第四十一話「知りすぎている男」
馬車が来た。
控えめな装飾。木材の質が良い。車輪の金具が磨かれている。
(……クロードだ)
3回目の来訪だった。
前の2回とは状況が違う。前は「交易路の調査」が表の理由だった。今回も同じだろう。しかし裏の理由が変わっているはずだ。
クロードは情報を溜める人間だ。1回目で疑問を持ち、2回目で仮説を立て、3回目で確認に来る。
(営業でもそうだ。3回目の訪問が一番怖い。相手がデータを揃えてくるからだ)
馬車から降りてきたクロードは、いつも通り穏やかに笑っていた。
「ランベルト殿。お久しぶりです」
「どうぞ。お茶を入れます」
「ありがとうございます。今日は少し、お時間をいただきたいのですが」
「時間は余っている。いくらでもどうぞ」
(「いくらでも」と言ってしまった。営業マンとしては下手な回答だ。時間に余裕があると見せるべきではない)
(しかし、嘘をつく余力がない。昨夜まで、麻衣の手紙の内容を反芻していた。削除されたキャラクター。エンドロールに名前がなかった。立ち絵もなかった)
(その状態で、クロード・ヴァンサンの3回目の分析訪問だ)
(……タイミングが最悪だ)
*
台所でお茶を入れた。
クロードは居間で帳簿を広げていた。前回よりページが増えている。
「交易路の件、いくつか追加でお聞きしたいことがあります」
「どうぞ」
「ランベルト殿。前回、南の中継街への出荷について話しましたね。根菜と乾燥果実が主だと」
「ああ」
「その後、私なりに調べました。この地域の根菜の出荷量は、5年前と比較して3割減少しています。しかし、ランベルト殿の畑の収穫量は安定している。なぜですか」
(……この男は、俺の畑の収穫量まで調べたのか)
「輪作をしている」
「輪作。具体的には」
「大根を連作するのではなく、季節ごとに違う作物を植えて、土を休ませる」
「それは、誰に教わったのですか」
(誰にも教わっていない。前世の知識だ。テレビの農業番組で見た程度の知識が、この世界では先進的な農法になる)
「……本で読んだ」
「どの本ですか」
「書斎にある農業の書だ。タイトルは覚えていない」
クロードは帳簿に何かを書いた。
(タイトルを覚えていない、と答えた。嘘だ。そんな本は書斎にない。しかしクロードが確認に来ることはないだろう)
(いや。この男なら確認するかもしれない)
「興味深いですね。輪作は王都近郊の農場でも一部で試されていますが、辺境で実践している例は聞いたことがない」
「偶然うまくいった」
「偶然。なるほど」
クロードの「なるほど」が来た。前と同じだ。納得していない「なるほど」だ。
*
フィオナが台所に入ってきた。
「あ。クロード先輩。また来たんですか」
「また来たよ。ランベルト殿の農業技術に興味があってね」
「農業技術? 大根のことですか」
「大根だけではないよ。輪作、という方法を使っていらっしゃるんだ」
「りんさく。……ああ、季節で植えるもの変えるやつですね。私も手伝ってますよ」
「フィオナも知っているのか」
「ここで覚えました。ランベルトさんが教えてくれたので」
クロードが俺を見た。
「教えた」
「ああ。手伝ってもらうには、説明が必要だったからだ」
「説明できるということは、体系的に理解しているということですね」
(……しまった。フィオナに「教えた」ことで、知識が体系的であることが露呈した)
「経験則だ。体系的ではない」
「謙遜されますね。料理も農業も、ランベルト殿は経験則で片付けられる」
クロードは笑った。営業スマイルの中に、少しだけ本物の好奇心が見えた。
「ランベルト殿。失礼を承知で伺いますが」
「何だ」
「あなたは、この農村の外の世界を、どの程度ご存知ですか」
(外の世界を、どの程度知っているか)
「……あまり知らない。辺境暮らしが長い」
「しかし、前回お話しした際、中継街の市場の相場感について、かなり正確な認識をお持ちでした」
(覚えていたのか。前回の会話の中で、中継街の市場について話した。俺は前世の営業知識で、物流と相場の仕組みを語った。あまりにも自然に)
「商人と取引する機会がある。その中で覚えた」
「なるほど」
3回目の「なるほど」だった。
*
昼飯を作った。
