第二十八話「また聞こえた」
麻衣から手紙が届いた。6通目。
封を切る前に、少し構えた。麻衣の手紙は毎回、核心を突く。今回も何かが来る。
「ランベルト様。フィオナ様のご帰還、おめでとうございます」
(おめでとう。フィオナが戻ったことを「おめでとう」と言うか、この妹は)
「さて、こちらの状況ですが、ファイン兄様の件は一時的に収まっております。兄様は王都の学術会議に出席されており、しばらく不在です。その間は手紙の頻度を戻せます」
(ファインが不在。一時的な猶予だ。しかし戻ってくれば、また麻衣への観察が再開される)
「前回のお手紙にあった『ゲームの外側で何かが起きている』件について、追加で調査いたしました」
(追加調査。麻衣が動いている)
「攻略対象がランベルト様に好意的な反応を示していること、これについて一つ仮説がございます」
「ヴェルツ家には、ゲーム内で言及されていない設定がボツデータに存在していた可能性があります。私は全ルートをコンプリートいたしましたが、ボツデータまでは確認しておりません。しかし、ゲーム攻略wikiに『ヴェルツ家には没になった設定がある』という未確認情報が掲載されていたことを、今になって思い出しました」
(ボツデータ)
(ヴェルツ家の没になった設定)
(……縁の魔法か)
「現時点では推測の域を出ません。しかし、もしヴェルツ家に特殊な設定が存在するなら、攻略対象がランベルト様に引き寄せられる理由が説明できます」
「なお、ランベルト様。前回の手紙に「フィオナが学園に戻る期限が近い」と書かれていたにもかかわらず、今回の手紙では「フィオナが戻った」と報告されています。つまり、フィオナ様はランベルト様のもとに帰ってこられたのですね」
(……報告したのは事実だ。事実を報告しただけだ)
「帰ってこられた理由が延長認可であることは理解しております。しかし、一度離れた場所にわざわざ帰ってくるということの意味を、ランベルト様にはもう少しお考えいただきたく存じます」
(わざわざ帰ってくることの意味)
「第三の提案について、改めて申し上げます。ご自身のお気持ちを確認してください。これは、お願いでございます」
手紙を折りたたんだ。
(第三の提案。前に「誤解だ」と返した。麻衣は信じていなかった。今も信じていない)
(そして麻衣はおそらく正しい)
*
返事を書いた。
「リリア様。ヴェルツ家の件について、こちらでも手がかりがあった。書斎で古い本を見つけた。『縁の魔法の書』。縁の糸について記述されている。エマに確認したところ、エマは糸が見えている。長年ヴェルツ家に仕える中で、視る力が鋭くなったとのことだ」
ここで筆が止まった。
(エマとの会話を、どこまで書くべきか)
(金色の糸のことを書くべきか)
(麻衣に書けば、麻衣は正確に分析する。「兄様とフィオナ様の間に金色の糸がある」と。金色は恋慕だと、麻衣なら即座に理解する)
書いた。
「エマによれば、糸は人間関係の種類と深さを映すものであり、ヴェルツ家の体質として糸が育ちやすいとのことだ。詳細は次回の手紙で報告する」
金色のことは書かなかった。
(書けなかった、が正確だ)
「ボツデータの件、重要な情報だ。引き続き調査を頼む。ただし、ファインの動向には最大限注意してくれ」
「第三の提案については、確認中だ」
「確認中」と書いた。「誤解だ」とは書けなくなっていた。
*
午後、フィオナの修行を見に丘に行った。
フィオナは光を放っていた。安定した光。持続時間はさらに伸びている。
風が吹いた。
(……)
聞こえた。
また、あの旋律が聞こえた。
3回目。
1回目は、風の音だと思った。2回目は、気のせいではないと思った。3回目の今、確信した。
これは風ではない。
フィオナの魔力が強くなると聞こえる。弱くなると消える。丘の上でだけ聞こえる。穏やかで、少し切ない旋律。ゲームのフィールド曲に似ているが、完全には一致しない。
(……ゲームのBGMだ)
確信した。
この世界は、ゲームの世界だ。ゲームのBGMが、フィオナの魔力に連動して流れている。
しかし「完全には一致しない」のが引っかかった。ゲームのBGMそのものではなく、少し変形している。アレンジされているように聞こえる。
(オリジナルと違うBGM。シナリオが変わっているからか。俺がいることで、ゲームの世界が変質しているからか)
(それとも、もともとこのBGMはゲームには収録されていなかったのか)
(ボツデータの曲、という可能性は)
フィオナが魔力を止めた。旋律が消えた。
「……今日も良かった」
「ありがとうございます。最近、すごく調子がいいんです」
「戻ってきてからか」
「はい。学園にいるときは全然ダメだったのに、ここに来ると光が安定するんです」
「環境だろうな」
「環境、ですかね」
フィオナは俺を見た。
「あなた、さっきまたぼーっとしてましたよね」
「……していない」
「してました。何か聞いてるみたいな顔」
(フィオナにも見えているのか。俺が何かを聞いているときの顔が)
「……フィオナ。お前は、丘で何か聞こえるか」
「聞こえる? 風の音とか?」
「風以外に」
フィオナは少し考えた。
「……特に何も。風と虫くらいです」
(フィオナには聞こえていない)
(俺にだけ聞こえている。ゲームのBGMが)
「何か聞こえるんですか」
「……いや。気のせいだ」
「また気のせいですか。あなた、気のせい多すぎません?」
「多いかもしれない」
「じゃあ、気のせいじゃないんじゃないですか」
(……正論だった)
「帰ろう」
「はい」
丘を下りた。
*
夕飯を作った。2人分。
食べながら、フィオナが言った。
「あなた、最近なんか変わりましたよね」
「何がだ」
「前は、私が話しかけても上の空のことが多かったんですけど」
「今も上の空だが」
「今は、上の空のあとに、ちゃんと戻ってくるんです」
「……戻ってくる?」
「考え事してて、ぼーっとして、でもそのあと私のほう見るんです。前はぼーっとしたまま戻ってこなかった」
(俺は、フィオナのほうを見ているのか。考え事のあとに)
「それって、変わったんじゃないですか」
「……変わったのかもしれない」
「何がきっかけですか」
「……わからない」
「わからないんですか」
「わからない。しかし、お前がいなかった1週間で、何かが変わったのかもしれない」
フィオナは少し目を丸くした。
「……それ、けっこうすごいこと言ってますよ」
「何がだ」
「自覚なく言ってるのがすごいです」
「自覚がないから何を言ったのかわからない」
「教えません」
フィオナは食器を持って立ち上がった。
(また「教えません」だ。前と同じだ。フィオナは俺が気づいていないことを知っていて、教えない)
食器を洗った。2枚。
フィオナが離れに帰るとき、振り返った。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
「あなたの気のせいが、気のせいじゃなかったら、いつか教えてくださいね」
「……ああ」
離れの明かりが灯った。
見た。
糸が見えたら、離れまで金色の糸が伸びているのだろうか。
見えなかった。見えないことは変わらなかった。
しかし、在ることは知った。
知った上で、明かりを見ていた。




