第八十九話「冬の始まり」
冬が来た。
裏庭の冬大根が育っていた。シャールが植えて、俺が世話をして、フィオナが水をやった。3人の共同作業だ。
「ランベルトさん。冬大根、大きくなりましたね」
「ああ。冬の大根は甘みが強い。煮物にすると最高だ」
「最高。……あなたが最高って言うの珍しいですね」
「大根に関しては最高と言う。料理人の矜持だ」
「料理人の矜持。護衛にも矜持はありますか」
「ある。護衛対象を空腹にさせないことだ」
「それは護衛じゃなくて料理人の矜持ですよ」
(区別がつかなくなっている)
*
料理教室が3回目を迎えた。参加者は20人に増えた。
今日のテーマは「冬大根の煮物」。
「冬の大根は、細胞の中に糖分を蓄える。寒さから身を守るためだ。だから、冬の大根は夏の大根より甘い」
「へえ。大根って、自分で身を守ってるんですか」
「守っている。植物は動けない。動けないから、内側を変える。環境が変わったら、自分の中身を変えて対応する」
(大根の話をしている。しかし、自分のことを言っている気もする。環境が変わったら中身を変える。王都に来て、俺の中身も変わったか)
「煮込みは弱火で1時間。出汁の温度は80度を超えない。竹串が通るまで」
20人が鍋を覗き込んだ。
デュランがいた。
端の席に座っていた。前回はいなかった。今回、初めて来た。
何も言わなかった。黙って、大根を切っていた。3ミリ。正確だった。
(デュランが参加している。茶会で「格が釣り合わない」と言った男が、大根を3ミリに切っている。何も言わない。しかし、ここにいる)
料理教室が終わった。デュランが帰り際に、一言だけ言った。
「……悪くなかった」
それだけで去った。
フィオナが横で小さく笑った。
「デュランさん、来てましたね」
「来ていた」
「何も言わないですね」
「悪くなかった、と言った」
「デュランさんの『悪くなかった』は、褒め言葉ですよ」
「そうか」
「そうです。あの人、素直に褒められないタイプですから」
*
午後。ファインから急使が来た。
手紙。短い。
「ランベルト殿。ミリアーデが貴族院で動く。明日の議題にフィオナの身元保証人の件が入った。出席してくれ」
(身元保証人)
フィオナは平民出身だ。王立学園に通っているのは特待生としてだが、貴族社会に正式に属しているわけではない。護衛をつけるにも、婚約の話が来るにも、「身元保証人」が必要だ。
現状、フィオナの身元保証人はレオンだ。王太子が保証している。
しかし、ミリアーデが「王太子が特定の平民の身元保証人になるのは公正ではない」と問題提起する気だ。
(政治的な攻撃。武力でも婚約でもなく、制度で攻めてきた。営業でいう、法務部門を使った嫌がらせだ)
「フィオナ。明日、貴族院に行く」
「また貴族院ですか」
「ああ。ミリアーデが動いた」
「……また、ですか」
「また、だ。しかし、今回は武力ではない。制度で来た」
「制度」
「お前の身元保証人の問題だ。レオン殿下が保証人だが、それを崩そうとしている」
フィオナの顔が少しだけ硬くなった。
「保証人がいなくなったら、どうなるんですか」
「学園に残れなくなる可能性がある。護衛の名目も失う」
「……私がここにいる理由が、全部なくなるってことですか」
「そうならないようにする。明日、俺が出る」
「あなたが? レオン殿下じゃなくて?」
「殿下は保証人だ。保証人本人が弁護すると、客観性が疑われる。第三者が出たほうがいい」
「第三者って、あなた」
「ああ。大根貴族が、貴族院で答弁する」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫だ。営業マンは、プレゼンが得意だ」
(プレゼン。前世で何百回やったか。今度のプレゼンは、大根の販促ではない。フィオナの居場所を守るプレゼンだ)




