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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue 王璃月
友よさらば

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第5話:友よさらば(5)

瓦礫の山となった大通りを、エラーラはスキップでもしそうな軽やかな足取りで歩いていた。

彼女は右手に、奇妙な形をした装置を握りしめていた。配管パイプと魔石、そして炊飯器の内釜を組み合わせて作ったような、歪なガジェットだ。


「ふむ……。やはり『既製品』では味気ないねぇ!魔法で焼き払うのは簡単だ。剣で斬り伏せるのも容易い。だが! それではいけないよ!それでは『愛』がないじゃないか!」


エラーラは振り返り、後ろをついてくる二人の影に満面の笑みを向けた。


「そうだろう?ナラ、助手君。私が丹精込めて設計し、夜なべして組み立てた、世界に一つだけの『オリジナル殺戮兵器』で送ってやるのが、せめてもの礼儀というものさ!」


後ろを歩くナラとノアは、何も答えられなかった。二人はただ、ボロボロと涙を流しながら、死神の行進に随伴していた。

一行は、王都中央公園に差し掛かった。

そこには、避難し遅れた人々をかばうようにして立つ、二人の姿があった。

顔見知りだ。探偵事務所が入居している獣医院のオーナー、ケンジと、その妻アリアだ。

善良な市民。常識人。彼らは震えながらも、エラーラの前に立ちはだかった。


「や、やめるんだ! エラーラさん!」


ケンジが叫んだ。


「理屈がどうあれ、こんな虐殺が許されるわけがないだろう!話し合おう!人間なら、分かり合えるかもしれない!」


アリアも涙ながらに訴える。


「そうよ!道具がどうとか、そんな屁理屈で命を奪うなんて……。目を覚まして!」


それは、あまりにも正しく、教科書通りの、道徳的な演説だった。誰もが頷くような、善意の言葉。

だが、エラーラは欠伸を噛み殺した。


「……『分かり合えるかも』?その前提が崩壊しているから、今のこの状況があるんじゃないか。君たちの言葉は、既製品だ。量産型だ。……そんなありきたりなことを言うために、今までダラダラと生きてきたのかい?」


エラーラは、背負っていたリュックサックから、ラッパのような形をした装置を取り出した。

その側面にはマジックで『強制内圧上昇機』と書かれている。


「もう、飽きたよ。君たちのその空っぽな頭の中身を、物理的に弾けさせてあげよう!」


エラーラがトリガーを引く。奇妙な低周波音が響いた。


「え……?」


音は軽かった。だが、結果は凄惨だった。

ケンジとアリアの体が、内側から急激に膨張し、次の瞬間、弾け飛んだ。

血しぶきではなく、真っ白な泡のような何かが公園に降り注ぐ。彼らの細胞膜が一瞬で硬化し、内圧で破裂したのだ。


「……配合を間違えたかな?」


エラーラは興味なさそうに装置を捨て、燃え上がるベンチの横を通り過ぎた。

ナラは、嘔吐した。ノアは、アリアだったものが張り付いた滑り台を見ないようにして、うつむいて歩いた。


次は、中央駅だった。

暴徒たちは我先にと列車に乗り込み、王都から脱出しようとしていた。改札前は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

その人混みの中に、見知った二人の姿があった。


「あ!エラーラ先生じゃないですか!」


声を上げたのは、エラーラの助手の少年、ゴウだ。

彼は中学2年生で、学校が終わるとエラーラの元に通い、実験の手伝いをしている見習い助手だった。彼はエラーラを見ると、地獄に仏を見つけたように目を輝かせ、駆け寄ってきた。


