第六十九話「全員集合」
貴族院の翌日。
ルーシェ家の別邸で、朝飯を作っていた。
台所にフィオナと麻衣がいた。いつもの3人体制。
王都の市場で買った食材を使って、農村の味を再現する。もう手馴れたものだ。
「ランベルトさん。この香辛料、農村のと少し違いませんか」
「ああ。産地が違う。南方の同じ種類だが、乾燥の度合いが違う。少し多めに入れろ」
「わかりました」
麻衣が根菜を切っていた。3.5ミリ。
「おい。3.5ミリだ」
「え。合格ラインは」
「3ミリだ」
「0.5ミリの差ですよ」
「0.5ミリは大きい」
「昨日は4ミリで合格だったのに、基準上がってませんか」
「成長に合わせて基準を上げるのは当然だ。営業の目標管理と同じだ」
「また営業」
フィオナが手を挙げた。
「今日1回目です」
(朝飯の時点で1回目。今日は何回になるのだろう)
*
朝飯を食べていたとき、玄関で声がした。
大きな声だった。よく通る。聞き覚えがある。
「おう。ランベルト、いるか」
(……シャールだ)
玄関に行った。
シャール・ベルネが立っていた。23歳。騎士団長候補。体格が良い。笑顔が豪快。
そして、背中に木材を背負っていた。
「シャール。なぜ木材を持っている」
「聞いたぞ。お前、王都に来たんだってな。ヴェルツ家の別邸、半年放置だろう。壁が傷んでるに決まってる。直しに来た」
「直しに来たのか」
「おう。壁と屋根と、あと窓枠が怪しいって聞いた」
「誰から聞いた」
「レオン殿下だ。『ランベルトの別邸は修繕が必要だろう。シャールに伝えておく』と」
(レオンがシャールに伝えた。修繕の情報を。これは善意なのか、それとも俺の周りに人を集めているのか)
「今、ルーシェ家の別邸にいる。ヴェルツ家の別邸ではない」
「じゃあヴェルツ家のほうを先に直しておく。お前が戻ったときに住めるようにな」
「……住むかどうかわからないが」
「住むだろ。王都に来たんだから」
シャールは木材を担いだまま去っていった。ヴェルツ家の別邸に向かって。
(止められない。農村でもそうだった。シャールは止められない)
フィオナが後ろにいた。
「シャールさんですね」
「ああ」
「相変わらず、止まらないですね」
「止まらない。修繕に関しては、あの男は止まらない」
*
午前中、もう1人来た。
馬車。控えめな装飾。木材の質が良い。
(……クロードだ)
クロード・ヴァンサンが馬車から降りた。穏やかな笑み。帳簿を2冊抱えていた。
「ランベルト殿。王都にいらしたと聞いて、ご挨拶に」
「クロード。なぜここがわかった」
「商人は情報が命です」
「誰から聞いた」
「ファイン殿から。昨日の貴族院の件も伺いました」
(ファインからクロードに情報が行った。ファインとクロードは連携している)
「ご挨拶だけか」
「いいえ。お土産を持ってきました」
帳簿を見せた。
「ミリアーデ伯爵家の商取引の記録です。過去3年分」
「……どうやって手に入れた」
「商人の情報網です。ヴァンサン商会はミリアーデ伯爵家とも取引がありまして。取引先の財務状況を把握するのは、商売の基本です」
帳簿を開いた。数字が並んでいた。
「この記録を見ると、ミリアーデ伯爵家は2年前から収支が悪化しています。領地の鉱山が枯渇し始めており、新しい収入源を探している」
「新しい収入源」
「ルーシェ家との領地紛争は、鉱山権の争いです。そして、令嬢を人質にした脅迫は、和解条件を有利にするための手段だったのでしょう」
(ミリアーデの動機。鉱山の枯渇。金がなくなりつつある。だからルーシェ家から領地を奪おうとしている)
「この情報を、ファインに渡してもいいか」
「もちろん。そのために持ってきました」
(クロードは最初から、この情報をファインに渡すために来た。「ご挨拶」は建前だ。しかし、建前を維持するのが商人の礼儀だ)
「ありがとう、クロード」
「いえ。大根の取引先は大事にしますので」
「大根の話に戻すな」
「大根は大事ですよ。収穫は」
「エマに任せた。王都にいる間は出荷を延期している」
「延期。……商機を逃しますね」
「商機より妹の安全だ」
「もちろんです。しかし、帰ったら大根の話をしましょう。新しい取引先の候補が3件あります」
