第四十話「ランベルト・ヴェルツの名前は」
6日目に、返事が届いた。
エマが持ってきた。いつもの信頼ルート。封蝋なし。安い紙。麻衣の字。
書斎で一人になってから、開いた。
「ランベルト様へ」
表の文面から始まっていた。
「お変わりなくお過ごしのことと存じます。ご質問の件につきまして、確認いたしましたのでご報告申し上げます」
(表の文面は短い。すぐに裏に入る)
「兄よ。回答する」
(来た)
「質問1。ゲームのエンドロールに、ランベルト・ヴェルツの名前は記載されていたか」
「全ルート、全周回を確認した。メモを遡って確認した。エンドロールのキャプチャも前世のスマホに保存していたことを思い出した(この世界では確認できないが、記憶は鮮明だ)」
「結論。ランベルト・ヴェルツの名前は、どのルートのエンドロールにも記載されていない」
手紙を持つ手が、止まった。
(なかった)
(やはり、なかった)
「誤解のないように補足する。エンドロールには攻略対象4名、サブキャラクター十数名、モブキャラクター数名の名前が記載されていた。名前のあるキャラクターは基本的に全員載っている。しかし、ランベルト・ヴェルツだけが載っていなかった」
(ランベルトだけ。名前のあるキャラクターの中で、ランベルトだけがエンドロールにいなかった)
「質問2。ランベルト・ヴェルツに立ち絵は存在したか」
「存在しない。ゲーム中でランベルトが登場するシーンでは、立ち絵なし。背景の中に小さく描かれた人影が1つあるだけ。顔は判別できない」
(立ち絵もなかった。顔すら描かれていない。人影だけ)
「質問3。ボツデータについて」
「攻略wikiの該当記述を可能な限り思い出した。原文に近い形で記す」
「『Eternal Crown開発チームの旧ブログ(現在削除済み)に、ヴェルツ家関連のルートが開発初期に存在したが、バランス調整の結果、削除されたとの記載があった。削除理由は「他ルートとの整合性が取れなくなったため」とされている。詳細不明。ソース消失のため未検証情報』」
(削除された)
(ヴェルツ家関連のルートが、開発初期に存在した)
(バランス調整で削除された。他ルートとの整合性が取れなくなったため)
「兄よ。ここからは私の考察を書く」
「エンドロールに名前がない。立ち絵がない。ルートが削除された。この3つを組み合わせると、一つの仮説が立つ」
「ランベルト・ヴェルツは、元々はもっと大きな役割を持つキャラクターだった。しかし開発中にルートが削除され、それに伴い立ち絵も削除され、エンドロールからも名前が消された」
「つまり、お兄ちゃん」
「ランベルト・ヴェルツは『退場した』のではない」
「『削除された』のだ」
(削除された)
手紙を置いた。
天井を見た。
(退場ではなく、削除)
(俺は、ゲームから退場した端役ではなかった。ゲームのデータから削除されたキャラクターだった)
「追伸。お兄ちゃんが手紙に書かなかった4つ目の質問について」
(……書いて消した質問を、麻衣が見抜いた)
「紙に消した跡がうっすら残っていた。『本当に当て馬だったのか』。消し方が甘い。営業のくせに詰めが甘い」
(……さすがに見抜かれた)
「答える。ランベルト・ヴェルツが当て馬だったかどうか。結論は出せない。しかし、少なくとも、最初から当て馬として設計されたキャラクターではなかった可能性がある」
「当て馬は、物語を成立させるために必要な存在だ。エンドロールに載る。立ち絵がある。ゲーム内で機能している」
「ランベルトにはそのどれもない。つまり、ランベルトは当て馬ですらなかった。当て馬という役割すら、削除された後に残った残骸なのかもしれない」
「お兄ちゃん。怖いことを書く」
「お兄ちゃんは、当て馬じゃないかもしれない。当て馬よりもっと大きな何かの、残りカスかもしれない」
「残りカスだとしても、今のお兄ちゃんは残りカスじゃない。太い金色の糸がある。忘れるなよ」
「リリアより。追伸2:ファイン兄様はこの1週間、私の行動を監視していません。学園の論文審査会で忙しいようです。今のうちに通信しておいてよかった。次はいつ送れるかわからない。気をつけて」
手紙を折りたたんだ。
しばらく動けなかった。
*
夕方まで、書斎にいた。
フィオナが呼びに来た。
「ランベルトさん。夕飯、もう作り始めてますよ」
書斎の入口に立って、フィオナが言った。
「……ああ。すぐ行く」
「また手紙ですか」
「ああ」
「……また、暗い顔してますね」
フィオナが書斎に入ってきた。俺の前に立った。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫だ」
「嘘。大丈夫じゃないですよね」
(嘘を見抜かれた)
「手紙に、嫌なこと書いてあったんですか」
「嫌なことではない。しかし……重いことが書いてあった」
「重いこと」
「……俺が何者か、という問いの答えに近いものが」
「答えが見つかったんですか」
「答えではない。しかし、今まで思っていたのとは違うかもしれない、ということがわかった」
フィオナは少し黙った。
それから、俺の顔を見た。
「ランベルトさん。難しいことはわかりません。でも一つだけ」
「何だ」
「あなたが何だったとしても、今ここにいるあなたは、あなたですよね」
(今ここにいる俺は、俺だ)
「過去に何があったとか、記録に何が書いてあるとか、関係ないです。私が知ってるのは、今ここで大根を育てて、私に料理を教えて、丘で修行を見てくれるあなたです」
「……ああ」
「それじゃダメですか」
「……ダメではない」
「じゃあ、ご飯作りましょう。考え事は食べてからにしてください」
フィオナが書斎を出た。台所に向かった。
俺はしばらく椅子に座っていた。
(退場ではなく、削除)
(当て馬ではなく、もっと大きな何かの残骸)
(しかし、フィオナが言った。今ここにいるあなたは、あなただ、と)
(削除されたキャラクターの残骸かもしれない。しかし、今の俺は残骸ではない)
(大根を育てている。フィオナに料理を教えている。丘で光を見ている。エマにニコニコされている。麻衣に手紙を書いている)
(それは、削除されたデータの挙動ではない。生きている人間の日常だ)
立ち上がった。
台所に行った。
フィオナが根菜を切っていた。俺の分の包丁が、すでに用意されていた。
「遅い。根菜もう切り始めちゃいましたよ」
「……すまない」
「謝らないで手を動かしてください」
「ああ」
包丁を握った。
隣で、フィオナが鍋をかき混ぜていた。距離は30センチもなかった。
(削除されたキャラクターの隣に、ヒロインがいる)
(ヒロインは削除のことを知らない。ゲームのことも知らない。ただ、ここにいる)
(俺もここにいる。削除されたはずなのに、ここにいる)
夕飯を作った。2人分。
食べた。美味かった。
「ランベルトさん」
「何だ」
「元気出ました?」
「……出た。少し」
「少しでいいです。残りは明日出しましょう」
「……ああ」
食器を洗った。2枚。
離れの明かりが灯った。
今夜は、明かりを見ながら考えた。
(ランベルト・ヴェルツはエンドロールにいなかった。立ち絵もなかった。ルートは削除されていた)
(俺は、このゲームの中で「いないことにされた」存在だった)
(しかし、この世界では「いる」。ここにいる)
(いないはずの俺が、ここにいる。それは何を意味するのか)
(まだわからない。しかし、一つだけわかったことがある)
(俺は当て馬ではなかった。当て馬ですらなかった。もっと大きな何かの、削除された痕跡だった)
(では、その「もっと大きな何か」とは、何だったのか)
問いが、次の段階に進んだ。




