『友の日』です」



 *



 夕方。全員が帰った後。


 食器を洗った。フィオナが拭いた。


「ランベルトさん」


「何だ」


「今日、シャールさんに友達って言われて、レオン殿……レオンに友って言われましたよね」


「ああ」


「嬉しかったですか」


 (……答えに詰まった。フィオナが聞いている。正直に答えるべきか)


「……わからない。しかし、悪い気はしなかった」


「悪い気はしなかった。……それ、嬉しいの別の言い方ですよね」


「別の言い方ではない」


「嘘つき」


 3回目の「嘘つき」。今日2回目。通算何回目かはわからない。


「嘘つきでいい」


「いいんですね」


「いい。嘘つきは、俺の8番目の肩書だ」


「8番目。……護衛、料理人、大根農家、外部講師、営業マン、門番、先生、嘘つき。でも、今日もう一つ増えましたよ」


「何が」


「友達」


 (友達。9番目の肩書)


「友達は肩書か」


「肩書ですよ。あなたにとっては。……前世じゃなくて、今のあなたにとっての、新しい肩書」


 (前世にはなかった肩書。友達。営業マンには友達がいなかった。しかし、大根貴族には友達がいる)


 食器を棚に戻した。


 (友達。レオン。シャール。クロード。ファイン。トーマス。マリア。料理教室の生徒たち。エマ。麻衣。フィオナ)


 (……フィオナは友達か)


 (友達ではない気がする。しかし、何なのかはわからない。わからないまま、食器を拭いてもらっている)




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