(3件。帰ったら、という前提で話をしている。クロードは俺が農村に帰ることを前提にしている。つまり、俺がここに定住しないと読んでいる)
(読みは正しい。俺は帰る。農村に)
*
昼飯を作った。
今日は人数が多い。俺、フィオナ、麻衣、ファイン、クロード。シャールはヴェルツ家の別邸にいるが、昼には来るだろう。
案の定、来た。
「飯だ。飯を食わせてくれ。壁を直したら腹が減った」
「……何枚直した」
「3枚。窓枠も1つ替えた」
「半日で」
「おう。まだ足りない。午後もやる」
6人分を盛った。
食卓に、6つの器。
攻略対象が3人いる。レオンだけがいない。しかし、レオンは王城にいる。呼べば来る距離だ。
(攻略対象4人のうち3人が、俺の周りにいる。ゲームの中では、こいつらはフィオナを巡って競い合うはずだった。しかし今、全員が俺の食卓で飯を食っている)
(当て馬の食卓に、攻略対象が座っている。ゲームの設計者が見たら、バグだと思うだろう)
シャールが汁物を一口飲んだ。
「美味い。相変わらず美味い。なんで貴族やってるんだ。料理人になれ」
「貴族のほうが暇だ」
「暇か。……暇か? 最近忙しそうだが」
「忙しい。しかし、暇な時間に大根を育てるのが本業だ」
クロードが言った。
「本業が大根で、副業が貴族。……新しい経歴ですね」
「経歴ではない。事実だ」
ファインが黙って食べていた。全部食べた。
「ランベルト殿。ミリアーデの件、クロードの情報を見た。使える」
「よかった」
「明日、ミリアーデ伯爵に直接会う。貴族院の外で、非公式に。情報を突きつけて、引かせる」
「俺も同席したほうがいいか」
「不要だ。これはルーシェ家の案件だ。お前は保護者としての役目を果たした。あとは私がやる」
(ファインがやる。ルーシェ家の当主代行として。政治は政治のプロに任せる。営業マンは、自分の担当範囲を超えない)
「わかりました」
「ただ、一つだけ」
「何でしょう」
「この件が片付いたら、お前と話がしたい。リリアのことではなく、お前自身のことだ」
(俺自身のこと。ファインは追及を棚上げにしていただけだ。いつか聞くと言っていた)
「……わかりました。いつでも」
「急がない。片付いてからだ」
*
午後。
シャールがヴェルツ家の別邸に戻った。壁を直しに。
クロードは商談があると言って去った。
ファインは書斎で明日の準備をしていた。
麻衣は客室で休んでいた。
フィオナと2人きりになった。
ルーシェ家の別邸の庭。噴水がある。農村にはなかったものだ。
「ランベルトさん」
「何だ」
「今日、みんな来ましたね」
「ああ。レオン殿下は来なかったが、昨日助けてくれた」
「レオン殿下、シャールさん、クロード先輩、ファイン先輩。4人とも」
「ああ」
「みんな、あなたのために来たんですよね」
「俺のためではない。リリアのためだ」
「嘘ですね」
「嘘ではない」
「嘘です。レオン殿下はあなたに『フィオナを頼む』って言いました。シャールさんはあなたの別邸の壁を直しに来ました。クロード先輩はあなたに情報を持ってきました。ファイン先輩はあなたと話がしたいと言いました。全部、あなたに向いてます」
(……反論できない)
「あなた、当て馬だって言ってましたよね」
「ああ。言った」
「当て馬って、物語の脇役でしょう」
「ああ」
「脇役の周りに、こんなに人が集まりますか」
(集まらない。脇役は孤立する。物語の中心にいない。しかし、俺の周りには人が集まっている)
「……集まらないだろうな」
「ですよね。あなたは脇役じゃないですよ。最初からずっと」
(最初からずっと。フィオナは何度もそう言っている。最初から変な人だった。最初から当て馬じゃなかった。最初からずっと)
「……ありがとう」
「15回目です。今度はちゃんとカウントしますね」
「さっきのノーカウントの分は」
「ノーカウントはノーカウントです。理由がわからないのはカウントしません」
「今回の理由は」
「わかります。私が本当のことを言ったから、ありがとうって言ったんでしょう」
「……ああ。そうだ」
「じゃあ15回目、正式にカウントします」
噴水の音が聞こえた。農村にはない音だった。しかし、フィオナが横にいると、どこでも同じだった。




