第六十五話「王都への道」
朝、農村を出た。
馬4頭。ファインが先頭。ガルドと騎士2名が周囲。俺とフィオナが中央。麻衣はガルドの馬に同乗。
エマが門の前に立っていた。ニコニコしていた。
「行ってらっしゃいませ」
「ああ。行ってくる」
「大根は、お任せください」
「頼む」
馬が進んだ。振り返った。エマが手を振っていた。門の前で。小さくなっていく。
(2回目の出発。前回は南に向かった。今回は北。王都に向かう)
弁当を背負っている。24個の握り飯。三角18個と丸6個。麻衣の丸いのは少しいびつだ。
中継街までの間道を通って、本街道に出た。そこから北へ。
天気は良かった。風は穏やかだった。
(嫌な予感がする)
(天気が良い日ほど、営業では不意打ちが来る。相手が油断していると思って切り込んでくるクライアントがいる)
BGMが聞こえた。
かすかに。朝から聞こえるのは初めてだった。
(フィオナの魔力が安定しているはずの時間帯に、BGMが聞こえる。それはイベントが近いということだ)
ファインに声をかけた。
「ファイン殿。街道の先に、見通しの悪い場所はあるか」
「北に2時間ほど進むと、橋がある。川を渡る橋だ。橋の前後は林に囲まれている」
「橋」
「この街道で唯一、迂回できない場所だ」
(迂回できない。つまり、待ち伏せをするなら、そこだ)
「ガルド」
「はい」
「先行偵察を出せるか」
「……1名なら」
「出してくれ。橋の手前で」
ガルドが頷いた。騎士の1人が先行した。
*
1時間後。先行した騎士が戻ってきた。
馬を走らせてきた。息が荒い。
「報告。橋の南側に、馬車2台と人影が複数。少なくとも8名。武装しています」
8名。
前回は3人だった。今回は8人。増援を呼んだ。
ガルドの顔が硬くなった。
「8名。……こちらは騎士3名。数で劣ります」
ファインが馬を止めた。
「迂回路は」
「ありません。東に大きく回れば川を渡れる浅瀬がありますが、半日以上の遅れが出ます」
「半日の遅れは、貴族院の日程に間に合わなくなる」
(日程。ミリアーデは貴族院の日程を知っている。だから橋で待ち伏せした。迂回すれば日程に間に合わない。突破すれば戦闘になる。どちらに転んでも、ミリアーデの得になる)
(……計算された待ち伏せだ。営業でいう、選択肢を潰してから提案を出す手法だ)
「ファイン殿。提案がある」
「聞こう」
「正面突破と迂回の二択ではない。第三の選択肢がある」
「何だ」
「交渉だ」
*
橋の手前、200メートルの地点で馬を止めた。
林の中に、人影が見えた。馬車が2台。武装した男たちが橋の両側に展開している。
先頭に立ったのは、俺だった。
「ランベルト殿。危険だ」
「交渉は前に出る人間がやる。後ろにいたら交渉にならない」
(営業の基本。飛び込み営業は、ドアの前に立たなければ始まらない)
馬を降りた。歩いた。
50メートルまで近づいた。
男たちの中から、1人が前に出てきた。前回の宿場で会った使者ではない。別の男。体格が大きい。傭兵の雰囲気があった。
「ランベルト・ヴェルツか」
「ああ」
「リリア・ルーシェ殿を引き渡してもらおう」
「断る」
「断る余裕があるのか。こちらは8名だ」
「数は問題ではない。お前たちが何の権限でここにいるのかが問題だ」
「ミリアーデ伯爵閣下の命令だ」
「伯爵の命令で、他家の令嬢を武力で拘束するのか。それは王国法に反する」
「法を語る余裕があるのか、没落貴族」
(挑発してきた。冷静でいろ。営業マンは挑発に乗らない)
「余裕はある。後ろにファイン・ルーシェがいる。ルーシェ家の当主代行だ。ここでの行為は、ルーシェ家への直接的な敵対行為と見なされる」
男の目が動いた。ファインの存在を確認した。
「ルーシェの若造が来ようが来まいが、関係ない。令嬢を渡せ」
「渡さない。もう一度言う。ここでの行為は記録され、貴族院に報告される」
