表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
III「リリア死亡フラグ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/75

第六十八話「貴族院の朝」


 朝、ルーシェ家の使用人に起こされた。


「ヴェルツ様。お支度の時間でございます」


 起きた。横腹がまだ少し痛んだ。しかし昨日よりはいい。


 服を着替えた。ルーシェ家が用意した貴族の正装。紺色の上着に白いシャツ。


 鏡を見た。


 (……似合わない)


 (農村で大根を育てていた人間が、貴族の正装を着ている。コスプレだ。前世のハロウィンのほうがまだ馴染んでいた)


 廊下に出た。フィオナがいた。学園の正装を着ていた。


「ランベルトさん。似合ってますよ」


「嘘だろう」


「嘘じゃないです。ちょっとだけ、農村のときと違いますけど」


「どう違う」


「肩が凝ってそうです」


 (肩が凝っている。正装が窮屈だからだ。農村の作業着のほうが動きやすい)


 麻衣がいた。令嬢の正装。完璧だった。こちらは本物だ。リリア・ルーシェとして育った体は、この服が日常だ。


「お兄……ランベルト殿。準備はよろしいですか」


「ああ」


「顔が硬いですよ。営業スマイルは」


「……今から作る」


 営業スマイルを作った。鏡で確認した。


 (営業スマイル。前世で毎朝確認していた笑顔。この世界でも同じことをしている。場所は変わっても、やることは変わらない)



 *



 貴族院は王城の一角にあった。


 大きな議場。石造りの壁。高い天井。円形の席が並んでいる。100名以上が座れる。


 今日の議題は複数あったが、ファインの宣言は午前の最初に入れてもらっていた。レオンの手配だった。


 (レオンが日程を調整した。ファインから連絡が行っていたのだろう)


 議場に入った。


 視線が集まった。


 ファイン・ルーシェの隣に、見知らぬ男が立っている。貴族たちが俺を見ていた。


 (見られている。100人以上の貴族に。没落貴族のランベルト・ヴェルツが)


 (逃げたい。正直に言えば、逃げたい)


 (しかし、逃げない)


 営業スマイルを維持した。


 ファインが壇上に立った。


「本日は、ルーシェ家より一件の報告がございます」


 議場が静かになった。


「先日来、妹リリア・ルーシェが辺境のヴェルツ家にて療養しておりました。体調不良のためです。現在は回復し、本日こちらに参っております」


 麻衣が立ち上がった。完璧なお辞儀をした。


「リリア・ルーシェでございます。ご心配をおかけいたしました」


 議場がざわめいた。「療養」の噂と「家出」の噂が交錯していたのだろう。しかし、令嬢が本人の口で「療養」と裏付けた。


「なお、療養期間中、ランベルト・ヴェルツ殿にリリアの保護をお願いしておりました。この場を借りて、感謝を申し上げます」


 俺の名前が呼ばれた。


 立ち上がった。


 100人以上の貴族の視線が、俺に集まった。


 (……ランベルト・ヴェルツの名前が、貴族院で読み上げられた。公的記録に残る。物語の中心に近づいた)


 (消失のリスクが、今この瞬間、確実に上がった)


 頭を下げた。何も言わなかった。言う必要がなかった。立っているだけが仕事だ。ファインにそう言われた。


 ファインが続けた。


「また、リリアの療養中、街道上において武装した者による襲撃がありました。これはルーシェ家への明確な敵対行為であり、厳正に対処する所存です」


 議場の空気が変わった。「襲撃」という言葉に、複数の貴族が顔色を変えた。


 そのとき。


 議席の一角から、声が上がった。


「ファイン殿。一つよろしいかな」


 声の主は、50代の男だった。白髪交じり。痩せた顔。しかし、目が鷲のように鋭い。


 (……この男か。ミリアーデ伯爵)


「療養とのことですが、ルーシェ家の令嬢が辺境の没落貴族のもとで療養するというのは、些か不自然ではありませんか」


 議場がざわめいた。


「ヴェルツ家は失礼ながら、医療の設備もなく、療養に適した環境とは思えません。なぜもっと適切な場所を選ばなかったのか」


 ファインが答えようとした。


 その前に、別の声が割って入った。


「適切な場所であるかどうかは、私が保証しよう」


 議場が静まった。


 声は、最上段の席から聞こえた。


 レオン・エルドリアが立ち上がっていた。王太子。22歳。この議場で最も高い席に座っている人間。


「私は以前、ヴェルツ家の農村を視察した。辺境ではあるが、空気は清涼で、食事は王都のどの屋敷にも劣らない。療養に適した場所であると、私が証言する」


 (レオン。お前がここで出てくるのか)


「また、ランベルト・ヴェルツ殿は信頼に足る人物である。これも私が保証する」


 ミリアーデ伯爵の顔が歪んだ。王太子の証言を否定することは、誰にもできない。


「さらに、街道上の襲撃についても、私は重大な関心を持っている。貴族の令嬢を武力で拘束しようとする行為は、王国法に照らして明白な犯罪である。心当たりのある者は、自ら名乗り出ることを勧める」


 最後の一文は、ミリアーデ伯爵を見ながら言った。


 議場が完全に静まった。


 ミリアーデ伯爵は、何も言わなかった。座ったまま、口を閉じた。


 (レオンが全てを持っていった。王太子の証言で療養を裏付け、襲撃を公的に問題化し、ミリアーデを牽制した。一石三鳥だ)


 (営業で言えば、最終プレゼンの場で大口クライアントの社長が「この会社を信頼している」と一言言ったようなものだ。それだけで契約が決まる)



 *



 議場を出た。


 廊下でレオンが待っていた。


「ランベルト」


「レオン殿下。ありがとうございます」


「礼は不要だ。ファインから事情は聞いている」


「殿下が出てくるとは思いませんでした」


「出ないわけにはいかないだろう。お前は前に私の領地で良い大根を育てていた。その恩がある」


「……大根の恩ですか」


「大根の恩だ。それと、あの汁物の恩もある」


 (大根と汁物で王太子を動かした。前世の営業経験を全部合わせても、こんな成功事例はない)


「ランベルト。一つ言っておく」


「何でしょう」


「お前は変わったな。前に農村で会ったときとは、目が違う」


「……何が違いますか」


「前は、逃げる目をしていた。今は、逃げない目をしている」


 (逃げない目)


「ミリアーデは今日で引っ込むだろう。しかし、完全にはあきらめない。注意しておけ」


「わかりました」


「それと、フィオナのことを頼む」


 (フィオナのことを頼む)


 (レオンが、俺にフィオナを頼んだ。王太子が当て馬にヒロインを託した)


「……俺にですか」


「お前以外に誰がいる」


 レオンは振り返って、廊下を去っていった。


 フィオナが横に立っていた。


「今の、聞こえてましたけど」


「……聞こえていたか」


「聞こえてました。レオン殿下、あなたに私を頼むって言ってましたね」


「……ああ」


「あなた、引き受けたんですか」


「……引き受けていない。何も答えていない」


「でも断ってもないですよね」


「……断ってない」


「じゃあ引き受けたのと同じですよ。あなた、断るときははっきり断る人ですから」


 (……フィオナの観察力。断らなかった=引き受けた、と解釈された。営業マンとしては完敗だ)


「……ありがとう」


「何に対してですか」


「……わからない。しかし、言いたかった」


「14回目ですね。でも、理由がわからないのはノーカウントにします」


「ノーカウント」


「はい。次の、ちゃんとしたやつを待ちます」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