フィオナと2人で台所に立った。クロードは居間で帳簿を見ていた。
「……あの人、何調べてるんですかね」
「交易路の調査だろう」
「それだけですか? なんかすごい質問してましたよ」
「商人は質問が多い」
「多すぎません? あなたのこと根掘り葉掘り聞いてたじゃないですか」
「……ああ。少し多かった」
「嫌なら断っていいんですよ」
「嫌ではない。……しかし、答えにくい質問が多い」
フィオナは包丁を止めた。
「答えにくい質問」
「ああ」
「また、あなたの『説明できないやつ』ですか」
「……そうだ」
「クロード先輩に説明できないこと、私にも説明できないこと。全部同じことですか」
「……同じだ」
フィオナはしばらく黙って、それから包丁を動かし始めた。
「いつか教えてくれるって言いましたよね」
「ああ。言った」
「待ってます。でも、あの人に先に話さないでくださいね」
(先に話さないでくれ)
「……話さない」
「約束ですよ」
「……約束だ」
(フィオナとの約束が増えていく。ここにいる。先に話さない。全部、守るべき約束だ)
昼飯を3人分盛った。
クロードは一口食べて、前回と同じように止まった。
「……また変わりましたね」
「何がだ」
「味が。前回は出汁にフィオナの手が入っていた。今回は全体に入っている。調味料の配分が違う」
(全体にフィオナの手が入っていることを、味で判別した)
「フィオナの腕が上がったからだ」
「上がった。しかし、それだけではないですね。味の方向性が変わっている。以前は『教える側と教わる側』の味だった。今は、二人で一つの味を作っている」
フィオナが箸を止めた。
「……クロード先輩、料理評論家みたいですね」
「商人は味がわかる。味は情報だからね」
「味が情報って、変なこと言いますね」
(変なことではない。この男は料理を通じて人間関係を読んでいる。2人の関係の変化を、味で検知している)
(一番まともで、一番怖い)
*
食後、クロードが帰るかと思ったが、帰らなかった。
「もう少しお時間をいただけますか。夕方まで、村を見て回りたいのですが」
「ご自由にどうぞ」
「では、お言葉に甘えて」
クロードは村を歩き始めた。
俺とフィオナは丘に行った。修行を見た。光は安定していた。
(クロードが村にいる)
(あの男は村を歩きながら、何を見ているのだろう。畑の状態。使用人の態度。屋敷の蔵書。全部、データだ)
修行が終わった。丘を下りた。
屋敷に戻ると、クロードが庭にいた。畑を見ていた。
「良い畑ですね。やはり輪作の痕跡がはっきりわかる。畝の組み方も計画的だ」
「……ありがとう」
「ランベルト殿」
「何だ」
クロードが振り返った。穏やかな笑みだった。しかし目の奥が違った。
「あなたは、とても面白い方ですね。お会いするたびに、わからないことが増える」
(わからないことが増える)
「知りたいことが、たくさんあります。また来てもよろしいですか」
「……どうぞ。いつでも」
「ありがとうございます。では、近いうちに」
クロードは馬車に乗って帰った。
フィオナが横に立っていた。
「……なんか、今日のクロード先輩、いつもと違いましたね」
「ああ」
「質問が多かった。しかも、全部あなたに向いてた」
「ああ」
「あなたのこと、調べてるんですかね」
「……調べているだろうな」
「なんで」
「俺が知りすぎているからだ」
フィオナは首を傾げた。
「知りすぎている?」
「農業も。料理も。市場のことも。辺境の没落貴族が知っているべき範囲を、超えている」
「……言われてみれば、そうですね。でも私はそれ、不思議だと思ったことないですよ」
「お前は不思議だと思わないのか」
「思いません。だってあなたは、最初からそうでしたから。最初からいろいろ知ってて、最初から変な人でした」
(最初から変な人)
(フィオナにとって、俺は「最初から変な人」だ。変化ではなく、デフォルトだ)
(クロードは「変化」を追っている。フィオナは「最初から」を受け入れている)
「……ありがとう」
「4回目です」
フィオナは笑って、離れに帰った。
明かりが灯った。
(知りすぎている男。それは俺のことだ)
(しかし、クロードもまた知りすぎている。俺のことを)




