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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
III「リリア死亡フラグ」

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第七十一話「農村に帰ろう」



 王都を発つ日が来た。


 ミリアーデの件は片付いた。療養の宣言は貴族院で受理された。麻衣は数日間、農村で「療養の仕上げ」をしてから王都に戻ることになった。ファインが許可した。


「数日間だ。それ以上は体裁が持たない」


「わかりました」


「ランベルト殿。リリアを頼む」


「ああ」


「そして、あの料理のレシピを教えてくれ。うちの料理長の面子を保つために」


「……料理長に直接教えますか」


「頼む。あの男、お前の料理に負けたことで3日間落ち込んでいた」


 (料理長を落ち込ませた責任を取らされている)



 *



 出発前に、王都で3人に会った。


 最初はレオン。王城の廊下で。


「帰るのか」


「ああ。農村に」


「そうか。……大根を頼んだぞ」


「大根を」


「ああ。あの大根は良かった。次に来たとき、また食わせてくれ」


「……お越しになるのですか」


「行く。前にも言っただろう。また来ると」


 (また来る。レオンは1回目の訪問のときもそう言った。そして本当に来た。今回も来るのだろう)


「お待ちしております」


「堅いな。……ランベルト。お前はもう少し砕けていい」


「砕け方がわからないのです。営業スマイルしか持っていないもので」


「それを砕けたと言うんだ」


 (レオンに砕けた態度を取るのは、前世の社長相手に冗談を言うようなものだ。心臓に悪い)



 *



 次にシャール。ヴェルツ家の別邸の前で。


 壁の修繕をしていた。まだやっていた。


「おう、帰るのか」


「ああ。壁はもういいぞ」


「よくない。まだ裏側が終わってない」


「裏側まで直すのか」


「当然だ。直すなら全部直す」


「俺がいない間に」


「いなくても直す。使用人に道具の場所は教えた」


 (使用人に修繕を教えている。シャールが去った後も、壁は直され続けるということだ)


「……ありがとう」


「礼は要らん。壁を直すのは騎士の仕事だ」


「騎士の仕事ではないだろう」


「俺の中では仕事だ」


 (シャールの中では、修繕は騎士の使命らしい。前世でも、こういう自分ルールの人間はいた。営業部の鈴木先輩が「名刺交換は左手で出すのが俺のルール」と言い張っていた。似ている)



 *



 最後にクロード。ルーシェ家の別邸の玄関で。


「お帰りですか。寂しくなりますね」


「寂しくならない。商売の話はまた来るだろう」


「もちろん。大根の出荷再開はいつ頃でしょうか」


「帰って確認する。エマに任せていたが、収穫時期は過ぎているかもしれない」


「過ぎていたら、次の作付けに合わせましょう。冬大根は市場価値が高い」


「冬大根」


「はい。今から種を蒔けば、冬に間に合います。南方の商人にも提案できます」


「……帰る前から次の営業計画を立てるのか」


「商人は止まりません。ランベルト殿も同じでしょう」


「俺は止まりたい」


「止まれないでしょう」


 (止まれない。確かに、止まれない。農村に帰っても、大根があり、料理があり、フィオナがいて、エマがいて、問題が次々と起きる。止まる暇がない)


「クロード。一つ聞いていいか」


「何でしょう」


「お前は、いつから俺の味方になった」


 クロードが少しだけ笑った。営業スマイルではなかった。


「最初からですよ。お茶が美味しかったので」


「……お茶で味方になるのか」


「なります。美味しいお茶を出す人間は、信用できます」


「営業の教科書に書いてあるのか」


「書いていません。私の経験則です」


 (経験則。俺の「独学」と同じだ)



 *



 馬で出発した。


 今回は3頭。俺とフィオナ。麻衣は自分の馬を借りた。乗れるようになっていた。


 ガルドは王都に残った。ファインの護衛に戻る。


「リリア様。お気をつけて」


「ガルド殿。お世話になりました」


「いいえ。……ランベルト殿も」


「何だ」


「良い方ですね。ファイン様がお認めになるのも、わかります」


「……ありがとう」


 フィオナが後ろから小声で言った。


「今のはカウントに入れますか」


「……入れなくていい。ガルドへの礼だ」


「じゃあノーカウント。ガルド枠ですね」


 (ガルド枠。カウントに枠ができた。ありがとうのカウントシステムが複雑化している)



