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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
III「リリア死亡フラグ」

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第六十九話「全員集合」



 貴族院の翌日。


 ルーシェ家の別邸で、朝飯を作っていた。


 台所にフィオナと麻衣がいた。いつもの3人体制。


 王都の市場で買った食材を使って、農村の味を再現する。もう手馴れたものだ。


「ランベルトさん。この香辛料、農村のと少し違いませんか」


「ああ。産地が違う。南方の同じ種類だが、乾燥の度合いが違う。少し多めに入れろ」


「わかりました」


 麻衣が根菜を切っていた。3.5ミリ。


「おい。3.5ミリだ」


「え。合格ラインは」


「3ミリだ」


「0.5ミリの差ですよ」


「0.5ミリは大きい」


「昨日は4ミリで合格だったのに、基準上がってませんか」


「成長に合わせて基準を上げるのは当然だ。営業の目標管理と同じだ」


「また営業」


 フィオナが手を挙げた。


「今日1回目です」


 (朝飯の時点で1回目。今日は何回になるのだろう)



 *



 朝飯を食べていたとき、玄関で声がした。


 大きな声だった。よく通る。聞き覚えがある。


「おう。ランベルト、いるか」


 (……シャールだ)


 玄関に行った。


 シャール・ベルネが立っていた。23歳。騎士団長候補。体格が良い。笑顔が豪快。


 そして、背中に木材を背負っていた。


「シャール。なぜ木材を持っている」


「聞いたぞ。お前、王都に来たんだってな。ヴェルツ家の別邸、半年放置だろう。壁が傷んでるに決まってる。直しに来た」


「直しに来たのか」


「おう。壁と屋根と、あと窓枠が怪しいって聞いた」


「誰から聞いた」


「レオン殿下だ。『ランベルトの別邸は修繕が必要だろう。シャールに伝えておく』と」


 (レオンがシャールに伝えた。修繕の情報を。これは善意なのか、それとも俺の周りに人を集めているのか)


「今、ルーシェ家の別邸にいる。ヴェルツ家の別邸ではない」


「じゃあヴェルツ家のほうを先に直しておく。お前が戻ったときに住めるようにな」


「……住むかどうかわからないが」


「住むだろ。王都に来たんだから」


 シャールは木材を担いだまま去っていった。ヴェルツ家の別邸に向かって。


 (止められない。農村でもそうだった。シャールは止められない)


 フィオナが後ろにいた。


「シャールさんですね」


「ああ」


「相変わらず、止まらないですね」


「止まらない。修繕に関しては、あの男は止まらない」



 *



 午前中、もう1人来た。


 馬車。控えめな装飾。木材の質が良い。


 (……クロードだ)


 クロード・ヴァンサンが馬車から降りた。穏やかな笑み。帳簿を2冊抱えていた。


「ランベルト殿。王都にいらしたと聞いて、ご挨拶に」


「クロード。なぜここがわかった」


「商人は情報が命です」


「誰から聞いた」


「ファイン殿から。昨日の貴族院の件も伺いました」


 (ファインからクロードに情報が行った。ファインとクロードは連携している)


「ご挨拶だけか」


「いいえ。お土産を持ってきました」


 帳簿を見せた。


「ミリアーデ伯爵家の商取引の記録です。過去3年分」


「……どうやって手に入れた」


「商人の情報網です。ヴァンサン商会はミリアーデ伯爵家とも取引がありまして。取引先の財務状況を把握するのは、商売の基本です」


 帳簿を開いた。数字が並んでいた。


「この記録を見ると、ミリアーデ伯爵家は2年前から収支が悪化しています。領地の鉱山が枯渇し始めており、新しい収入源を探している」


「新しい収入源」


「ルーシェ家との領地紛争は、鉱山権の争いです。そして、令嬢を人質にした脅迫は、和解条件を有利にするための手段だったのでしょう」


 (ミリアーデの動機。鉱山の枯渇。金がなくなりつつある。だからルーシェ家から領地を奪おうとしている)


「この情報を、ファインに渡してもいいか」


「もちろん。そのために持ってきました」


 (クロードは最初から、この情報をファインに渡すために来た。「ご挨拶」は建前だ。しかし、建前を維持するのが商人の礼儀だ)


「ありがとう、クロード」


「いえ。大根の取引先は大事にしますので」


「大根の話に戻すな」


「大根は大事ですよ。収穫は」


「エマに任せた。王都にいる間は出荷を延期している」


「延期。……商機を逃しますね」


「商機より妹の安全だ」


「もちろんです。しかし、帰ったら大根の話をしましょう。新しい取引先の候補が3件あります」


 (3件。帰ったら、という前提で話をしている。クロードは俺が農村に帰ることを前提にしている。つまり、俺がここに定住しないと読んでいる)


