第4話:過去の未来が自分です(4)
王立魔導学会に、一つの革命的な魔法が提出された。
開発者は、元・大賢者エラーラ。
魔法の名は、『認識改変・充足』。
その効果は、極めて単純かつ恐ろしいものだった。
対象者の脳内の報酬系回路に干渉し、「理不尽な待遇」に対して、「やりがいが大事だ」という強烈な納得感を与える精神干渉魔法である。
「……素晴らしい!素晴らしすぎるぞ、エラーラ君!」
財務統括本部長室で、タカシは机をバンバンと叩いて狂喜した。
「これだよ!俺が求めていたのは!これを使えば、文句ばかり言う手下どもを、笑顔でタダ働きさせられる!究極の『コストカット』だ!」
タカシは即座に、この魔法の特許を学会で買い上げた。
その対価として支払われたのは、金貨500,000,000。
エラーラの前年度の年収と研究費を、ゆうに超える金額だった。
「礼を言うよ、本部長」
エラーラは、小切手を受け取り、冷ややかに微笑んだ。
彼女は、悪魔に魂を売ることで、研究資金を確保したのだ。
すべては、あの「異界渡航理論」を完成させるために。
しかし、タカシは釘を刺すことも忘れなかった。
「勘違いするなよ?金は払ったが、あの『異界なんとか』の研究費を増やす気はねぇぞ?」
「……承知している」
エラーラは無表情で部屋を出た。
廊下で待っていたナラが、複雑そうな顔をする。
「いいの?お母様。あんな『社畜製造魔法』なんて作って……。学会の人たちがゾンビみたいになってるわよ」
「……必要な犠牲だ。」
エラーラは、懐の小切手を握りしめた。
それから数ヶ月。
エラーラは、寝る間も惜しんで研究に没頭していた。
だが、理論の核心部分――「時間軸のズレ」を修正する計算式――が、どうしても完成しない。
何かが足りない。
この世界の常識では計り知れない、異界特有の「重み」のようなデータが。
ある雨の夜。
探偵事務所に、一本の連絡が入った。
「……え?あのお爺さんが?」
電話を受けたナラの声が強張る。
彼女は、受話器を置くと、研究中のエラーラに告げた。
「お母様。あの時、本部長室に来たお爺さん……倒れたって……」
エラーラの手が止まった。
あの老人。
タカシに土下座を強要され、それでもなお、タカシのために涙を流した、謎多き老人。
エラーラは、彼に対して奇妙なシンパシーを感じていた。
彼もまた、この狂った世界における「知性」と「尊厳」の理解者であるような気がしていたからだ。
「……行くぞ」
エラーラは白衣を羽織った。
二人が訪れたのは、スラム街の片隅にある、ボロボロの小屋だった。
看板には、手書きで『喫茶・琥珀』と書かれている。
中に入ると、そこにはむせ返るような、深く、香ばしい、珈琲の香りが漂っていた。
「……いらっしゃい」
店の奥、粗末なベッドの上に、老人は横たわっていた。
顔色は土気色で、呼吸は浅い。
もう、長くはないことは明らかだった。
「お爺さん!」
ナラが駆け寄る。
老人は、薄く目を開け、二人を見て微かに笑った。
「……ああ、あの時の姉ちゃんたちか。すまねぇな。……今日は豆を切らしててな」
エラーラは、老人の枕元に座り、その脈を診た。
老衰だ。
肉体の生命力が、消えようとしている。
魔法で延命することはできるが、それは自然の理に反する。
「……ご老人。単刀直入に訊ねる。貴方は、一体何者なんだ?」
エラーラは問うた。
タカシの前で見せたあの覇気。そして、この小屋から漂う、独特の知的な空気。
ただの浮浪者ではない。
老人は、天井の染みを見つめながら、ぽつりと語り始めた。
「……俺はな。昔は、ちょっとした『神童』だったんだよ」
老人の語る話は、エラーラの想像を遥かに超えていた。
「俺は、15歳で大学レベルの学問を修めた。周りからは天才だ、麒麟児だと持て囃されたよ。……だが、俺は満たされなかった。頭だけでっかちになって、身体がついていかない自分が許せなかった」
老人は、自分の痩せこけた腕を見た。
「だから、俺は家を飛び出し、やけくそになって街で暴れ、警察に捕まり……出所後にはボクシングジムに通った。殴り、殴られ、血の味を知ることで、俺は初めて『生きている』実感を得た。18歳の頃には、プロのライセンスも取った。『学』と『武』。その両方を極めることこそが、俺の美学だった」
エラーラは息を呑んだ。
その思想は、まさにエラーラがナラに説いた教えそのものだった。
「だが……運命ってのは皮肉なもんだ。ある夜、ジムの帰りに……路地裏で、奇妙な光る玉を見つけたんだ」
「光る玉……?」
「ああ。不用意に触っちまった。気がついたら、この王都の空の下だったよ」
老人は、67年前のあの日を懐かしむように目を細めた。
「それから85歳になるまで、ずっとここで生きてきた。元の世界に戻る方法は分からなかったが、それでも、俺はこの世界で『自分の城』を持った。……悪い人生じゃなかったよ」
