第百二十六話「地下への鍵」
蔵の鍵が、重くなっていた。
農村に戻って最初にしたことは、蔵を確認することだった。以前見つけた記録室。先祖の証言。消失現象の記録。あの蔵だ。
鍵を回した。開いた。中は変わっていなかった。記録室の本棚。ほこりを被った書類。
しかし、奥に、もう一つの扉があった。
前に来たとき、気づかなかった。本棚の裏。壁に見えていた場所に、扉の輪郭が浮いていた。
「……これは」
手で触れた。石の壁。冷たい。しかし、壁ではなかった。扉だった。継ぎ目がある。指先に微かな隙間を感じた。
「エマさん」
エマが後ろにいた。ニコニコではなかった。真剣な顔だった。
「存じております。地下への扉でございます」
「知っていたのか」
「はい。しかし、お話しする時が来るまで、黙っておりました」
「時が来た、と」
「はい。セレスティーヌという方がいらっしゃるそうですね」
「ああ。ヴェルツ家の地下に封印があると言っていた」
「封印がございます。先代のご当主……お父様が封じました。坊ちゃまがお生まれになる前に」
(父が封じた。俺が生まれる前に)
「何が封じてある」
「縁の魔法の完全な記録でございます。ヴェルツ家が代々受け継いできた、縁糸を操る魔法の全容」
「縁糸を操る魔法。……第3層」
「はい。第3層。かつてヴェルツ家が持っていた、糸を操る力。その理論と実践の記録が、地下に封じられています」
(第3層の魔法。現在は途絶えたとされている。しかし、記録は残っていた。父が封じた)
「なぜ封じた」
「危険だからでございます。縁糸を操る力は、人の感情を操ることと同じです。お父様は、その力がヴェルツ家の外に出ることを恐れました」
「外に出ると」
「世界中の縁が、操作対象になります。結ぶことも、切ることも、太くすることも。……セレスティーヌ様が求めているのは、それでございます」
(セレスティーヌが求めているのは、糸を操る力そのもの。切る力だけではなく、操る力の全容。それが手に入れば、教団は断縁だけでなく、あらゆる糸の操作ができるようになる)
「エマさん。この扉は開けられるのか」
「開けられます。しかし、条件がございます」
「条件」
「ヴェルツ家の血と、縁糸に呼応する魔力が必要です」
「俺の血と」
「はい。そして、フィオナ様の光の魔力」
(俺の血とフィオナの光。2人で手を合わせなければ開かない。父がそう設計した。1人では開けられない)
地下への扉に手を当てた。石が冷たかった。冬の地下の冷気が、扉の向こうから染み出していた。湿った空気。古い紙の匂い。長い時間、閉じられていた場所の匂い。
「フィオナを呼ぶ」
「はい。……坊ちゃま」
「何だ」
「地下を開けたら、もう隠せなくなります。ヴェルツ家の秘密が世界に出ます」
「隠す必要はない。セレスティーヌが暴くなら、俺が先に開ける。自分の手で」
エマがニコニコに戻った。深いニコニコだった。
「お父様と同じ判断でございます。逆の判断ですが」
「逆」
「お父様は封じました。坊ちゃまは開ける。逆ですが、覚悟は同じです」




