第九十話「大根貴族の答弁」
貴族院。2度目。
前回は立っているだけだった。今回は喋る。
正装を着た。紺色の上着。前回と同じものだが、シャールが袖のほつれを直してくれた。
「ランベルトさん。大丈夫ですか」
「大丈夫だ。営業プレゼンは300回以上やった」
「300回」
「以前の経験だ」
「以前の経験で、貴族院で喋れるんですか」
「喋れる。プレゼンの本質は場所ではない。中身と、相手の目を見ることだ」
*
議場に入った。
100人以上の貴族。前回と同じ空気。視線が集まる。
しかし、前回とは違うものがあった。
(前回、俺は知られていなかった。今は違う。大根貴族として知られている。門前弁当の話も、料理教室の話も、貴族社会に広がっている。良くも悪くも、名前が売れた)
ミリアーデ伯爵が立ち上がった。
「本日、一件の議題を提起する。フィオナ・エルスト殿の身元保証人について」
議場がざわめいた。
「現在、フィオナ殿の身元保証人はレオン殿下です。しかし、王太子が特定の平民の身元保証人となることは、公正さの観点から問題がある。王太子は全ての民の上に立つ方です。特定の個人を保証することは、他の平民との間に不公平を生む」
(論理は通っている。王太子の公平性を持ち出した。正面から反論しにくい角度だ)
「したがって、フィオナ殿の身元保証人を、王太子ではなく、適切な貴族家に移すべきではないかと提案する」
(適切な貴族家。つまり、ミリアーデか、ミリアーデが指定する家だ。保証人を握れば、フィオナの生活を支配できる)
レオンが口を開こうとした。
その前に、俺が立った。
「発言の許可をいただけますか」
議場が静まった。大根貴族が発言を求めている。
議長が言った。
「……ランベルト・ヴェルツ殿。フィオナ殿の護衛として、発言を許可する」
「ありがとうございます」
壇上に立った。100人の視線。
(300回のプレゼン。301回目。場所が違うだけだ)
営業スマイルを外した。今日は、スマイルでは戦わない。
「ミリアーデ伯爵閣下のご指摘は、一面においては正論です。王太子殿下が特定の個人を保証することへの懸念は、理解できます」
ミリアーデが少しだけ目を細めた。相手の論を認めることから始める。営業の基本だ。
「しかし、前提に誤りがあります」
「誤り」
「はい。フィオナ殿の身元保証は、『王太子が平民を特別扱いしている』のではありません。フィオナ殿は王立学園の特待生であり、光の魔法の使い手です。王国にとって希少な人材です。希少な人材を保護するのは、王太子の責務であり、特別扱いではなく、国益です」
議場が少しだけ動いた。
「さらに、フィオナ殿の身元保証人を他の貴族家に移した場合、その貴族家がフィオナ殿の生活や進路に影響力を持つことになります。それこそが、公正さの問題です」
ミリアーデの顔が動いた。
「伯爵閣下は『公正さ』を理由に挙げられましたが、身元保証人を特定の貴族家に移すことは、その貴族家がフィオナ殿を事実上支配することを意味します。それは、公正さの向上ではなく、支配の移転です」
議場がざわめいた。
「支配の移転とは、言い過ぎではないかね」
「言い過ぎではありません。なぜなら、実際に、フィオナ殿に対して複数の貴族家から婚約の打診が来ているからです。身元保証人を握った家が、婚約の決定権も握る。それは公正ですか」
ミリアーデが黙った。
(黙った。営業で、相手が黙ったら、畳み掛ける)
「私は護衛として、フィオナ殿の身辺を守っています。この1ヶ月間で、婚約の打診が4件ありました。全て、フィオナ殿本人の意思に反するものでした。フィオナ殿は学業に専念することを望んでいます。そのために、王太子殿下の保証が最も適切です。なぜなら、王太子殿下はフィオナ殿に何も求めていないからです」
レオンが最上段から見ていた。何も言わなかった。しかし、小さく頷いた。
「以上です。フィオナ殿の身元保証人は、現状維持が最も公正であると考えます」
席に戻った。
議場が静かだった。
ミリアーデが口を開いた。
「……ヴェルツ殿。辺境の没落貴族にしては、随分と弁が立つな」
「暇が多いもので」
(暇が多い。何回目だろう。この言葉も。しかし、今日の「暇が多い」は、前とは重さが違う。100人の貴族の前で言う「暇が多い」は、謙遜ではない。余裕だ)
ミリアーデは座った。追加の発言はなかった。
採決が行われた。身元保証人の変更は否決された。
*
議場を出た。
廊下でファインが待っていた。
「見事だった」
「ファイン殿の情報がなければ、ここまで的確には話せなかった」
「情報を活かすのは、使う人間の力だ。お前の力だ」
クロードもいた。馬車の中で待っていた。
「ランベルト殿。議場の内容は、もう商人ネットワークに流れています」
「……早いな」
「大根貴族が貴族院で答弁した、と。明日には王都中に広まるでしょう」
「広まってほしくないが」
「広まります。しかし、良い広まり方です。『辺境の没落貴族が、貴族院でミリアーデ伯爵を黙らせた』。これは、お前のブランド価値をさらに上げます」
「ブランド価値。……大根のか」
「大根と、お前自身のです」
(俺自身のブランド価値。大根貴族が、貴族院で戦った。門前弁当と料理教室で味方を増やし、営業スキルで政治を動かした。これが、俺の王都での生き方だ)
*
帰宅。
フィオナが台所にいた。夕飯を作っていた。
俺が帰る前に、作り始めていた。
「……作っているのか」
「はい。今日はあなたが疲れてると思ったので」
「味見した」
「しました。……あんまり自信ないですけど」
「食べてみないとわからない」
食卓に座った。2枚の皿。
一口食べた。
根菜の煮込み。味付けが少し違う。俺の味とは違う。しかし、悪くない。
「……悪くない」
「自信なかったんですけど」
「悪くない。塩加減が、俺のとは違うが、フィオナの味として成立している」
「フィオナの味」
「ああ。俺の味は俺の味だ。これはお前の味だ。どちらが良いかは、食べる人が決める」
「……私は、あなたの味のほうが良いですけど」
「俺は、今日はお前の味のほうがいい」
「……なんでですか」
「疲れているからだ。疲れているときは、少しだけ違う味のほうが、新鮮に感じる」
「……それ、褒めてますか」
「褒めている」
「……ありがとうございます」
「カウントするか」
「しません。でも、覚えておきます」
食器を洗った。フィオナが拭いた。
(今日、貴族院で戦った。ミリアーデを黙らせた。フィオナの居場所を守った)
(護衛の領分を超えた。営業マンの領分も超えた)
(しかし、帰ってきたら、フィオナが飯を作っていた。フィオナの飯。俺の味ではない。フィオナの味)
(それが、一番よかった)
(よかった、と思った。こういうとき、もっと正確な言葉があるはずだ。しかし、見つからない。見つけなくていい。今は「よかった」でいい)
窓の外に、王都の夜。
寒くなってきた。冬だ。
しかし、台所は温かかった。




