第五十三話「南の街道」
馬を走らせた。
農村から南の中継街まで、馬車なら半日。馬ならもっと早い。
しかし、麻衣が通るのは王都から南へ延びる本街道だ。農村はその街道から少し外れた位置にある。まず中継街に出て、そこから本街道に合流する。
(営業時代の出張計画と同じだ。移動ルートを最適化する。目的地は麻衣。経由地は中継街)
フィオナが後ろに座っていた。馬の背中で揺れている。
「ランベルトさん。馬、速いですね」
「急いでいるからな」
「でも、馬が疲れたら元も子もないですよ。少しペース落としてください」
(……正しい。感情で飛ばすと判断を誤る。馬も潰れる)
ペースを落とした。
*
昼過ぎに中継街に着いた。
小さな街だった。市場があり、商人が行き交い、宿が数軒ある。農村と王都を繋ぐ中継地点。
馬を宿の厩に預けた。
「ここで情報を集める」
「どうやってですか」
「聞く。営業の基本は、聞くことだ」
市場に行った。
果物を売っている商人に声をかけた。
「すまない。少し聞きたいことがある」
「何だい」
「この2日ほどで、若い女が一人でここを通らなかったか。貴族の令嬢風の。少し慌てた様子で」
「貴族の令嬢? この街に?」
「本街道沿いに南から来た可能性がある」
商人は首を傾げた。しかし、隣の干物屋のおじさんが口を挟んだ。
「ああ。いたよ。昨日の昼頃だ」
「昨日の昼」
「若い女だ。一人で。フードを被ってたが、歩き方が農民じゃなかった。背筋が真っ直ぐで、靴が綺麗だった」
(靴が綺麗。農民じゃない歩き方。麻衣だ。リリア・ルーシェとして育った体は、どれだけ隠しても所作に出る)
「どちらに向かったか」
「南だ。街道をそのまま南に行った。港町のほうだな」
「ありがとう」
干物屋のおじさんは気前よく教えてくれた。しかし、次の情報が問題だった。
「それとな。その女の後に、騎馬が3騎来た」
足が止まった。
「騎馬。3騎」
「ああ。揃いの服を着てた。どこかの家の使用人か、騎士か。若い女を探してるって言ってた」
「彼らも南に向かったか」
「向かった。女の半日後くらいだ」
(騎馬3騎。揃いの服。ルーシェ家の使用人か、あるいはファインが手配した追手か)
(麻衣の半日後に追手が通過した。つまり今、追手は麻衣に追いつきつつある)
フィオナが横で聞いていた。表情が硬くなっていた。
「ランベルトさん。追手がいるんですね」
「ああ。ルーシェ家の人間だろう」
「リリア様を連れ戻すため?」
「……たぶん」
「連れ戻されたら、まずいんですか」
「……連れ戻されること自体は、たぶん安全だ。しかし、問題はそこではない」
「どういうことですか」
「リリアが逃げているのは、正体がバレそうだったからだ。連れ戻されたら、正体を問い詰められる。それは……リリアにとって、命に関わるかもしれない」
(大げさに聞こえるかもしれない。しかし、この世界で「転生者」の正体がバレることのリスクは未知数だ。最悪の場合、異端として処分される可能性すらある)
「……急ぎましょう」
*
中継街で弁当を買い足した。干し肉と硬いパン。保存食。
馬に水を飲ませて、南に向かった。
本街道に入った。道幅が広くなった。馬車のわだちが深い。
街道沿いの風景が変わっていった。農地が減り、林が増えた。
(王都から南に延びる本街道。この道を、麻衣が一人で歩いた)
頭の中で、ゲームの記憶を探った。
(リリアの家出イベント。ゲームでは、リリアが王都を出て、街道沿いで事件に巻き込まれる。詳細は覚えていない。麻衣がゲームをやっているとき、横で見ていたはずだが、リリアの家出に集中していなかった)
(覚えているのは、麻衣の言葉だけだ。「ファインルートだとすぐ帰ってくる」。つまり、他のルートでは帰ってこない)
(帰ってこない、とは何を意味する)
(最悪の場合を想定しろ。営業マンはリスク管理をする)
背筋が冷えた。
(帰ってこないルートがある。つまり、死亡ルートがある)
馬のペースを上げた。
「速くないですか」
「……速い。しかし、今は速度が必要だ」
「わかりました。しっかり掴まります」
フィオナの手が、俺の腰にしっかり回った。
街道を南に走った。
そのとき、聞こえた。
かすかに。
頭の中で、音楽が流れ始めた。
(……BGM)
(ゲームのBGMだ。フィオナの魔力が近くにあるときに聞こえる、あの音楽)
(しかし、今のBGMは今まで聞いたことがない曲だ。緊張感のある、短い旋律の繰り返し)
(……イベント曲だ。ゲームの中で、何かのイベントが始まるときに流れる曲)
「ランベルトさん? 顔色が」
「……何でもない。急ごう」
馬を走らせた。
BGMが、少しずつ大きくなっていた。
*
夕方。街道沿いの小さな宿場に着いた。
宿を取った。1部屋しか空いていなかった。
「一つでいい」
「え」
「部屋は一つで構わない。俺は床で寝る」
「……わかりました」
部屋に入った。狭い。ベッドが一つ。小さな窓。
フィオナが荷物を置いた。
「ランベルトさん。弁当、食べましょう」
「ああ」
弁当を広げた。握り飯と漬物。朝作ったものだ。
フィオナが一口食べた。
「……冷たいですね」
「冷めているからな」
「冷めてても美味しいです。あなたの料理は冷めても味が変わらない」
「塩加減がちょうどいいからだ」
「ちょっとしょっぱいところも含めて」
(しょっぱい握り飯。馬で走った後だから、ちょうどいい)
フィオナは握り飯を食べ終わった。
「明日、見つかりますかね」
「……見つける」
「根拠は」
「ない。しかし、見つける」
「……営業マンらしくないですね。根拠がないのに」
「兄だからだ」
フィオナは少しだけ笑った。
「そっちのほうがいいです。営業マンじゃなくて、兄のほうが」
窓の外は暗かった。
BGMはまだ聞こえていた。小さく。遠くで。
(麻衣。待っていろ)