 *



 街道を南に。今度は追手もいない。待ち伏せもない。


 穏やかな道だった。


「ランベルトさん。帰り道って、来たときより早く感じますね」


「来たときは急いでいたからな」


「急いでても、帰りのほうが早い気がするんですよ」


「心理的なものだろう。帰る場所がわかっているから、距離が短く感じる」


「営業の知識ですか」


「心理学だ。……前世のテレビで見た」


「テレビって何ですか」


「……忘れてくれ」


 麻衣が横で小さく笑っていた。


「テレビ、懐かしいね」


「……ああ。懐かしい」


「何チャンネル見てた?」


「……NHK」


「え。NHK。渋い」


「ドキュメンタリーが面白かった」


「ランベルト殿は昔からそうですよね。バラエティ見ないで、NHKのドキュメンタリー見てるの」


 フィオナが後ろで聞いていた。


「何の話ですか」


「別の世界の話です」


「また別の世界。……楽しそうですね、その世界」


「楽しかったよ。……でも、ここもいい」


 麻衣がそう言った。令嬢の仮面を少し外して。


 (ここもいい。麻衣がこの世界を「いい」と言った。前は「乙女ゲームの世界」と分析対象として見ていた。今は「ここもいい」と言っている)



 *



 夕方、農村が見えた。


 丘の上から。畑と屋敷と離れ。煙突から煙。


「……帰ってきた」


「帰ってきましたね」


「帰ってきた」


 3人が同じことを言った。


 門の前に、エマが立っていた。


 ニコニコしていた。


 前回と同じだった。出発のときと同じ場所に、同じ顔で、立っていた。


「おかえりなさいませ、坊ちゃま」


「……ただいま」


「フィオナ様も。おかえりなさいませ」


「ただいまです、エマさん」


「リリア様も。おかえりなさいませ」


「ただいま……ただいまです」


 麻衣が「ただいま」を言い直した。令嬢の「ただいま」と、麻衣の「ただいま」の間で、一瞬迷った。


 エマはニコニコのまま、何も指摘しなかった。


 畑に向かった。大根を確認した。


 育っていた。エマが世話をしてくれていた。


 クロードへの出荷分は、収穫適期を少し過ぎていた。しかし、品質は十分だった。


「……エマさん。完璧だ」


「いいえ。坊ちゃまが植えた大根でございますから。私は水をやっただけです」


「水をやっただけで、ここまで育つ大根はない」


「大根がお利口なのでございます」


 (大根がお利口。エマの評価基準は独特だ)


 フィオナが大根の前にしゃがんだ。


「……元気でしたか、大根」


 大根は黙っていた。


「元気ですね。黙ってるから」


 (フィオナの大根評価基準:黙っている=元気。否定はしない)



 *



 夕飯を作った。


 農村の台所。農村の道具。農村の食材。


 フィオナと麻衣と3人で立った。


「帰ってきましたね、この台所」


「ああ」


「王都の台所より、こっちのほうがいいです」


「ああ。こっちのほうがいい」


 根菜の煮込み。葉野菜の和え物。漬物。大根の味噌汁。


 大根が使えた。


「大根、やっぱり美味しいですね」


「ああ。うちの大根だ」


「うちの。……いい言い方ですね」


 4人分を盛った。俺、フィオナ、麻衣、エマ。


 食卓に4つの器。


 王都では7つまで増えた。しかし、ここでは4つ。


 (4つでいい。この4つが、この食卓の正しい数だ)


 エマがニコニコして食べた。


「おかえりなさいませの味ですね」


「おかえりなさいませの味、とは」


「坊ちゃまが農村に戻ったときに作る味は、いつも少しだけ塩が強くなるのです」


「……そうか」


「疲れているときに、ちょうどいい塩加減になるのでございます」


 (俺は無意識に、帰ってきたときに塩を多めにしているのか。疲れた体が塩を求めている)


 フィオナが頷いた。


「わかります。修行の後にちょうどいい塩加減と同じですね」


「同じか」


「同じです。あなたの料理は、食べる人に合わせて変わるんですよ」


「変えているつもりはない」


「つもりがなくても変わるんです。だから美味しいんですよ」


 (……反論の余地がない)


 麻衣が味噌汁を飲んでいた。


「……この味、覚えておこう」


「覚えてどうする」


「王都に戻ったら、再現してみる」


「できるのか」


「できるかわからないけど、やってみる。3ミリの技術と、フィオナ様の味付けと、お兄……ランベルト殿の出汁の取り方。全部、覚えておく」


 (全部覚えておく。麻衣が農村の味を持ち帰ろうとしている)


「……ありがとう」


 フィオナが即座に言った。


「16回目です」


 (16回目。帰ってきた日にカウントが進んだ。帰還ボーナスか)


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