第九十三話「光の到達点」
日曜日。学園は休み。
フィオナが裏庭で修行していた。
俺は大根の手入れをしながら見ていた。いつもの距離。3メートル。近すぎず、遠すぎず。
光が灯った。
いつもの光だ。フィオナの手のひらから出る、温かい光。
しかし、今日は何かが違った。
(……光が強い)
冬の昼間。日差しは弱いが、それでも昼間だ。普段の修行では、昼間の光はどうしても弱くなる。太陽の光に負ける。
しかし、今日の光は負けていなかった。
太陽の光と並んでいた。
「……フィオナ」
「はい」
「今の光、いつもと違わないか」
「……はい。違います」
フィオナの顔が、少しだけ変わっていた。いつもの修行中の集中した顔ではない。もっと静かな顔。
「届きました」
「届いた」
「はい。昼間でも、夜と同じ強さの光。……やっと」
(やっと。橋での戦闘のあと、フィオナが目標を明かした。「昼間でも夜と同じ強さの光を出すこと」。あなたを守るための光。あれから何ヶ月経った)
「いつからだ」
「今朝です。朝の修行で、ふっと、壁を越えた感覚がありました。それで、昼に試してみたら」
「越えた」
「はい。何が変わったのかはわかりません。でも、越えました」
フィオナが光を消した。そして、もう一度灯した。
強い光。昼間の太陽の中でも、はっきりと見える光。
「……見てください」
「見ている」
「昼間でも、見えますか」
「見える。はっきりと」
「じゃあ、もう大丈夫です」
「何が大丈夫だ」
「あなたを守れます。昼間でも」
(守れる。フィオナの光が、昼間でも通用するようになった。橋での戦闘のような場面が来ても、もう間に合う)
「……ありがとう」
言った。自然に。
フィオナが少しだけ目を細めた。
「……今のは、特別ですか」
「特別だ」
「カウントしますか」
「する。何回目だ」
「20回目です」
「20回目」
「はい。きりがいいですね」
「きりがいい。……20回目にふさわしい内容か」
「ふさわしいです。私の目標達成に、ありがとうって言ってくれたんですから」
(フィオナの目標達成。修行を始めてから、ずっと横で見てきた。農村で。王都で。門の前で。寝る前の隣の部屋で。全部、このためだった)
「フィオナ。一つ聞いていいか」
「はい」
「修行の目標を達成した。次の目標は」
「次」
「ああ。修行は目標を達成したら、次の目標を立てるものだ」
「……次の目標。……まだ考えてません。今日達成したばかりなので」
「急がなくていい」
「はい。……でも、一つだけ決まってることがあります」
「何だ」
「次の目標も、あなたの隣で修行します」
「俺の隣」
「はい。あなたの隣で修行するのが、一番上手くいくので」
「……なぜだ」
「わかりません。でも、隣にいると、光が安定するんです。最初からそうでした」
(最初から。農村の丘で。修行を見せてくれたとき。隣にいると光が安定すると言った。あれは、修行の初期から変わらない事実だ)
「……わかった。隣にいる」
「ありがとうございます。……あ、これは私のありがとうなので、カウントに入れないでくださいね」
「入れない。お前のカウントは別だ」
*
昼飯を作った。
今日は少しだけ特別なものを作った。冬大根の蒸し物。前に作った透き通る大根。それに、南方の香辛料を添えた。
「今日は特別ですね」
「ああ。お前の目標達成を祝う飯だ」
「祝う。……あなたが誰かのお祝いをするの、初めて見ます」
「初めてだ。前世……以前も、人を祝った記憶がない」
「ないんですか」
「ない。営業マンは、祝われる側ではなく、祝う側になることが少ない。契約が取れたとき、祝ってくれるのはクライアントではなく社内の人間だ。しかし、社内に親しい人間がいなかった」
「いなかったんですか」
「いなかった。飲み会に行かない営業マンは、社内で浮く」
「……今は」
「今は、祝う相手がいる。お前だ」
フィオナは少しだけ顔を赤くした。すぐに、蒸し大根を口に入れた。
「……美味しいです。祝いの味がします」
「祝いの味。……塩加減は同じだ」
「塩加減が同じでも、味は変わるんですよ。何回言ったら」
「何回言っても信じない」
「信じなくていいです。美味しいので」
*
午後。裏庭。
フィオナがもう一度光を灯した。
昼間の光。強い光。持続時間、3分。
3分間、冬の太陽と並んで光っていた。
消えた。
「3分。前は1分だった」
「3倍です。……でも、もっと長くしたい」
「長くなる。今日初めて壁を越えたんだ。これから伸びる」
「伸びますかね」
「伸びる。料理と同じだ。最初の壁を越えたら、その後は早い。3ミリが切れるようになったら、2.5ミリもすぐだ」
「料理で例えるんですね」
「料理以外の例えが出てこない」
「営業の例えは」
「営業の例えもある。初回訪問の壁を越えたら、2回目は楽だ」
「料理と営業しか出てこないんですか」
「……大根の例えもある」
「大根」
「冬大根は、最初の霜を超えたら甘くなる。壁を越えたら、良くなる」
「……全部食べ物じゃないですか」
「食べ物は真理だ」
フィオナが笑った。
冬の太陽の下で。
(フィオナが笑っている。光を達成して。大根の話をして。冬の裏庭で)
(この場所が、フィオナの修行場所だ。農村の丘の代わりに、裏庭。大根の隣で。俺の隣で)
(場所は変わった。しかし、構造は同じだ。大根があり、俺がいて、フィオナが光を灯す)
(それでいい。それが、一番いい)




