第百二十二話「反撃」
ファインが夜明けに着いた。
馬から降りたとき、革の手袋がまだ湿っていた。夜通し走ったのだろう。息が白い。
「ランベルト殿。無事か」
「無事だ。茶を出して追い返した」
「茶を」
「ああ。20人分」
ファインが一瞬だけ目を閉じた。理解した、という顔だった。
「お前らしいな。……中に入れてくれ」
居間に通した。フィオナが茶を入れた。ファインが飲んだ。
「……良い茶だ。リリアが淹れたのと同じ味がする」
「リリア殿に教えたのはフィオナだ」
「なるほど。師匠の味か」
フィオナが少しだけ誇らしそうな顔をした。
*
クロードが午前中に来た。帳簿を3冊持っていた。
「ランベルト殿。昨夜の包囲の件、もう王都中に広まっています」
「広まっているか」
「はい。しかし、広まり方が2通りあります。『教団が大根貴族を襲った』という話と、『大根貴族が教団に茶を出した』という話です」
「どちらが多い」
「後者です。茶を出した話のほうが面白いので」
(面白いほうが広まる。これはクロードが前に言っていた。伝説は事実より面白いほうが広まる)
「ファイン殿。提案があります」
クロードが帳簿を開いた。
「断縁の副作用について、私が集めたデータをまとめました。糸を切られた人間12人分の追跡調査です。切った後の感情変化、日常生活への影響、周囲の人間への波及。全てを数字で出しました」
帳簿には、表が並んでいた。名前は伏せてあるが、年齢、性別、施術からの経過日数、感情の変化度合いが記録されていた。
「12人中10人に感情の減退が見られます。2人は日常生活に支障が出ています。そして、間接被害。切られた相手側の人間に精神的影響が出たケースが4件」
「リーナ先輩のような」
「はい」
ファインがデータを見た。目が鋭くなった。
「クロード。このデータの信頼性は」
「全件、本人または周囲の人間への聞き取りに基づいています。信頼度は高いと考えます」
「ならば、これを公にする。貴族院ではなく、もっと広い場で」
「広い場、とは」
「王都の広場だ。公開の場で、断縁の副作用を示す。教団が隠していた事実を、市民の前で明らかにする」
(公開。貴族院の閉じた場ではなく、市民に向けて。教団が市民に浸透しているなら、市民に向けて反論しなければ意味がない)
「ファイン殿。誰が話す」
「お前だ」
「俺か」
「ああ。貴族院で答弁した実績がある。大根貴族の名前は王都中に知られている。お前が話せば、人が集まる」
「……大根貴族がプレゼンするのか。また」
「プレゼンではない。お前自身の言葉で話せ。教団に茶を出した男の言葉は、理論より届く」
クロードが言った。
「日時は3日後が最適です。冬祭りの前日で、広場に人が多い時期です」
「3日後。……準備が要る」
「データは揃っています。あとは、ランベルト殿の言葉です」
ファインが立ち上がった。
「私は魔法学の見地から補足する。断縁術の危険性を、理論で裏付ける。クロードがデータを。お前が言葉を。3人で一つの反論を作る」
(チーム。ファインの理論、クロードのデータ、俺の言葉。3つが揃えば、教団の論理に対抗できる)
*
午後。レオンから使者が来た。
「王太子殿下は、広場での公開発言を許可する。ただし、暴力に訴えることは禁ずる。言葉で戦え」
(言葉で戦え。レオンもそう言っている)
夕方。シャールが来た。
「おう。聞いたぞ。広場で話すんだって?」
「ああ」
「壁を直そうか」
「壁は関係ない」
「壇上に立つだろ。壇が要るだろ。作ってやる」
「……壇を作るのか」
「平らなものは」
「全部同じだな。わかった」
シャールが木材を測り始めた。壇上のサイズを計算している。修繕の技術が、壇の建設に転用された。
*
夜。台所で、フィオナと2人で準備をした。
準備と言っても、明日の弁当の仕込みだ。広場の発言は3日後。しかし、明日もその次の日も、日常は続く。弁当は作る。門の前で待つ。料理教室もやる。
「ランベルトさん」
「何だ」
「3日後、広場で何を話すんですか」
「まだ決まっていない。データはクロードが用意する。理論はファインが補強する。俺は……俺の言葉を探す」
「あなたの言葉」
「ああ。貴族院のときとは違う。あのときは政治の場だった。今度は、市民の前だ。理屈ではなく、実感を話さなければ届かない」
「実感」
「大根を育ててきた実感。糸を持って生きてきた実感。切るのではなく、繋いできた実感。……それを、どう言葉にするか」
フィオナが大根を切っていた。3ミリ。正確に。
「ランベルトさん。難しく考えなくていいと思いますよ」
「なぜだ」
「だって、あなたは昨日、教団に茶を出したんですよ。理屈じゃなくて、体が動いたんですよ。広場でも、同じでいいんじゃないですか」
「茶を出すのか。広場で」
「茶じゃなくてもいいですけど。……あなたが一番伝えたいことを、一番あなたらしい方法で言えばいいんです」
(一番伝えたいこと。一番俺らしい方法)
大根を見た。台所の大根。白くて太い冬大根。
(……わかった気がする)




