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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第九十二話「冬大根の季節」


 冬大根の出荷が始まった。


 裏庭の冬大根。エマが農村から送ってくれた大根。合わせて30本。


 クロードが馬車で取りに来た。


「ランベルト殿。今日は商談があります」


「商談」


「はい。王都の料亭3軒と、貴族の屋敷2軒。ヴェルツ家の大根を仕入れたいという申し出です」


「5件の商談を1日でやるのか」


「効率が大事です。1日5件は商人の基本です」


「……前世でも1日5件は多かった」


「前世」


「以前の経験でも、だ」


 (前世の営業。1日5件のアポイントは、新人時代の記録だった。佐藤課長が「5件回れなければ一人前じゃない」と言っていた)



 *



 クロードの馬車で王都を回った。


 1件目。王都南区の料亭「銀の鍋」。


 主人は50代の太った男だった。


「ヴェルツ家の大根ですか。噂は聞いています。学園の昼食会で30人分が30分で消えたと」


「事実です。冬大根は特に甘みが強い。煮物に最適です」


「サンプルはありますか」


「あります」


 大根を1本出した。太くてまっすぐな冬大根。


 主人が手に取った。重さを確認した。断面を見た。


「……繊維が細かい。水分量も多い。辺境の土壌ですか」


「ヴェルツ家の農村です。火山灰を含んだ土壌で、排水が良い」


「火山灰。……なるほど。それで甘みが出るんですな」


 (料亭の主人が土壌を分析している。この世界の料理人は、食材の出自に詳しい。前世のバイヤーと同じだ)


「お試しにどうぞ。1本差し上げます」


「サンプルを」


「はい。食べていただければ、品質はわかります」


 (試食。営業の基本。食べたら黙る。これは学園でも実証済みだ)


 主人は大根を受け取った。


「3日後に返答します」


「お待ちしています」


 馬車に戻った。クロードが言った。


「いいですね。試食を出す判断が早い」


「出し惜しみしても意味がない。大根は食べてもらうためにある」


「……その考え方は、商人としても正しい」


「商人ではない。営業マンだ」


「違いはあるんですか」


「ある。商人は利益を追う。営業マンは関係を追う」


「関係」


「相手との関係を作ることが営業の目的だ。利益はその結果としてついてくる」


 クロードが少しだけ考え込んだ。


「……面白い考え方ですね。商人は利益が先で関係が後だ。営業マンは関係が先で利益が後。逆ですね」


「逆だ。しかし、到達点は同じだ」


「同じ。……そうかもしれません」



 *



 5件の商談が終わった。


 結果。3件が前向き。1件が保留。1件が見送り。


「3件。成約率60%。初回訪問としては上出来だ」


「上出来ですか」


「以前の経験では、初回訪問の成約率は30%が合格ラインだ。60%は異常に高い」


「大根の品質が良いからでしょう」


「品質だけではない。ブランドだ。大根貴族のブランドが効いている」


「ブランド。……貴族院で答弁したことが、営業に役立っている」


「ああ。政治と商売は繋がっている。名前が売れていると、商談が早い」


 (前世では、名前が売れるまでに3年かかった。この世界では、大根と貴族院で半年。速度が違う)



 *



 夕方。帰宅。


 フィオナが台所にいた。


「おかえりなさい。今日は商談だったんですよね」


「ああ。5件回った」


「5件。……護衛が商談を」


「護衛の合間に商談をしている。門で待っている時間に、クロードと打ち合わせをしている」


「門で待ちながら商談の打ち合わせを」


「ああ。営業マンは隙間時間を活用する」


「あなたの肩書、また増えましたね。護衛、料理人、大根農家、外部講師、営業マン。あと何がありますか」


「門番。婚約の門番」


「門番もありましたね。……あと、もう一つ」


「もう一つ」


「私の……」


 フィオナが言いかけて、止めた。


「……何でもないです」


「何だ」


「何でもないです。夕飯にしましょう」


 (言いかけて止めた。何を言おうとしたのだ。「私の」何だ)


 (聞かない。聞くと面倒なことになる)


 夕飯を作った。冬大根の煮物。商談で出さなかった残りの大根を使った。


 2枚の皿。


「……美味しいです。冬の大根、やっぱり甘いですね」


「ああ。冬の大根は甘い」


「あなたの味も、冬になって少し変わりましたね」


「変わったか」


「はい。少しだけ丸くなった気がします。夏のときは、もう少し尖ってた」


「尖っていたか」


「はい。……でも、丸いほうが美味しいです」


 (丸いほうが美味しい。俺の料理が丸くなった。環境が変わったら中身が変わる。冬大根と同じだ)


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