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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
IV「王都の営業マン」

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第八十五話「護衛の領分」



 翌日、レオンに報告に行った。


 王城の一室。レオンが書類に囲まれていた。王太子は忙しい。


「レイモンド伯爵家から婚約の打診があった。フィオナに対して」


 レオンの手が止まった。


「レイモンドか。……デュランの父親だな」


「ああ。使者が別邸に来た。俺を通じて反応を探りに来た形だ」


「お前はどう答えた」


「俺の判断で回答できる範囲を超えていると答えた。殿下に相談すべき案件だと」


「正しい。……で、フィオナは何と言っている」


「即答で断った。今の生活が変わるからだと」


 レオンが少しだけ笑った。


「即答か。……フィオナらしいな」


「殿下としては」


「断る。レイモンド伯爵家にフィオナを渡す理由はない。しかし、問題はレイモンドだけではないことだ」


「他にもあるのですか」


「ある。フィオナは王立学園の特待生であり、光の魔法の使い手だ。政治的な価値が高い。婚約の打診は、これからも来る」


 (これからも来る。レイモンドは最初の一手に過ぎない)


「ランベルト。お前に聞く」


「何でしょう」


「お前は護衛だ。フィオナの体の安全を守る任務だ。しかし、今回の件は、体の安全ではなく、政治的な安全の問題だ。護衛の領分を超えている」


「……はい」


「護衛の領分を超えたとき、お前はどうする」


 (どうする。護衛としては「殿下にお任せします」が正解だ。しかし)


「……殿下にお任せします。ただ」


「ただ」


「フィオナが望まない婚約が迫ったとき、俺は黙っていられないかもしれません」


 レオンが俺を見た。


「黙っていられない。……護衛として、か」


「……護衛として」


「護衛として、か。それとも」


 レオンは言いかけて、止めた。


「いや。今はいい。お前が護衛として黙っていられないなら、護衛の領分を広げてやる」


「領分を広げる」


「お前の任務は、フィオナの体の安全だけでなく、フィオナの生活の安全も含む。婚約の打診は、生活の安全に関わる案件だ。お前が窓口として対応してよい」


 (窓口。婚約の打診の窓口。つまり、フィオナの婚約に関する全ての話が、まず俺を通ることになる)


「……それは護衛の範囲ですか」


「護衛の範囲にした。今、決めた」


「決めた」


「王太子の権限で、決めた」


 (王太子の権限で、護衛の領分を拡大した。レオンは俺に、フィオナの婚約の門番をやらせようとしている)


「殿下。なぜ俺なのですか」


「お前以外に誰がいる。前にも言っただろう」


「前にも言いました」


「同じ質問を何度もするな。答えは変わらない」


 (答えは変わらない。レオンにとって、フィオナの護衛は俺しかいない。なぜなのかは、まだ聞けていない)



 *



 帰宅。


 フィオナが台所で夕飯の準備をしていた。


「おかえりなさい」


「ただいま。レオン殿下に報告した」


「何て」


「断ると。レイモンドの件は却下。しかし、今後も婚約の打診が来る可能性があると」


「……来るんですか。まだ」


「来る。お前は政治的に価値が高い」


「政治的に価値が高い。……嫌な言い方ですね」


「事実だ。光の魔法が使えて、王太子が護衛をつけている。貴族から見れば、手に入れたい人材だ」


「人材」


「……すまない。商品みたいな言い方をした」


「してますね。私は大根じゃないですよ」


「わかっている」


「わかってないですよ。大根なら出荷できますけど、私は出荷できません」


 (出荷できない。確かに。フィオナは大根ではない。出荷も取引もできない。しかし、貴族の世界では、令嬢の婚約は出荷に近い構造を持っている。本人の意思とは関係なく)


「フィオナ。一つ伝えておく」


「何ですか」


「レオン殿下が、俺の護衛の範囲を広げた。お前の婚約に関する打診は、全て俺が窓口として対応する」


「……窓口」


「ああ。婚約の話が来たら、まず俺を通す。俺が判断して、殿下に上げるか、直接断るか決める」


「……つまり、婚約の門番ですか」


「門番だ」


「門衛のトーマスさんみたいですね」


「トーマスは学園の門を守っている。俺はお前の婚約の門を守る」


「……門が多いですね、あなた」


 (門が多い。学園の門。婚約の門。いくつ守ればいいのだ)



 *



 夕飯を食べた。2人分。


 根菜の煮込み。焼き魚。漬物。


 食べながら、考えていた。


 (護衛の領分)


 (体の安全。生活の安全。婚約の門番)


 (全部、護衛だ。護衛の枠の中に入っている。レオンが枠を広げたから)


 (しかし、枠を広げた先に何がある)


 (護衛が、護衛対象の婚約を管理する。それは護衛か。それとも、別の何かか)


「ランベルトさん」


「何だ」


「考えごとしてますね」


「ああ」


「婚約の話ですか」


「ああ」


「……私のことで、そんなに考えなくていいですよ」


「考える。護衛の仕事だ」


「護衛の仕事に、私の婚約は含まれてませんでしたよね。今日増えたんですよね」


「今日増えた。レオン殿下の権限で」


「つまり、昨日までのあなたなら、考えなくてよかった」


「……ああ」


「でも、昨日も考えてましたよね」


 (……昨日も考えていた。レイモンドの使者が去った後、寝る前に考えていた。フィオナの婚約。護衛の領分に入っていなかったのに、考えていた)


「……考えていた」


「でしょう。護衛の領分じゃなくても、考えてたんですよね」


「……ああ」


「それは、護衛じゃなくて、何なんですかね」


 (何なのか。護衛ではない。営業マンでもない。料理人でもない。大根農家でもない。何だ)


「……わからない」


「わからなくていいですよ。……でも、考えてくれていることは、わかります」


「わかるか」


「わかります。あなた、考えごとしてるとき、出汁が濃くなるんですよ」


 (出汁が濃くなる。考えごとをすると。無意識に。味に出ている)


「……気づいていたのか」


「気づいてます。最初の頃は気づかなかったですけど、最近はわかるようになりました」


「何がわかる」


「あなたが何を考えてるかまではわかりません。でも、考えてることは出汁でわかります」


 (出汁で。フィオナは俺の思考を出汁で読んでいる。クロードは帳簿で読み、ファインは目で読み、フィオナは出汁で読む)


「……恐ろしい女だな」


「恐ろしくないですよ。一緒にご飯を食べてるだけですよ」


 食器を洗った。2枚。フィオナが拭いた。


 棚に戻した。8枚の空きスペース。


 (護衛の領分は広がった。しかし、問題は領分の外にある。護衛ではない場所で、俺がフィオナのことを考えていること。それは何だ)


 (名前をつけたら、糸が太くなる。消失のリスクが上がる。だから名前をつけない。つけないまま、出汁を取る)


 窓の外に、王都の夜。


 明かりが多い。しかし、隣の部屋の光だけは、農村と同じ温かさだった。


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