第百七話「嫉妬ではない」
麻衣から手紙が届いた。表面は令嬢の文体。裏面に、本題があった。
「お兄ちゃん。ファイン様から灰糸教団の話を聞いた。縁を切る集団なんて怖い。でも、今日の本題はそこじゃない」
「ファイン様が言ってた。『ランベルト殿が、教団の幹部がフィオナに接触したことを報告してきた。声の調子がいつもと違った』って」
「お兄ちゃん。それは嫉妬です。断定します」
「全ルートコンプの知識に基づいて断定します。好きな相手に別の男が近づいたとき、声の調子が変わるのは、ゲームでもリアルでも同じ現象。レオンルートのイベント十四と同じパターン」
「否定するでしょう。『警戒だ』って。わかってる。でも、警戒と嫉妬は共存するんだよ。警戒は理性。嫉妬は本能。お兄ちゃんは今、両方が動いてる」
「追伸。フィオナ様を大事にしてね。追伸の追伸。ファイン様が私のお茶を褒めてくれた。前より美味しくなったって。あと一歩」
手紙を折りたたんだ。
嫉妬ではない。警戒だ。レオンルートのイベント十四は知らない。俺は一周しかしていない。しかし、麻衣が断定するなら、パターンとして確立しているのだろう。
それでも、嫉妬ではない。……警戒だ。
二十九年見てきた妹に、手紙一通で見抜かれている。会ってもいないのに。
*
午後。ファインに手紙を書いた。ノエルが渡してきた浄化の理論の論文を同封した。フィオナが「ファイン先輩に見てもらいたい」と持ってきたものだ。
「ファイン殿。灰糸教団の幹部ノエルが提唱する『縁糸浄化』の論文を送る。断縁ではなく、糸に蓄積した負の感情のみを分解する術だという。魔法学的に成立するか、判断を求める。フィオナを実験に関わらせるかどうかは、貴殿の分析を待って決める」
封をした。
ノエルの理論を、ノエルの言葉だけで信じるわけにはいかない。ファインの目を通す。クロードの裏取りを通す。フィオナを動かすのは、その後だ。
準備は九割。残り一割は、その場で決める。前世の最終手段が、つい頭をよぎった。今は使う場面ではない。
*
夕方。夕飯を作った。今日の味付けが、少しだけ強かった。
「ランベルトさん。今日、味が濃いですよ」
「……ああ」
「出汁だけじゃなくて、塩も味噌も多いです。全体的に攻めてます。何に攻めてるんですか」
「何にも攻めていない。味付けを間違えただけだ」
「あなたが味付けを間違えたの、初めて見ました」
初めて。百話以上料理を作ってきて、味付けを間違えたのが初めてだ。それだけ集中できていない。手は動く。しかし、頭がどこか別の場所にある。ノエルがフィオナに話しかけている五メートル先に、置いてきたままだ。
「……すまない」
「謝らなくていいです。攻めの味付けも、新鮮で悪くないです。……ランベルトさん」
「何だ」
「ノエルさんのことが気になるなら、気になるって言ってもいいんですよ」
「気になっている。教団の動向が」
「教団の動向じゃなくて」
「教団の動向だ」
フィオナは笑わなかった。少しだけ、困ったような顔をした。
困った顔。フィオナが困っている。俺が素直に言わないから。
しかし、言えない。気になっていると認めれば、それは「フィオナを特別に思っている」と認めることになる。認めれば糸が太くなる。糸が太くなれば、消失のリスクが上がる。物語の中心に、また一歩近づく。
全部が繋がっている。だから言えない。言わないまま、味付けを間違える。
食器を洗った。二枚。
フィオナが拭いた。いつもより少しだけ、ゆっくり拭いていた。何か言いたいことを、布巾と一緒に拭き取るように。




