第百二十四話「糸は残る」
朝、皿を数えた。
30枚。そのうち3枚にヒビが入っていた。シャールが使うとき力を込めすぎた結果だ。
「シャール。皿は壁ではない」
「わかっている。しかし、洗うときに力が入った」
「皿洗いに力は要らない」
「壁の修繕と同じ力加減でやってしまった。すまん」
(皿洗いを壁の修繕と同じ力加減でやる男。シャールの手は、壁を直すためにできている。皿を洗うためにはできていない)
今日は冬祭りだった。学園は休み。門の前に行く必要はない。
しかし、人が来る。止めても来る。飯を食べに来る。壁を直しに来る。帳簿を持って来る。
昼までに来た人間。レオン。シャール。クロード。ファイン。麻衣。マリア。トーマス。デュラン。ノエル。料理教室の生徒3人。
13人。プラス俺とフィオナで15人。
「皿が足りない」
「足りないですね」
「30枚のうち3枚が割れた。27枚。15人分で15枚使う。予備が12枚」
「予備12枚あれば大丈夫じゃないですか」
「大丈夫ではない。おかわりがある。シャールが3杯、レオンが2杯。デュランも最近2杯食べる。予備が足りなくなる」
「おかわりで皿が足りなくなるの、贅沢な悩みですよ」
(贅沢な悩みだ。1枚の皿から始まった。今は27枚でも足りない)
*
冬祭りの昼飯を作った。
冬大根の煮物。焼き魚。根菜の炒め物。漬物5種。味噌汁。特別に、大根を使った蒸しパンも作った。
中庭にテーブルを出した。シャールが作った2つのテーブル。足りないので、レオンの護衛が馬車から板を出して3つ目を即席で作った。
「殿下の護衛がテーブルを作るとは思いませんでした」
「シャールが指示した。護衛は命令に従う」
「俺の護衛ではなく、殿下の護衛だぞ」
「シャールの命令は王命より重い。壁の前では」
15人が並んだ。中庭で。冬の陽射しの中で。白い息を吐きながら。
15枚の皿が並んだ。
麻衣が令嬢の声で言った。
「ランベルト殿。素晴らしいお料理ですね。いただきます」
「どうぞ。リリア殿」
麻衣の目が「お兄ちゃん最高かよ」と言っていた。令嬢の仮面の下で。
ファインが黙って食べた。全部食べた。2杯目をよそった。
「ファイン殿。おかわりですか」
「ああ。……うまい」
3文字。ファインの「うまい」がさらに短くなっている。
レオンが隣でシャールと味噌汁のおかわり競争をしていた。
「3杯目だ」
「俺は4杯目だ。勝った」
「勝ったのか。……味噌汁の杯数で競う王太子がいるか」
「いる。ここに」
クロードが帳簿を片手に食べていた。
「ランベルト殿。大根の注文が30件に達しました。冬祭りの影響です」
「飯を食いながら商談するなと何度言えば」
「食事は最高の商談の場です」
トーマスが端で静かに食べていた。
「ヴェルツ殿。門衛がこのような場に呼ばれるとは、入職以来初めてです」
「トーマスがいないと始まらない。最初の味方だ」
「味方。……ありがたいです」
デュランがノエルの隣で食べていた。2人は黙っていた。しかし、デュランが漬物をノエルに渡した。ノエルが受け取った。言葉はなかった。漬物の受け渡しだけで、何かが通じていた。
マリアが生徒たちと笑っていた。
「先生の煮物、今日は特別ですね。冬祭りだからですか」
「冬祭りだからだ。特別な日には特別な出汁を使う」
「特別な出汁って何が違うんですか」
「気合が違う」
「気合。……科学的じゃないですね」
「料理は科学ではない。気合だ」
15人が笑った。中庭に笑い声が響いた。冬の空に白い息が15人分、立ち上った。
*
午後。全員が帰った。
ノエルが最後まで残った。片付けを手伝っていた。
「ランベルト殿。教団のことで、一つ伝えておきます」
「何だ」
「セレスティーヌ様は諦めていません。私が離れたことで、むしろ態度が硬化しています。次の手を打つでしょう」
「次の手」
「ヴェルツ家の秘密を暴くと言っていました。ヴェルツ家の地下に、封印された何かがあると」
(封印。蔵の記録のことか。それとも、もっと深い何かか)
「セレスティーヌ様は、ヴェルツ家が縁糸の魔法を封じた一族だと信じています。その封印を解けば、教団の正当性が証明されると」
「……ノエル殿。その情報をくれるのか」
「もらった恩を返します。出汁の恩は、出汁では返せないので。情報で」
ノエルが帰った。
中庭に1人残った。シャールのテーブル。レオンの護衛が作った3つ目のテーブル。皿が積まれていた。15枚。
(ヴェルツ家の秘密。封印。地下)
(次の問題が見えた。しかし、今日は考えない。今日は冬祭りだ)
フィオナが台所から出てきた。
「片付け終わりました」
「ああ。ありがとう」
「今日、15人でしたね」
「ああ」
「最初は1人でしたよね」
「ああ」
「糸は残りましたね。誰のも」
「残った。切れていない。全部、残っている」
「それが一番大事なことだと思います」
冬の陽射しが傾いていた。中庭の影が長くなっていた。テーブルの上に、午後の光が金色に落ちていた。
(糸は残った。教団は一時退いた。ノエルは味方になった。しかし、セレスティーヌは動く。ヴェルツ家の秘密を狙って)
(次は、俺自身のルーツに向き合う番だ)
それは明日の話。
今日は、皿を洗う。15枚。フィオナが拭く。
足りなかった皿を、明日買い足す。




