第五十四話「追う者たち」
朝。宿を出た。
馬に乗って南に走った。フィオナが後ろに座った。
BGMは止んでいた。朝には聞こえない。フィオナの魔力が安定しているときは音が小さくなる。
(BGMはフィオナの魔力が強まると聞こえる。昨夜、馬の上で聞こえたのは、フィオナが近くにいて、かつ何かのイベントが近づいていたからだ)
(ゲームのイベントが近づくと、BGMが流れる。それが法則だとすれば、昨夜のBGMは「何かが起きつつある」サインだ)
街道をさらに南へ。
昼前に、もう一つの宿場に着いた。中継街から半日ほど南。林の中にぽつんとある小さな宿だった。
*
宿の主人に聞いた。
「一昨日の夜、若い女が一人で泊まらなかったか」
「ああ。泊まったよ。フードを被った女だ。一晩だけ。翌朝早くに出て行った」
「どちらに向かったか」
「南だ。港町のほうに行くと言っていた」
(港町。麻衣は港町に向かっている。船に乗るつもりか。逃げるために)
「もう一つ聞きたい。その後、騎馬の一団が来なかったか。3騎。揃いの服」
「来た。昨日の昼頃だ。女を探していると言っていた。こちらも南に向かった」
(やはり追手は半日遅れだ。昨日の昼に通過したなら、今は麻衣に追いついている可能性がある)
「それと」
宿の主人が眉をひそめた。
「もう一組、来たよ」
「もう一組」
「騎馬じゃない。馬車だ。商人風の男が3人。しかし、商人にしては目つきが悪かった。女を探していると言ったが、聞き方が違った」
「聞き方が違った、とは」
「騎馬のほうは『お嬢様を探している』と言った。丁寧だった。商人風のほうは『若い女を見なかったか。黒髪の、貴族の女だ』と言った。名前も知らない。身分だけ知っている」
手が冷えた。
「その商人風の3人は、いつ通った」
「騎馬の後だ。夕方くらい。南に向かった」
(2つの組が、麻衣を追っている)
(一つ目は、ルーシェ家の使用人。ファインが手配した追手。これは「連れ戻す」目的だ。危険度は低い)
(二つ目は、正体不明。名前を知らず、身分だけ知っている。「貴族の女」と言った。これは「連れ戻す」ではない)
(何が目的だ。貴族の令嬢を狙う理由は何だ)
(麻衣の手紙に書いてあった。「ルーシェ家の令嬢を狙っているような動きがある」と。あれはこの連中のことか)
フィオナの顔が白くなっていた。
「ランベルトさん。2組いるんですよね」
「ああ」
「片方は味方で、片方は違う」
「……そう考えるのが妥当だ」
「味方じゃないほうは、麻衣様をどうするつもりですか」
「……わからない。しかし、良い目的ではないだろう」
「急ぎましょう」
「ああ」
*
馬を走らせた。速度を上げた。
街道は森の中に入っていった。木々が道の両側にせり出している。見通しが悪い。
(この地形は、待ち伏せに向いている)
(営業マンの発想ではない。しかし、この世界では物理的な危険が現実にある)
BGMが聞こえ始めた。
今度ははっきり聞こえた。昨日よりも大きい。緊張感のある旋律。テンポが速い。
(BGMが大きくなっている。イベントが近い)
(ゲームのBGMは、重要なイベントの前に変わる。この曲は「戦闘前」の曲に似ている)
(似ている。確信はない。1周しかプレイしていないゲームの記憶で、BGMを正確に判別することはできない)
(しかし、嫌な予感がする)
フィオナが俺の背中を叩いた。
「ランベルトさん。止まって」
「何だ」
「前。道の真ん中に何かある」
馬を止めた。
道の真ん中に、布が落ちていた。
降りて拾った。
小さな布。フードの端のように見える。引きちぎられたような裂け方をしていた。
(フードの端。宿の主人は「フードを被った女」と言った)
「これ、麻衣様の……」
「……わからない。しかし、可能性はある」
布を握った。
道の周囲を見た。林の中に、踏み荒らされた草がある。複数人が入った形跡だ。
(ここで何かがあった。フードの持ち主が、複数人と接触した)
(接触が穏やかなものだったなら、布は裂けない。裂けているということは、引っ張られたということだ)
「……この先だ」
「先って、林の中ですか」
「ああ。足跡がある。複数人が林の中に入っている」
「……行きますか」
「行く」
馬を道の脇に繋いだ。
林の中に入った。足跡を追った。
BGMが、さらに大きくなった。
(この曲を、俺は聞いたことがある)
(ゲームの中で。リリアが家出した後のイベントで)
(この曲の名前は、たぶん――)
林の奥から、声が聞こえた。
男の声だった。複数。
そして、もう一つ。
女の声。
低く、押し殺した声で、何かを言っている。
聞き覚えのある声だった。
(麻衣)
足が止まった。
「ランベルトさん。あれ、声が」
「聞こえた。静かにしろ」
木の陰に隠れた。フィオナが横にしゃがんだ。
声が聞こえる方向を確認した。50メートルほど先。林の中の空き地。
目を凝らした。
3人の男が見えた。商人風。しかし、腰に短剣を帯びていた。
その前に、一人の女が立っていた。
フードは破れていた。黒髪が見えていた。背筋は真っ直ぐだった。
女の声が聞こえた。
「手を放しなさい。私はルーシェ家の者です。この行為は犯罪です」
令嬢の声だった。しかし、その底に、聞き慣れた強さがあった。
麻衣の声だ。
(いた)
(麻衣が、いた)
しかし、3人の男に囲まれている。
(営業マンではどうにもならない状況だ)
フィオナが俺の袖を引いた。
目を合わせた。フィオナの目に、恐怖はなかった。
決意があった。
「行きましょう」
小さな声で言った。手のひらに、光が灯っていた。