「よかった……!エラーラさんなら、この状況を何とかしてくれると思ってました!僕、暴動が怖くて……」


そして、そのゴウの後ろから、ヨレヨレの古着を着た少女が、ビクビクしながら顔を出した。

ルルだ。

古着屋で数百クレストで買ったような地味な服に身を包み、常に背中を丸めている彼女は、ナラやエラーラの数少ない友人だった。

ルルは、ガタガタと震えながら、視線を合わせずにボソボソと呟いた。


「あ、あぅ……ナ、ナラちゃん……エラーラさん……。ご、ごめんなさい……こんなところにいて……。し、死んだふりしてたら……見逃してくれるかな……」


ナラの顔色が蒼白になった。


「ゴウ!ルル!近寄っちゃダメ!」


ナラが叫ぶよりも早く、エラーラは二人の前で足を止めた。彼女は、助手であるゴウと、友人であるルルを見ても、その笑顔を一切崩さなかった。


「やあ、ゴウ君。それに、ルル君。……奇遇だねぇ」


ゴウが足を止める。

ルルは短く悲鳴を上げ、後ずさった。

エラーラは腰のベルトから、水鉄砲のような玩具を取り出した。タンクの中では、蛍光グリーンの液体がボコボコと沸騰している。

エラーラは慈愛に満ちた目で、愛弟子と友人に語りかけた。


「ゴウ君。君は私の助手だ。なら分かるね? 実験において『例外』への忖度は、最も排除すべきノイズだということを!」


「ルル君。君はいつも言っていたね。『私なんて生まれてこなければよかった』と。その願い、叶えてあげようじゃないか!」


ナラが絶叫した。


「やめてお母様!ゴウはあんたの助手でしょ!ルルはあたしたちの友達じゃない!」


エラーラは、楽しそうに『分子結合解除液』のトリガーに指をかけた。

蛍光グリーンの霧が、無慈悲に二人に降り注いだ。


「熱っ!?痛い、痛いよぉ!!」


「あぎゃっ……!と、溶け……むり……むりですぅ……!」


断末魔は、泡が弾ける音と共に消えた。

ゴウだった液体と、ルルだった液体が、混ざり合いながら排水溝へと流れていく。そこには、将来有望な科学者の卵の未来も、人見知りだが心優しい少女のささやかな日常も、何もかもが含まれていた。

エラーラはケラケラと笑い、ルルの古着のボタンが浮いた水溜まりを、長靴でチャプチャプと踏み潰して進んだ。

ノアは、ゴウが大事に持っていた参考書がドロドロに溶けていく様を見て、膝から崩れ落ちた。

ナラは、親友の成れ果てである緑色の液体が靴底に触れ、悲鳴すら上げられずに嘔吐した。

身内でさえも、手にかける。

この大賢者には、もう「心」と呼ばれる機能が実装されていないのだ。


デパートの前には、バリケードが築かれていた。

その中心に立っていたのは、王都警察のカレル警部だ。彼は部下たちと共に、魔導ライフルを構え、エラーラに照準を合わせていた。


「止まれ!エラーラ・ヴェリタス!直ちに武装を解除し、投降しろ!」


エラーラは、きょとんとした顔で立ち止まった。


「カレル君よ。勉強不足だねぇ。私には『特権』があると言っただろう? 今の私は、法の上に存在する『自然災害』と同じカテゴリーなんだよ。君たちは台風に手錠をかけるつもりかい?」


「ふ!ふざけるな!法の下に……」


エラーラは、話を遮った。


「君のように頭の固い公務員には、この道具がお似合いだ」


彼女が取り出したのは、巨大な冷凍庫のコンプレッサーを改造したような、冷気を放つバズーカ砲だった。

『絶対零度固定機』。


「ご苦労だったねえ、警部。その熱い正義感ごと、永久に保存してあげるよ」


極低温の波動が放たれた。

カレル警部の叫びは、喉の奥で凍りついた。彼だけではない。部下たちも、パトカーも、デパートの壁面も。一瞬にして、ダイヤモンドダストのような輝きに包まれた。カレル警部は、銃を構えた勇ましいポーズのまま、透き通るような氷像へと変わっていた。

エラーラが軽く突くと、カレル警部の氷像は、粉々に砕け散った。

キラキラと舞う氷の粉。それが、かつて王都の治安を守っていた男の最期だった。

ナラはその場に崩れ落ちた。カレル警部は、無愛想だが、珈琲の趣味が良い男だった。それがいま、ただの氷屑になって、風に舞っている。


その時だった。

凍てついた大通りの空気を切り裂いて、黄金の旋風が巻き起こったのは。


「ハァーーッハッハッハ!お待たせしましたわーッ!!」


瓦礫の山の上に、一人の女性が仁王立ちしていた。

太陽を溶かして固めたような金髪。はち切れんばかりの肢体を包む、極彩色のドレス。

王都が生んだ天才画家にして、ナラの親友、リウ・ヴァンクロフトだ。

彼女は、カレル警部の氷の破片を踏みしめて降り立った。


「リウ……!」


ナラの顔に、血の気が戻る。

リウは、真っ直ぐにナラの元へ駆け寄ると、その豊満な胸でナラの顔面を押し潰した。


「ナラさん!無事でしたのね!その涙でぐしゃぐしゃになったお顔……怯えて震える小動物のような瞳……ッ!最高にキュートでしてよ!あとでその表情、スケッチさせてもらいますわねん!」


