第八十七話「見えない手」
1ヶ月目。
婚約の打診が3件追加された。レイモンドを入れて合計4件。
全て断った。
「ランベルトさん。また手紙ですか」
「ああ。今度はガルヴェス子爵家からだ」
「ガルヴェスって、どこですか」
「知らない。聞いたこともない。しかし、正式な打診だ。正式に断る必要がある」
「……断りの手紙、もう4通目ですよね」
「ああ。定型文を使い回している。宛名と家名だけ変えている」
「効率的ですね」
「効率的だ。営業の断り文書はテンプレート化する。個別に書くと時間がかかる」
「婚約の断りをテンプレートで処理するの、なかなかですね」
「なかなかだ。しかし、4件を個別対応していたら、料理を作る時間がなくなる」
(4件。1ヶ月で4件。月4件のペースで婚約が来たら、年間48件。営業目標の逆だ。営業は契約を取りに行く。俺は契約を断りに行っている)
*
門の前。昼。
弁当を食べていたら、見知らぬ男が来た。
20代。身なりが良い。貴族の次男坊、という雰囲気。
「ランベルト・ヴェルツ殿ですか」
「ああ」
「フィオナ・エルスト殿の護衛を務めていらっしゃると」
「務めている」
「私、ドルクス男爵家の者です。フィオナ殿について」
「婚約の打診ですか」
「……はい」
「お手紙でお願いします。正式な書面で。口頭ではお受けできません」
「……書面」
「はい。書面をいただければ、正式に検討いたします」
(検討しない。断る。しかし、「書面で」と言えば、口頭での即席提案を防げる。営業でも、「書面でお願いします」は最強の時間稼ぎだ)
男は困惑した顔で帰っていった。
トーマスが横で見ていた。
「ヴェルツ殿。最近、ああいう方が多いですね」
「多い。門の前に来るのは今週3人目だ」
「フィオナ殿は人気ですな」
「人気だ。困っている」
「困っているのはフィオナ殿ですか。それとも、ヴェルツ殿ですか」
「……両方だ」
トーマスが少しだけ笑った。門衛の観察力も侮れない。
*
午後。麻衣からの手紙が届いた。
表面は令嬢の文体。
「ランベルト殿。ご無沙汰しております。こちらは変わりなく過ごしております。先日お送りいただいた干し大根、大変美味しくいただきました。ファイン兄様にも好評でした」
裏面。
「兄よ。ファイン様からミリアーデの件を聞いた。レイモンドが駒として使われている。分析結果を書く」
「ミリアーデの目的は2つ。第一に、フィオナ様の政治的価値を自分の陣営に取り込むこと。光の魔法の使い手は希少だ。第二に、フィオナ様をお兄ちゃんから引き離すこと。お兄ちゃんの周りの人脈を削ぐのが目的」
「お兄ちゃんから引き離す、がポイントだよ。ミリアーデは書面で退いたけど、お兄ちゃんが王都で力をつけているのを見ている。大根の評判も、学園での影響力も、全部把握してるはず。それを削ぐには、フィオナ様を婚約で持っていくのが一番手っ取り早い」
「対策。お兄ちゃんが『ただの護衛』のままだと、婚約の門番としての発言力が弱い。護衛は体を守る人間で、婚約は政治の話だから。レオン殿下が領分を広げてくれたとはいえ、公的な肩書が弱い」
「提案。クロード先輩の商人ネットワークを使って、ミリアーデの財政状況をもっと深く調べること。ファイン様はもう動いてるはず。お兄ちゃんは表で門番を続けて。内と外の挟撃が一番効く」
「追伸。フィオナ様の握り飯、上手くなってるでしょう。私の丸い握り飯も練習中。だいぶ様になってきた。あと少しでお兄ちゃんに追いつく」
(麻衣の分析。相変わらず的確だ。ミリアーデの目的は2つ。フィオナの取り込みと、俺からの引き剥がし)
(俺から引き離す。つまり、ミリアーデは俺とフィオナの関係を脅威と見ている。護衛と護衛対象の関係を。……あるいは、それ以上の何かを)
*
夕方。フィオナと一緒に帰宅した。
「ランベルトさん。今日、学園で聞かれました」
「何を」
「『護衛の人と婚約してるの?』って」
(……婚約している、と聞かれた。俺とフィオナが)
「何と答えた」
「『してません。護衛です』って答えました」
「正しい」
「でも、その後に言われたんです。『護衛なのに毎日一緒にご飯食べて、毎日送り迎えして、婚約の門番までしてるなら、もう婚約してるのと同じじゃない?』って」
(……反論できない)
「マリアさんが言ったんです」
「マリアが」
「はい。マリアさんは味方ですけど、味方でも思うことは言うみたいです」
(マリアの観察。正しい。護衛が毎日一緒に飯を食べ、送り迎えをし、婚約の門番をしている。客観的に見れば、それは護衛ではない)
「……マリアの言い分には一理ある」
「一理ありますよね」
「しかし、護衛は護衛だ。レオン殿下が決めた」
「レオン殿下が決めたのは護衛です。でも、婚約の門番は後から追加されたんですよね」
「追加された」
「送り迎えも、ご飯も、レオン殿下の命令じゃないですよね」
「……命令ではない」
「じゃあ、誰が決めたんですか」
「……俺が決めた」
「そうですよね。あなたが、自分で決めたんですよね」
(自分で決めた。護衛の領分の外を、自分で選んだ。レオンが拡げたのは婚約の窓口だけだ。料理も、送り迎えも、門前弁当も、全部俺が自分で始めた)
「……ああ。自分で決めた」
「なんで決めたんですか」
「……護衛だからだ」
「護衛じゃなくても、やりましたか」
(護衛じゃなくても、やったか)
(……やった。護衛の肩書がなくても、飯は作った。送り迎えはした。門の前で待った。肩書は理由ではない。行動が先にあって、肩書が後からついてきた)
「……やった。たぶん」
「たぶん」
「たぶんだ。確信は持てない」
「十分ですよ。たぶんで」
フィオナが少しだけ笑った。
夕飯を作った。2枚。




