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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
VI 「ヴェルツ家の真実」

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第百二十六話「地下への鍵」



 蔵の鍵が、重くなっていた。


 農村に戻って最初にしたことは、蔵を確認することだった。以前見つけた記録室。先祖の証言。消失現象の記録。あの蔵だ。


 鍵を回した。開いた。中は変わっていなかった。記録室の本棚。ほこりを被った書類。


 しかし、奥に、もう一つの扉があった。


 前に来たとき、気づかなかった。本棚の裏。壁に見えていた場所に、扉の輪郭が浮いていた。


「……これは」


 手で触れた。石の壁。冷たい。しかし、壁ではなかった。扉だった。継ぎ目がある。指先に微かな隙間を感じた。


「エマさん」


 エマが後ろにいた。ニコニコではなかった。真剣な顔だった。


「存じております。地下への扉でございます」


「知っていたのか」


「はい。しかし、お話しする時が来るまで、黙っておりました」


「時が来た、と」


「はい。セレスティーヌという方がいらっしゃるそうですね」


「ああ。ヴェルツ家の地下に封印があると言っていた」


「封印がございます。先代のご当主……お父様が封じました。坊ちゃまがお生まれになる前に」


 (父が封じた。俺が生まれる前に)


「何が封じてある」


「縁の魔法の完全な記録でございます。ヴェルツ家が代々受け継いできた、縁糸を操る魔法の全容」


「縁糸を操る魔法。……第3層」


「はい。第3層。かつてヴェルツ家が持っていた、糸を操る力。その理論と実践の記録が、地下に封じられています」


 (第3層の魔法。現在は途絶えたとされている。しかし、記録は残っていた。父が封じた)


「なぜ封じた」


「危険だからでございます。縁糸を操る力は、人の感情を操ることと同じです。お父様は、その力がヴェルツ家の外に出ることを恐れました」


「外に出ると」


「世界中の縁が、操作対象になります。結ぶことも、切ることも、太くすることも。……セレスティーヌ様が求めているのは、それでございます」


 (セレスティーヌが求めているのは、糸を操る力そのもの。切る力だけではなく、操る力の全容。それが手に入れば、教団は断縁だけでなく、あらゆる糸の操作ができるようになる)


「エマさん。この扉は開けられるのか」


「開けられます。しかし、条件がございます」


「条件」


「ヴェルツ家の血と、縁糸に呼応する魔力が必要です」


「俺の血と」


「はい。そして、フィオナ様の光の魔力」


 (俺の血とフィオナの光。2人で手を合わせなければ開かない。父がそう設計した。1人では開けられない)


 地下への扉に手を当てた。石が冷たかった。冬の地下の冷気が、扉の向こうから染み出していた。湿った空気。古い紙の匂い。長い時間、閉じられていた場所の匂い。


「フィオナを呼ぶ」


「はい。……坊ちゃま」


「何だ」


「地下を開けたら、もう隠せなくなります。ヴェルツ家の秘密が世界に出ます」


「隠す必要はない。セレスティーヌが暴くなら、俺が先に開ける。自分の手で」


 エマがニコニコに戻った。深いニコニコだった。


「お父様と同じ判断でございます。逆の判断ですが」


「逆」


「お父様は封じました。坊ちゃまは開ける。逆ですが、覚悟は同じです」




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