「報告される前に終わらせればいい」
男が手を挙げた。
合図だった。
8人の武装した男が、一斉に動いた。
(交渉決裂。想定内だ。しかし、想定内でも、8人が一斉に来ると怖い)
ガルドが叫んだ。
「陣形を組め。リリア様を守れ」
騎士が動いた。しかし、3人で8人は止められない。
男たちの半分が正面からガルドに向かった。残りの半分が横に回った。
横に回った先に、麻衣がいた。
(麻衣を狙っている。最初から、麻衣だけが目的だ)
フィオナが光を灯した。最大出力。しかし、昼間の陽光の中では、夜ほどの効果がない。
男たちが麻衣に迫った。
ガルドが1人を斬り倒した。しかし、2人目が横をすり抜けた。
麻衣が叫んだ。
「来ないで」
令嬢の声ではなかった。麻衣の声だった。
男の手が麻衣の腕を掴んだ。
引きずろうとした。
そのとき、俺は走っていた。
いつ走り出したかわからない。体が先に動いていた。
(営業マンではない。兄が走っている)
男の腕に体当たりした。
体格差があった。俺のほうが軽い。しかし、走った勢いで男の体勢が崩れた。
麻衣の腕が解放された。
しかし。
別の男が横にいた。
見えなかった。
横腹に衝撃が走った。
拳だった。
地面に倒れた。
視界が回った。
BGMが、最大音量で聞こえていた。
*
地面に伏せたまま、声が聞こえた。
ファインの声だった。初めて聞く声だった。冷たく、鋭く、絶対的な声だった。
「触れるな」
風が変わった。
空気が変わった。
目を開けた。
ファインが、片手を上げていた。
手のひらから、光とは違うものが出ていた。風の渦のようなもの。魔力の塊。
男たちが吹き飛ばされた。2人。3人。まとめて。
(……ファインの魔法。天才魔法師。ゲームの中で見たはずだが、実際に見ると、次元が違う)
残った男たちが、後ずさりした。
ファインが言った。
「ミリアーデの犬どもに伝えろ。ルーシェ家の令嬢に指一本触れたら、ファイン・ルーシェが直接出向く。次はこの程度では済まさない」
男たちが散った。走って逃げた。馬車を捨てて。
戦闘が終わった。
*
横腹が痛かった。起き上がった。
「ランベルトさん」
フィオナが駆け寄ってきた。顔が青白かった。
「大丈夫ですか。殴られましたよね」
「……ああ。大丈夫だ。殴られただけだ」
「殴られただけって。血が出てますよ」
「口の中を切っただけだ。大した傷ではない」
麻衣がいた。無事だった。腕に赤い痕が残っていた。前回と同じだ。しかし、前回より深い。
「お兄ちゃん」
小さな声だった。周囲には騎士がいる。しかし、麻衣は構わなかった。
「……馬鹿。なんで走ってくるの」
「お前が掴まれていた」
「掴まれたくらいで。あなたが殴られたほうが大変じゃない」
「大変じゃない。殴られるのは慣れている」
「どこで慣れたの」
「……前世の営業部の忘年会で、部長に殴られたことがある。酔っ払いのパンチと傭兵のパンチは質が違うが」
「笑えないよ」
「笑えなくていい」
ファインが近づいてきた。
「ランベルト殿。怪我は」
「軽傷です。ありがとうございます。助かりました」
「礼は不要だ。……お前は、走ったな」
「走りました」
「武器もなく。戦闘経験もなく。体格で劣る相手に」
「……ああ」
「なぜだ」
「妹を守るためです」
ファインが俺を見た。長い間、見ていた。
「……妹か」
「ファイン殿も、同じだったでしょう」
「ああ。同じだ」
ファインが少しだけ笑った。初めて見る笑いだった。皮肉でも分析でもない。共感だった。
「王都に着いたら、全て決着をつける。ミリアーデには、これ以上の猶予を与えない」
「ファイン殿」
「何だ」
「ありがとうございます」
フィオナが横で小さく言った。
「13回目です」
(13回目。傭兵に殴られた直後に、ありがとうのカウントをしている。この女は、本当に)