老人は、満足げに笑った。
異世界に飛ばされ、すべてを失いながらも、彼は自分の力だけで生き抜き、自分の場所を作り上げたのだ。
「……強いな、貴方は」
エラーラは、心からの敬意を表した。
「一つ、聞かせてくれ。貴方の名前は?」
老人は、答えた。
「俺の名は、アキラ。……剣崎アキラだ」
「……剣崎?」
エラーラとナラの声が重なった。
エラーラの脳内で、バラバラだったパズルのピースが、恐ろしい勢いで噛み合っていく。
剣崎アキラ。
そして、財務統括本部長、剣崎タカシ。
同じ「ケンザキ」という姓。
そして、二人とも「異界」から来たと思われる共通項。
「……まさか!」
ナラは、すぐに懐から魔導通信機を取り出し、情報屋のルルに連絡を入れた。
「……至急、調べて。剣崎タカシの出自。彼がいつ、どこから現れたのか。彼の持ち物、言動、すべてを洗って!」
数分後。
ナラが、青ざめた顔で戻ってきた。
「お母様……ビンゴよ」
ナラは、震える声で告げた。
「タカシも、異界から来た。彼が持っている時計、服、そして時折口にする『バブル』や『ディスコ』という言葉。すべて、アキラさんの言っていた『ニホン』のものよ」
エラーラは、戦慄した。
剣崎アキラは、18歳で失踪した。
本来の時間軸で彼が築き上げたであろう財産や地位。
それを、未来で享受し、腐敗しきった子孫こそが、剣崎タカシなのではないか?
「……なんてことだ」
エラーラは、ベッドの上のアキラを見た。
彼はもう、意識が混濁し始めている。
彼は知らない。
自分が土下座させられた相手が、自分がもし元の世界にいれば生まれたかもしれない「一族の末裔」であることを。
時間と空間の悪戯が引き起こした、残酷すぎる邂逅。
本来なら交わるはずのない二人が出会い、一方が一方を踏みにじった。
エラーラの胸の奥で、静かな、しかし強烈な「狂気」が鎌首をもたげた。
それは正義感ではない。
学者としての、そして「美学」を持つ者としての、許されざるバグへの怒りだ。
「ナラ君?今日から、全ての依頼を断れ」
「え?でも、生活費は?」
「知らん。私はこれから、研究室に籠もる。『異界渡航装置』を完成させるまでは、一歩も出ない。」
エラーラは、狂ったように羊皮紙に計算式を書き殴り始めた。
「予算?カットされたなら結構だ。給料?ゼロでいい。……私が自腹を切る。私の全財産、私の全知識、私の全生命力を投じてでも、このふざけた数式を書き換えてやる」
アキラというサンプルを得たことで、理論の穴は埋まった。
あとは、それを形にするための「莫大な魔力」と「資材」が必要だ。
金はこれ以上は、出せない。
タカシが財布の紐を握っているからだ。
だが、エラーラには、タカシが持っていないものがあった。
「信用」だ。
エラーラが「私財を投げ打ってでも研究を完成させる」という噂が広まると、奇妙な現象が起きた。
寄付が、集まりだしたのだ。
ある者は、なけなしの金貨を。
ある者は、貴重な魔石を。
ある者は、タカシの倉庫からこっそり盗み出したレアメタルを。
「エラーラ先生なら、やってくれる」
「あの黄金の豚を倒す兵器を作ってくれる」
彼らは、エラーラの狂気に「希望」を見たのだ。
タカシが集めた金は、恐怖と欲望によるものだ。
だが、エラーラが集めた資材は、「信頼」と「祈り」によるものだ。
その質は、決定的に違っていた。
半年後。
探偵事務所の地下深く。
かつては物置だったその場所は、今や異様な熱気と魔力光に包まれていた。
中央に鎮座するのは、巨大な円環状のゲート。
『時空位相・強制置換ゲート』。
廃材、空き缶、そして市民から寄付されたなけなしの魔石を継ぎ接ぎして作られた、執念の塊だ。
「……完成だ」
エラーラは、スパナを置き、油で汚れた額を拭った。
その瞳は、数ヶ月ぶりの達成感に輝いている。
ナラが、計器の針が安定しているのを確認して歓声を上げる。
重低音が響き、ゲートの中心に黒い渦が生まれた。
理論は完璧だ。これを使えば、異界から来た者を、その魂に刻まれた時間情報のズレを修正しつつ、元の世界、元の時代へと送り返すことができる。
その時だった。
地下室の鉄扉が、乱暴に蹴破られた。
「おいおいおい!聞いたぞエラーラちゃん!ついに完成したんだってなぁ!」
入ってきたのは、魔導学会財務統括本部長の、タカシだ。
彼は、部下のオークたちを引き連れ、我が物顔で地下室に侵入してきた。
「……鼻が利くねぇ、本部長」
エラーラは冷ややかに言った。
「ここは立ち入り禁止だ。入場料は払ってもらおうか」
「そう、硬いこと言うなよ!」
タカシは、完成したゲートをねっとりとした視線で舐め回した。
「これが、異世界へ行ける扉か……。おい、エラーラ。俺の命令だ。今すぐこれを使って、『地球』ってとこから、人間を連れてこい」