 (読みは正しい。俺は帰る。農村に)



 *



 昼飯を作った。


 今日は人数が多い。俺、フィオナ、麻衣、ファイン、クロード。シャールはヴェルツ家の別邸にいるが、昼には来るだろう。


 案の定、来た。


「飯だ。飯を食わせてくれ。壁を直したら腹が減った」


「……何枚直した」


「3枚。窓枠も1つ替えた」


「半日で」


「おう。まだ足りない。午後もやる」


 6人分を盛った。


 食卓に、6つの器。


 攻略対象が3人いる。レオンだけがいない。しかし、レオンは王城にいる。呼べば来る距離だ。


 (攻略対象4人のうち3人が、俺の周りにいる。ゲームの中では、こいつらはフィオナを巡って競い合うはずだった。しかし今、全員が俺の食卓で飯を食っている)


 (当て馬の食卓に、攻略対象が座っている。ゲームの設計者が見たら、バグだと思うだろう)


 シャールが汁物を一口飲んだ。


「美味い。相変わらず美味い。なんで貴族やってるんだ。料理人になれ」


「貴族のほうが暇だ」


「暇か。……暇か? 最近忙しそうだが」


「忙しい。しかし、暇な時間に大根を育てるのが本業だ」


 クロードが言った。


「本業が大根で、副業が貴族。……新しい経歴ですね」


「経歴ではない。事実だ」


 ファインが黙って食べていた。全部食べた。


「ランベルト殿。ミリアーデの件、クロードの情報を見た。使える」


「よかった」


「明日、ミリアーデ伯爵に直接会う。貴族院の外で、非公式に。情報を突きつけて、引かせる」


「俺も同席したほうがいいか」


「不要だ。これはルーシェ家の案件だ。お前は保護者としての役目を果たした。あとは私がやる」


 (ファインがやる。ルーシェ家の当主代行として。政治は政治のプロに任せる。営業マンは、自分の担当範囲を超えない)


「わかりました」


「ただ、一つだけ」


「何でしょう」


「この件が片付いたら、お前と話がしたい。リリアのことではなく、お前自身のことだ」


 (俺自身のこと。ファインは追及を棚上げにしていただけだ。いつか聞くと言っていた)


「……わかりました。いつでも」


「急がない。片付いてからだ」



 *



 午後。


 シャールがヴェルツ家の別邸に戻った。壁を直しに。


 クロードは商談があると言って去った。


 ファインは書斎で明日の準備をしていた。


 麻衣は客室で休んでいた。


 フィオナと2人きりになった。


 ルーシェ家の別邸の庭。噴水がある。農村にはなかったものだ。


「ランベルトさん」


「何だ」


「今日、みんな来ましたね」


「ああ。レオン殿下は来なかったが、昨日助けてくれた」


「レオン殿下、シャールさん、クロード先輩、ファイン先輩。4人とも」


「ああ」


「みんな、あなたのために来たんですよね」


「俺のためではない。リリアのためだ」


「嘘ですね」


「嘘ではない」


「嘘です。レオン殿下はあなたに『フィオナを頼む』って言いました。シャールさんはあなたの別邸の壁を直しに来ました。クロード先輩はあなたに情報を持ってきました。ファイン先輩はあなたと話がしたいと言いました。全部、あなたに向いてます」


 (……反論できない)


「あなた、当て馬だって言ってましたよね」


「ああ。言った」


「当て馬って、物語の脇役でしょう」


「ああ」


「脇役の周りに、こんなに人が集まりますか」


 (集まらない。脇役は孤立する。物語の中心にいない。しかし、俺の周りには人が集まっている)


「……集まらないだろうな」


「ですよね。あなたは脇役じゃないですよ。最初からずっと」


 (最初からずっと。フィオナは何度もそう言っている。最初から変な人だった。最初から当て馬じゃなかった。最初からずっと)


「……ありがとう」


「15回目です。今度はちゃんとカウントしますね」


「さっきのノーカウントの分は」


「ノーカウントはノーカウントです。理由がわからないのはカウントしません」


「今回の理由は」


「わかります。私が本当のことを言ったから、ありがとうって言ったんでしょう」


「……ああ。そうだ」


「じゃあ15回目、正式にカウントします」


 噴水の音が聞こえた。農村にはない音だった。しかし、フィオナが横にいると、どこでも同じだった。


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