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俺、当て馬なんで逃げます。――なんでついてくるんですか、ヒロインさん  作者: よるの 余白
V「糸を切る者たち」

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第百五話「灰色の衣」


 ノエルに会う前に、教団の集会を見に行った。クロードと一緒に。


 王都南区。広場に面した建物。外壁に灰色の布がかけてある。会員制で中には入れない。広場の茶店に座った。門前弁当の要領で、待ちながら観察する。


「クロード。あの灰色の衣の人間が教団員か」


「はい。寄付をした信者に配られます。入会で金貨五枚。施術を受けるにはさらに十枚」


「金貨十五枚。……没落貴族の月収の三倍だ」


「払える人間が払っています。政略結婚で苦しむ貴族の婦人が中心です。苦しみからの解放に払う対価としては、安いのかもしれません」


 建物の中から声が漏れてきた。穏やかな声。怒りではなく、慈愛で語っている。


「縁は呪いです。糸に縛られることは、自由を奪われること。私たちはその呪いから、あなたを解放します」


 善意の顔だ。これが教団の表側だ。


 集会が終わり、参加者が出てきた。多くが穏やかな顔をしていた。しかし何人かは違った。目が虚ろで、表情が平坦だった。


「あの虚ろな目の連中は、施術を受けた後か」


「でしょう。一本だけ切った人は軽微ですが、二本以上切ると明らかに変わるという報告があります」


 二本以上。糸は網のように繋がっている。一本切ると隣が弱る。二本切れば、網そのものが崩れ始めるのだろう。


 その中に、見覚えのある顔があった。


 カテリーナだった。以前、感情が薄くなったと話していた貴婦人。灰色の衣を着て、他の信者と並んで歩いていた。表情がなかった。施術を受けた側の人間が、施術を勧める側に立っている。


「クロード。あれはカテリーナ殿だ」


「……ええ。教団は、施術を受けた者を信者として取り込みます。感情が薄くなった人間は、教団に従順です。疑いを持たない」


 切られた人間が、次の人間を切る側になる。網が広がる仕組みだ。背筋に冷たいものが走った。



 *



 帰り道。クロードが声を落とした。


「資金源が一部わかりました。断縁術に使う鉱石の購入費が、寄付では説明できない額です。灰銀鉱。国内では一箇所しか採れません。……ミリアーデ伯爵の旧鉱山です」


 ミリアーデ。また出てきた。鉱山が枯渇したと言っていたが、断縁に使う鉱石だけは産出していた。


「ミリアーデが教団のサプライヤーで、教団がミリアーデの収入源。共依存だ」


「その通りです。意図的な結託か、偶然の取引か。それを調べるのが次です」


 クロードが商談があると言って先に去った。帰り際、いつもの調子で「大根の注文が三十件に達しました」と付け加えた。教団の話の直後に大根の数字を言える男は、この国でこいつだけだ。



 *



 夕方。学園の前でフィオナと合流した。


「リーナ先輩の友達、教団に行ったんです。失恋して。それで先輩のことを、何も覚えてないって。名前も顔も、一緒に過ごした時間も」


「忘れられたのか。一方的に」


「はい。……それって、怖くないですか。相手の中から、自分が消えるって」


 相手の中から、自分が消える。記憶ごと。切られた側ではなく、切られた相手側の痛みだ。


「怖い」


「ですよね」


 短く答えた。慰めは言わなかった。フィオナが求めていたのは、慰めではなく、同じ言葉だったから。



 *



 夜。台所で明日の弁当の仕込みをした。


 大根を切りながら考えた。教団は苦しみを取り除いている。それ自体は間違っていない。問題は、取り除き方だ。


 苦い大根を食べやすくする方法は二つ。苦い部分を切り捨てるか、出汁で煮込んで甘みに変えるか。切れば早い。しかし味も消える。煮込めば時間がかかる。しかし苦みが深みになる。


 教団は切る。俺は煮込む。それだけの違いだ。


「ランベルトさん。明日、ノエルさんがどんな人か、わかりますかね」


「わかる。飯を食う相手なら、必ずわかる」


「ノエルさんに飯を食べさせるんですか」


「いつかは。敵でも味方でも、腹は減る。腹が減った相手とは、いつか同じ卓につく」


 仕込みを終えた。明日、ノエルに会う。二十五歳の元貴族。教団の幹部。フィオナの光に目をつけた男。


 どんな顔をしているのか。明日、わかる。


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