「ぐ、ぐるじい……リウ、離し……」


ナラが窒息しかけたところで、リウはパッと離れ、今度はエラーラに向き直った。その瞳には、芸術家特有の狂気と、戦士の覇気が宿っている。


「エラーラさん!道中の『作品』、拝見しましたわ。空間を抉り、人間を溶かし、凍らせて砕く……。ふむ、技術的には素晴らしいですけれど、芸術点としては0点ですわね!」


リウはビシッと指を突きつけた。


「あなたの破壊には『情熱』が足りませんわ!論理?権利?そんなちっぽけな理屈で破壊を行うなんて、ナンセンスですわ!破壊とはッ! もっとこう、魂が震え、色彩が弾け飛び、世界が極彩色に塗り替えられるような……圧倒的な『愛』の爆発でなくてはいけませんのよーッ!私が教えて差し上げますわ! 本物の破壊というものが、どれほど美しく、どれほど熱いものかを!さあさ!私と踊りましょう!命を絵の具にした狂宴を!」


ナラは思った。これなら、お母様を止められるかもしれない、と。

けれど。

エラーラは、あくびを噛み殺していた。


「こんどは批評家崩れかい?リウ君……君は随分と落ちぶれたものだね……」


エラーラは、白衣の袖からワイヤーを取り出した。

『次元切断機』。


「君のいう『美学』は、なんだか……効率が悪いよ」


リウが「さあ!」と踏み込んだ、その瞬間だった。

エラーラの手首が、指揮棒を振るように軽く動いただけ。

リウの動きが、ピタリと止まった。彼女の美しい顔の中心に、極細の赤い線が走る。


「あら……?」


リウは、自分の体が左右にズレていく感覚に、驚きの声を上げた。

痛みはない。あまりにも鋭利な切断は、神経さえも認識できなかったのだ。

視界が二つに割れていく中、リウは自分の断面を見下ろした。骨、筋肉、血管。それらが完璧な幾何学模様を描いて断ち切られている様を。


「まぁ……。なんて滑らかで……美しい断面……。これもまた……究極の芸術……ですわ……ね……」


リウは、最期まで自らの美学を貫き、恍惚とした表情のまま、左右に分かれて倒れた。

鮮血が噴き出すのは、その後だった。

ナラの目の前で、親友が、二つの肉塊へと変わった。

「破壊の美学」を謳った彼女自身が、事務的に、論理的に、ただの「燃えるゴミ」として処理されたのだ。


「う……うぅ……」


ノアは、リウだったものの前で嘔吐し、そして泣き崩れた。

これが、僕が望んだことなのか? テオドールが悪くないと証明するために、世界中がこんな風になることが?

ナラは、リウの千切れた手を拾い上げようとして、触れることができなかった。手が震えて、力が入らない。

彼女は知っていた。この母親が「ブレーキ」を壊した時、誰も止められないことを。


「さあ、行こうか! ナラ、助手君!」


遥か前方で、エラーラが楽しそうに手招きをしている。


「夜はまだ長い!宴はこれからが本番だよ! この世の全ての『言い訳』を、物理法則で粉砕してやろうじゃないか!アハハハハハハハ!」


大賢者の高笑いが、燃え盛る王都の夜空に響き渡る。

それは、コミカルな日常の終わりを告げる音であり、この世の終わりのファンファーレだった。

ナラとノアは、互いに身を寄せ合い、よろよろと立ち上がった。

逃げる場所はない。彼らは、この狂った創造主の「観客」として、世界の最期まで特等席に座らされる運命なのだ。

エラーラ・ヴェリタスは、止まらない。

彼女の「真心」が、世界を完全に焼き尽くすまで。

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