「……は?」
ナラが呆気にとられる。
タカシは、興奮した様子でまくし立てた。
「俺がいた時代の東京から、最高の『コンパニオン』と『黒服』を100人くらい連れてくるんだ!この王都には、遊び心が足りねぇ!王都を巨大な『キャバクラ』にする!これは国家プロジェクトだ!」
あまりの低俗さに、地下室の空気が凍りついた。
時空を超える大発明を前にして、この男が考えることは「女」と「遊び」だけなのか。
「……断る」
エラーラは即答した。
「言ったろう。この装置は送還用だ。拉致用ではない」
「あぁん?生意気だなぁ。拉致用だよ?」
タカシは、懐から小切手帳を取り出した。
「じゃあ、この機械は俺が買う。いくらだ?100万クレストか?200万クレストまでなら払ってやるよ」
タカシは、小切手にサラサラと金額を書き込み、エラーラに投げつけた。
ヒラヒラと落ちる紙切れ。
エラーラは、それを拾いもせずに踏みつけた。
「……金?」
エラーラは嘲笑った。
「この装置はな、お前の汚い金で作ったんじゃない。お前に虐げられた人々からの『信用』と『祈り』で作ったんだ。お前の全財産を積んでも、ネジ一本すら売らんよ。」
「……誰のおかげで研究できたと思ってるんだ!」
タカシは舌打ちをした。
だが、彼は諦めなかった。
「だったら……俺に使わせろ」
「お前に?」
「そうだ。俺をその『地球』ってとこに送れ。……たまには里帰りして、日本の美味い寿司でも食いてぇんだよ。ついでに、最新の家電とか車とかを買い付けて、こっちで転売すりゃ大儲けだ」
タカシは、ニヤリと笑った。
「どうだ?俺が実験台になってやるって言ってんだ。名誉なことだろ?」
エラーラは推測した。
タカシは、本能的に感じ取っているのかもしれない。
この王都での自分の栄華が、砂上の楼閣であることを。
だから、異世界とのパイプを作り、さらなる「搾取の種」を探そうとしているのだ。
「うむ。いいだろう!それでこそ経営者だよ!なかなか現実的なことを言うじゃあないか!」
エラーラは、意外な言葉を口にした。
「はああああ!?お母様、あんた正気!?」
ナラティブが叫ぶ。
「……ただし、だよ?」
エラーラは人差し指を立てた。
「順番は守ってもらうよ。本部長。先約がいるんだ」
「先約ぅ?誰だ?」
「この装置の、第一号被験者だ。お前は『二番目』だ。それでもいいなら、予約を受け付けよう!」
タカシは不満げに顔を歪めた。
「俺様が二番手だと?……まあいい。どうせ、どっかの貧乏人が毒味をするんだろ?安全確認が済んでからの方が、賢いかもしれねぇな」
タカシは、尊大に頷いた。
「で? その栄えある一番手はどこのどいつだ?」
「……お連れして」
エラーラが合図を送る。
地下室の奥、医療用ベッドに乗せられて、その人物は運ばれてきた。
「……う、うぅ……」
老人だった。
かつてタカシが本部長室で土下座を強要した、あの薄汚い老人だ。
今の彼は、さらに衰弱していた。
スラムでの過酷な生活と老衰により、生命の灯火は風前の灯だ。
立つこともできず、ただ呼吸をしているだけの、枯れ木のような肉体。
「なんだエラーラ、あの時のジジイか!死に損ないを実験台にするのか?遺体処理の手間が省けるってか?ガハハハ!」
タカシの哄笑が響く。
だが、エラーラは笑わなかった。ナラも、冷ややかな目でタカシを見ている。
エラーラは、静かに言った。
「この装置の真価は、単なる空間移動ではない。『時間軸の修正』だ」
エラーラは、モニターに映し出された複雑な数式を指差した。
「彼は、18歳の時にこの世界へ転移し、67年間をここで過ごした。この装置は、彼を送還すると同時に、彼の肉体に蓄積された『この世界の67年分』を剥離させる。つまり……彼は、異世界に到着した瞬間、『18歳の肉体』に戻る」
タカシの顔色が、みるみる変わっていった。
「若返るだと!?そんな夢みたいな話、あるわけ……!」
「それが、あるんだよ。ここに」
エラーラは、ゲートを指差した。
タカシは、動揺した。
若返り。それは権力者が最後に欲する、究極の果実だ。
その時、ふと、ベッドの脇にあるカルテが目に入った。
被験者の登録データだ。
タカシは、その文字を凝視した。
「……ケンザキ……アキラ……?」
タカシの思考がフリーズした。
ケンザキ。剣崎。自分の苗字だ。
アキラ。……親父の名前だ。
「……?」
タカシは、震える手でカルテを持ち上げた。
すべてのデータが、タカシが幼い頃に聞かされた、父の昔話と合致する。
父は言っていた。「若い頃、ちょっとした『遠出』をしてな」「苦労して日本に戻ってきた時には、精神だけがいい歳こいたジジイになってた」と。
タカシの脳内で、雷鳴が轟いた。
目の前の、薄汚い、死にかけの老人。
先日、自分が嘲笑い、土下座をさせた老人。
それが……年老いた親父!?
