表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/124

第九十三話「光の到達点」



 日曜日。学園は休み。


 フィオナが裏庭で修行していた。


 俺は大根の手入れをしながら見ていた。いつもの距離。3メートル。近すぎず、遠すぎず。


 光が灯った。


 いつもの光だ。フィオナの手のひらから出る、温かい光。


 しかし、今日は何かが違った。


 (……光が強い)


 冬の昼間。日差しは弱いが、それでも昼間だ。普段の修行では、昼間の光はどうしても弱くなる。太陽の光に負ける。


 しかし、今日の光は負けていなかった。


 太陽の光と並んでいた。


「……フィオナ」


「はい」


「今の光、いつもと違わないか」


「……はい。違います」


 フィオナの顔が、少しだけ変わっていた。いつもの修行中の集中した顔ではない。もっと静かな顔。


「届きました」


「届いた」


「はい。昼間でも、夜と同じ強さの光。……やっと」


 (やっと。橋での戦闘のあと、フィオナが目標を明かした。「昼間でも夜と同じ強さの光を出すこと」。あなたを守るための光。あれから何ヶ月経った)


「いつからだ」


「今朝です。朝の修行で、ふっと、壁を越えた感覚がありました。それで、昼に試してみたら」


「越えた」


「はい。何が変わったのかはわかりません。でも、越えました」


 フィオナが光を消した。そして、もう一度灯した。


 強い光。昼間の太陽の中でも、はっきりと見える光。


「……見てください」


「見ている」


「昼間でも、見えますか」


「見える。はっきりと」


「じゃあ、もう大丈夫です」


「何が大丈夫だ」


「あなたを守れます。昼間でも」


 (守れる。フィオナの光が、昼間でも通用するようになった。橋での戦闘のような場面が来ても、もう間に合う)


「……ありがとう」


 言った。自然に。


 フィオナが少しだけ目を細めた。


「……今のは、特別ですか」


「特別だ」


「カウントしますか」


「する。何回目だ」


「20回目です」


「20回目」


「はい。きりがいいですね」


「きりがいい。……20回目にふさわしい内容か」


「ふさわしいです。私の目標達成に、ありがとうって言ってくれたんですから」


 (フィオナの目標達成。修行を始めてから、ずっと横で見てきた。農村で。王都で。門の前で。寝る前の隣の部屋で。全部、このためだった)


「フィオナ。一つ聞いていいか」


「はい」


「修行の目標を達成した。次の目標は」


「次」


「ああ。修行は目標を達成したら、次の目標を立てるものだ」


「……次の目標。……まだ考えてません。今日達成したばかりなので」


「急がなくていい」


「はい。……でも、一つだけ決まってることがあります」


「何だ」


「次の目標も、あなたの隣で修行します」


「俺の隣」


「はい。あなたの隣で修行するのが、一番上手くいくので」


「……なぜだ」


「わかりません。でも、隣にいると、光が安定するんです。最初からそうでした」


 (最初から。農村の丘で。修行を見せてくれたとき。隣にいると光が安定すると言った。あれは、修行の初期から変わらない事実だ)


「……わかった。隣にいる」


「ありがとうございます。……あ、これは私のありがとうなので、カウントに入れないでくださいね」


「入れない。お前のカウントは別だ」



 *



 昼飯を作った。


 今日は少しだけ特別なものを作った。冬大根の蒸し物。前に作った透き通る大根。それに、南方の香辛料を添えた。


「今日は特別ですね」


「ああ。お前の目標達成を祝う飯だ」


「祝う。……あなたが誰かのお祝いをするの、初めて見ます」


「初めてだ。前世……以前も、人を祝った記憶がない」


「ないんですか」


「ない。営業マンは、祝われる側ではなく、祝う側になることが少ない。契約が取れたとき、祝ってくれるのはクライアントではなく社内の人間だ。しかし、社内に親しい人間がいなかった」


「いなかったんですか」


「いなかった。飲み会に行かない営業マンは、社内で浮く」


「……今は」


「今は、祝う相手がいる。お前だ」


 フィオナは少しだけ顔を赤くした。すぐに、蒸し大根を口に入れた。


「……美味しいです。祝いの味がします」


「祝いの味。……塩加減は同じだ」


「塩加減が同じでも、味は変わるんですよ。何回言ったら」


「何回言っても信じない」


「信じなくていいです。美味しいので」



 *



 午後。裏庭。


 フィオナがもう一度光を灯した。


 昼間の光。強い光。持続時間、3分。


 3分間、冬の太陽と並んで光っていた。


 消えた。


「3分。前は1分だった」


「3倍です。……でも、もっと長くしたい」


「長くなる。今日初めて壁を越えたんだ。これから伸びる」


「伸びますかね」


「伸びる。料理と同じだ。最初の壁を越えたら、その後は早い。3ミリが切れるようになったら、2.5ミリもすぐだ」


「料理で例えるんですね」


「料理以外の例えが出てこない」


「営業の例えは」


「営業の例えもある。初回訪問の壁を越えたら、2回目は楽だ」


「料理と営業しか出てこないんですか」


「……大根の例えもある」


「大根」


「冬大根は、最初の霜を超えたら甘くなる。壁を越えたら、良くなる」


「……全部食べ物じゃないですか」


「食べ物は真理だ」


 フィオナが笑った。


 冬の太陽の下で。


 (フィオナが笑っている。光を達成して。大根の話をして。冬の裏庭で)


 (この場所が、フィオナの修行場所だ。農村の丘の代わりに、裏庭。大根の隣で。俺の隣で)


 (場所は変わった。しかし、構造は同じだ。大根があり、俺がいて、フィオナが光を灯す)


 (それでいい。それが、一番いい)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