表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
II「縁糸と秘密」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/187

第四十六話「消された名前」


 朝、蔵に降りた。フィオナが横にいた。約束通り、迎えに来た。


 手のひらに光を灯して、石段を十二段下りた。地下の部屋は昨日と同じ。机の上に箱。蓋に「これを読む者へ」。


 箱を開けた。中身は書類だった。古い紙が何十枚も、丁寧に重ねられている。虫食いはない。一番上に、父の字で目録があった。


「記録一覧。一、ヴェルツ家の起源と縁の魔法。二、縁糸成長体質の歴史。三、消された者たちの名簿。四、消失の条件と法則。五、私の推論」


「全部読むんですか」


「ああ。一つずつ」


「じゃあ私、光を持ってます。読みやすい角度にします」


 (読みやすい角度、ときた。……この部屋で一番落ち着いているのは、フィオナかもしれない)


 フィオナが光の位置を変えた。紙の上に、柔らかい光が落ちた。



 *



 一つ目。「ヴェルツ家の起源と縁の魔法」。


 大半は書斎の本と同じだった。だが、本になかった一節があった。


「ヴェルツ家の縁糸成長体質は、祝福であると同時に、呪いでもあった。糸が太く育つということは、絆が深まるということだ。しかし、その絆が強すぎるとき、世界はバランスを保とうとする」


「一つの糸が太くなりすぎると、他の糸が細くなる。一人の者に縁が集中すると、周囲の者の縁が希薄になる。ヴェルツ家の者は糸が三倍の速さ・三倍の太さで育つ。それゆえ、誰かと深く結ばれると、周囲の人間関係のバランスが崩れる」


「……何が書いてあったんですか」


「ヴェルツ家の糸が太くなると、周囲のバランスが崩れるらしい」


「悪い影響ですか」


「わからない。続きを読む」



 *



 二つ目。「縁糸成長体質の歴史」。


 歴代当主と配偶者の記録。誰と結ばれ、糸の色と太さがどうだったか。全員が太い金色で結ばれていた。


 だが七代前から、名前の横に小さな丸印がついていた。意味は「消失」。


「ヴェルツ家の歴史の中で、何人かが『世界から忘れられた』。名前を失い、顔を失い、記録から消えた。彼らは死んだのではない。存在が、薄くなった。消失した者に共通するのは、ヴェルツ家の中でも特に強い糸を持っていたことだ」


 エマの言った「忘れられる者」。帳簿の空白。全部、これだ。


「糸が強すぎた者が、消える」


「……ランベルトさん?」


「……糸が強すぎると消える、と書いてある」


「あなたの糸も、強いんですか」


「俺には見えない。だが、エマもリリアも『太い』と言った」


「だったら、あなたも消えるかもしれないってことですか」


「……そう書いてある」


 フィオナの光が、少しだけ揺れた。


「……続き、読んでください」


 声が、硬かった。



 *



 三つ目。「消された者たちの名簿」。


 名前が並んでいた。だが大半は読めなかった。かすれているのではない。文字そのものが薄くなっている。「忘れられる」とは、記録の中でもこうなるのか。


 かろうじて読めた名前が三つ。リヒト・ヴェルツ、四代前。エルザ・ヴェルツ、六代前。もう一つは、最初の一文字だけ。「ラ」。八代前。


 名簿の横に、父の注釈。


「この名簿の名前は、年々薄くなっている。私が最初に読んだ三十年前は、もう少し鮮明だった。放置すれば、全ての名前が消える。消された者たちの存在を、世界が忘れようとしている」



 *



 四つ目。「消失の条件と法則」。父が独自に分析した記録だった。


「一、消失は『糸が太い者』に起こる。ただし、太い糸の持ち主全員が消えるわけではない」


「二、消失した者に共通するのは、『物語の中心に近づいた者』である。抽象的だが、他に言葉が見つからない」


 父はこの世界がゲームだとは知らない。それでも「物語の中心」という言葉を使っている。


「三、消失は段階的に進む。まず周囲が名前を思い出しにくくなり、次に顔が曖昧になり、最後に記録からも消える」


「四、消失を止める方法は確認できていない。ただし、強い糸で結ばれた相手がいる場合、消失の速度は遅くなるという記録がある」



 *



 五つ目。「私の推論」。


「ヴェルツ家の者は強い糸を持つ。強い糸は世界のバランスを崩す。崩れると、世界はそれを修正しようとする。修正の方法は、『糸が強すぎる者を消す』こと。つまりヴェルツ家の者は、誰かと深く結ばれるほど、世界から消えやすくなる」


 紙を置いた。フィオナの光が揺れていた。


「何て書いてあったんですか。最後の」


「……ヴェルツ家の人間は、誰かと深く結ばれるほど、存在が消えやすくなる」


 長い沈黙が落ちた。フィオナの光だけが、部屋を照らしていた。


「それ、あなたに当てはまるんですか」


「……当てはまるかもしれない。太い糸があって、深く結ばれていて、だから消える」


 フィオナが紙を見た。読めないだろう。古い文字だ。それでも、見ていた。


「八回目。……でも、数えるのはあとにします。今は、これを読んで。ランベルトさん。消させませんよ」


 静かな声だった。怒りでも悲しみでもない。決意だった。


「お父さんは、止める方法はわからないけど、強い糸があれば遅くなるって書いたんですよね。じゃあ、糸を強くすればいいんじゃないですか。あなたが消えないくらい強い糸で繋がってれば」


「そんなに単純な話じゃ――」


「単純でいいです。難しいことはあなたが考えてください。私は、あなたが消えないようにするだけです」


 フィオナは立ち上がった。


「帰りましょう。昼飯、まだですよ」


 (世界の法則の話の直後に、昼飯。……フィオナの優先順位は、いつも正しい)



 *



 石段を上がり、蔵を出た。日差しが眩しい。フィオナは台所に直行した。


 俺は入口で、少し動けなかった。


 ゲームの文脈も、ヴェルツ家の体質の全容も知らないフィオナが、「消させない」と言った。難しい設定も世界のバランスも関係なく、ただ「消えるかもしれない」という事実に、「消させない」と答えた。強い。


 台所に行った。フィオナが鍋をかき混ぜていた。隣に立つ。距離は三十センチもない。


 頭の中で、父の記録が一つの形に組み上がっていく。深く結ばれるほど、消える。だが、強い糸があれば、消失は遅くなる。


 ――矛盾している。いや、矛盾ではない。残酷なだけだ。


 俺がフィオナから離れれば、糸は細る。細い糸では、消失を遅らせられない。逃げれば逃げるほど、消えるのが早くなる。逆に、繋がれば繋がるほど消えやすくなるが、その太い糸だけが、消失を食い止める。


 逃げても消える。繋がっても消える。だが、繋がったときだけ、消えるのを遅らせる手がある。


 当て馬として、退場フラグから逃げ続けてきた。逃げることが、唯一の生存戦略だった。その俺の前に、生まれて初めて、「逃げてはいけない」理由が、はっきりと立っていた。


「ランベルトさん、火、強すぎませんか」


「……ちょうどいい。出汁が立つ」


 鍋に向き直った。逃げないと決めるのが先か、糸の正体を暴くのが先か。順番は、まだ決められない。だが、逃げるという選択肢が消えたことだけは、もう動かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