第八十三話「大根の使者」
3週間目。
門前弁当の参加者が8人になった。マリアが友達を連れてくる。友達が友達を連れてくる。
8人分の握り飯を作っている。朝4時起きだ。
「ランベルトさん。4時起きは体に悪いですよ」
「営業マンは早起きが基本だ」
「営業マンは体を壊すのも基本なんですか」
「……否定できない」
(前世の営業部で、早起きで体を壊した先輩が3人いた。佐藤課長もその一人だ)
握り飯を32個握った。1人4個。予備なし。
「予備がないですよ」
「8人を超えたら対応できない。営業には撤退ラインがある」
「握り飯に撤退ライン」
*
門の前。昼。
8人の生徒が集まった。石段の周りに座って、握り飯を食べている。
門衛のトーマスも1個もらっている。
「ヴェルツ殿。今日の漬物は何ですか」
「大根の味噌漬けだ。裏庭で育てた大根を使った」
「裏庭の。シャール殿が植えたという」
「ああ。騎士が植えた大根を、没落貴族が漬けて、門衛が食べている。この国の身分制度は機能しているのか」
トーマスが笑った。
マリアが横で言った。
「ランベルト様。来週、学園の中庭で昼食会があるんです」
「昼食会」
「はい。各クラスが持ち寄りで食事を出すんです。フィオナ様のクラスは、まだ何を出すか決まっていなくて」
フィオナが言った。
「ランベルトさん。作ってくれませんか」
「俺が学園の昼食会に料理を出すのか」
「はい」
「護衛が料理を出すのは規則に反しないか」
「護衛が出すのではなくて、私が出すんです。作るのを手伝ってもらうだけです」
(手伝う。俺が作って、フィオナが出す。名目上はフィオナの料理。実態は俺の料理)
(……営業でいう、OEM供給だ。製造は俺、ブランドはフィオナ)
「……わかった。何を作る」
「大根料理がいいと思います」
「大根」
「はい。大根貴族の大根です。みんなに食べてもらいましょう」
マリアが頷いた。
「賛成です。みんな名前は知ってるけど、食べたことない人が多いので」
(認知→関心→行動。関心まで到達した。昼食会で「行動」まで持っていく。営業の3段階が完成する)
*
昼食会の準備。
ヴェルツ家の別邸の台所で、大量の料理を仕込んだ。
大根の煮物。大根の漬物3種。大根おろしを添えた焼き魚。大根の味噌汁。
フィオナが手伝った。
「ランベルトさん。これ、何人分ですか」
「30人分」
「30人」
「クラスの人数だ。全員に食べてもらう」
「全員に。……足りますか」
「足りる。大根は裏庭に十分ある。シャールに感謝だ」
「シャールさんは大根を植えるために壁を直したんでしょうか」
「壁を直すために大根を植えたのだと思う。順序が逆だ」
「どっちでもいいですけど、結果的に助かりましたね」
*
昼食会の日。
学園の中庭に、各クラスの料理が並んだ。
貴族の子弟が持ち寄る料理は、華やかだった。ローストチキン。パイ。果実の砂糖漬け。王都の一流料理人が作ったものも混じっている。
フィオナのクラスのテーブルには、大根料理が並んだ。
見た目は地味だった。白い。茶色い。緑がない。華やかさがない。
(……見た目で負けている。前世の営業でも、大手企業のカタログの横に、うちの手作りチラシを並べたときの敗北感と同じだ)
しかし。
最初に食べたのはマリアだった。「美味しい」と言った。
次に、マリアの友達が食べた。「何これ。大根ってこんなに美味しいの」と言った。
その声が聞こえた隣のクラスの生徒が、来た。食べた。黙った。もう一口食べた。
「……おかわりってありますか」
「ある。30人分作った」
30分で、30人分が消えた。
デュランが通りかかった。茶会で「格が釣り合わない」と言った男だ。
テーブルを見た。空だった。
「……もうないのか」
「ない。全部なくなった」
「……」
デュランは何も言わずに去った。しかし、去り際に、空の皿をちらりと見た。
(見た。デュランは空の皿を見た。全てなくなったことを確認した。つまり、人気があったことを認識した)
(営業のSTEP 3。行動。食べさせれば黙る。食べさせた。黙った。予想通りだ)
フィオナが横で少しだけ誇らしそうな顔をしていた。
「全部なくなりましたね」
「ああ」
「大根貴族、って言われてたのが」
「言われていた」
「今日から、ちょっと変わると思いますよ」
「変わるか」
「変わります。だって、みんな美味しいって言ってましたから。美味しいものを作る人を、バカにし続けるのは難しいですよ」
(美味しいものを作る人をバカにし続けるのは難しい。それは真実だ。前世でも、接待の飯がうまい会社は嫌われなかった)
*
夕方。帰宅。
クロードから手紙が届いていた。
「ランベルト殿。大根の注文が10件に増えました。冬大根の収穫が待ち遠しい限りです。なお、学園の昼食会の件は商人ネットワーク経由で聞きました。30人分が30分で消えたそうですね。大根のブランド価値が上がっています」
(クロードが昼食会の情報をリアルタイムで掴んでいる。商人の情報網は相変わらず恐ろしい)
夕飯を作った。2人分。
今日は大根料理を作りすぎたので、夕飯はシンプルに。汁物と漬物だけ。
「今日はあっさりですね」
「大根を使い切った。明日、裏庭から追加で収穫する」
「シャールさんの大根、役に立ちましたね」
「ああ。シャールに礼を言わなければ」
「壁を直してもらうたびにお礼を言ってたら、永遠に言い続けることになりますよ」
「永遠に言い続ける。……それでもいい」
「……ありがとうって、ですか」
「ああ」
「それは、特別カウントですか」
「いや。普通のありがとうだ」
「普通のはカウントしないんでしたよね」
「ああ。お前が決めたルールだ」
「じゃあ、カウントしません。……でも、覚えておきます」
(覚えておく。カウントはしないが覚えている。フィオナのカウントシステムは、数を超えた段階に入っている)




