第百十五話「出汁と毒」
クロードが来た。帳簿を3冊抱えていた。
「ランベルト殿。確定しました」
「何がだ」
「ミリアーデ伯爵家と灰糸教団の資金ラインです」
帳簿を開いた。数字が並んでいた。
「ミリアーデ伯爵の旧鉱山から、灰銀鉱という鉱石が教団に流れています。この鉱石が断縁術の媒介です」
「灰銀鉱」
「稀少鉱石です。かつてはヴェルツ家の領地でも採掘されていました」
「ヴェルツ家でも」
「はい。しかし、先代のご当主が採掘を禁じました。理由は『縁を断つ道具になりうる』と」
(父が採掘を禁じた。灰銀鉱が断縁に使えることを、父は知っていた。そして止めた)
「ミリアーデは禁じなかった」
「禁じなかった。鉱山が枯渇していく中で、灰銀鉱だけが商品価値を持っていた。教団が買い手になった」
「つまり、ミリアーデは教団のサプライヤーで、教団はミリアーデの収入源。共依存だ」
「その通りです」
*
「クロード。この情報をどう使う」
「2つの方向があります。第一に、ミリアーデを直接攻撃する。鉱石の取引を公にして、教団との繋がりを暴く」
「第二は」
「供給を断つ。灰銀鉱の流通を止めれば、教団は断縁術が使えなくなる。王国法に危険な魔法素材の取引規制があります。灰銀鉱を規制対象に指定すればいい」
「規制対象の指定は」
「貴族院での提案と承認が必要です」
(貴族院。3回目。大根貴族が貴族院に出るのは3度目になる)
「提案はファインが適任だ。魔法学的な根拠を示せる」
「ファイン殿と私でデータを揃えます。ただし、ミリアーデは抵抗するでしょう。鉱石は最後の収入源ですから。失えば破綻します」
(ミリアーデの破綻。敵を完全に潰すと、次の問題が起きる。営業で学んだことだ。追い詰められた人間は何をするかわからない)
*
夕飯を作りながら考えた。
「フィオナ。一つ聞いていいか」
「はい」
「相手を潰すのと、相手を変えるのと、どちらが正しい」
「……何の話ですか」
「ミリアーデのことだ。鉱石を止めれば教団は止まる。しかしミリアーデが破綻する」
「破綻したらダメなんですか」
「ダメではない。しかし、領民が困る。使用人が職を失う」
「……営業の考え方ですか」
「ああ。競合を潰しても、顧客が路頭に迷ったら業界全体が沈む」
フィオナが少し考えた。
「じゃあ、どうするんですか」
「鉱石の規制はする。副作用がある以上、止めなければならない。しかし、ミリアーデには別の収入源を提案する」
「別の収入源」
「大根だ」
「……大根」
「ミリアーデの領地は鉱山地帯だ。しかし、鉱山の跡地は火山灰を含んだ土壌。大根の栽培に適している」
「ヴェルツ家の農村と同じ」
「同じだ。敵に大根を作らせる。競合を味方に変える戦略だ」
「……本気ですか」
「本気だ」
「ミリアーデ伯爵が大根を作るんですか」
「作る。作らなければ破綻する。大根を作れば生き残れる。選択肢を提示する」
「大根貴族が増えるんですか」
「増える。1人より2人のほうがいい。市場が広がる」
フィオナが笑った。それから、少し呆れた。
「……あなた、本当に大根で世界を変える気ですね」
「世界は変えない。食卓を変える。食卓が変われば人が変わる。出汁と同じだ」
「出汁と同じ」
「出汁に毒を入れたら台無しになる。良いものを入れたら良くなる。灰銀鉱は毒だ。大根は良いものだ。入れ替えるだけだ」
「出汁と毒。……なんか深いですね」
「深くない。料理の基本だ」
食器を洗った。2枚。
(ミリアーデに大根を提案する。敵を味方に変える。営業の最終手段だ)
(できるかどうかはわからない。しかし、大根は裏切らない。出汁は正直だ)
(フィオナが好きだと認めた後の俺は、営業スマイルでは済まなくなっている。素の感情で、勝負する)