「う、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!」
タカシは、ベッドに駆け寄った。
老人の顔を覗き込む。
皺だらけで、シミだらけの顔。
だが、その骨格、鋭い眼光の残滓、そして何より鼻の形。
間違いなく、父の顔そのものだった。
「お……親父……ッ!?」
老人は、うっすらと目を開けた。
混濁した意識の中で、目の前に、脂ぎった男の顔がある。
「……あんた、誰だね?」
老人の声は、掠れていた。
彼は、知らない。目の前の男が、『未来の過去』の自分の息子であることに。
彼にとって、タカシは「先日自分を虐めた、嫌な権力者」でしかない。
タカシは、膝から崩れ落ちた。
「お、俺だよ!タカシだよ!親父の息子だよ!……分かんねぇのか!?」
タカシは、老人の枯れ木のような手を握りしめた。
「ごめん!ごめんよ親父!あの時は知らなかったんだ!俺だ!親父が一番可愛がってたタカシだ!なぁ、思い出してくれよ!」
タカシは、子供のように泣き叫んだ。
それは、けして、謝罪ではない。
恐怖からの逃避だ。
自分が『将来の昔の』父親に対してとんでもない非礼を働いたことへの恐怖。
そして、偉大なる父が、自分の目の前で消えようとしていることへの分離不安。
「親父!俺、親父がいないと、どうしていいか分かんねぇんだよ!」
タカシは、老人の胸に顔を埋めて泣いた。
それは、30代の男の姿ではなかった。
親の金と権力という殻を剥ぎ取られた、ただの無力な幼児の姿だった。
老人は、困惑したようにタカシを見下ろした。
「……触るな」
「え……?」
老人は、最期の力を振り絞り、タカシの目を射抜いた。
「俺に、息子はおらん」
冷徹な否定。
それは、王都での一生を思い返した時の「事実」としての否定だが、タカシにとっては「絶縁」として響いた。
「いい歳こいて、ピーピー泣くんじゃねぇ。……みっともねぇ」
老人の言葉は、短く、鋭利だった。
「誰だか知らんが……お前さん、中身が空っぽだ。ガワだけ立派で、中身は腐った蜜柑みてぇだ」
老人は、タカシの胸を、弱々しい指で突いた。
「……まずは、腐った根性を叩き直せ。話はそれからだ。……出直してこい、小僧」
それは、ただの一人の「人間」としての、容赦のない叱責だった。
親の愛という偏見がない分、その言葉はタカシの存在そのものを否定する刃となった。
「お……おや、じ……」
タカシは、言葉を失った。
縋りつこうとした手が、空を切る。
拒絶された。
「みっともない」「出直してこい」。
その言葉が、タカシの全人格を粉砕した。
「時間だ」
エラーラが告げた。
「ゲートが開く。下がっていろ」
ゲートの回転が最高速に達する。
まばゆい光が地下室を満たす。
老人の体が、光の粒子に包まれていく。
「……ああ」
老人は、光の向こうを見た。
そこに見えるのは、懐かしい昭和の夕暮れ。
東京タワーの建設中の鉄骨。
路地裏の匂い。
「……帰れるのか。あの日に」
老人は、満足げに微笑んだ。
彼は、これから「二度目の人生」を始めるのだ。
今度は、もっと上手くやる。
(……待ってろよ、俺の時代)
閃光と共に、老人の姿は消滅した。
・・・・・・・・・・
時空の彼方、1958年の地球。
一人の老人が、18歳の若者の肉体を得て帰還した。
剣崎アキラ。
彼は二度目の人生を、かつてのような「強さ」だけの追求には費やさなかった。彼はボクシングを辞め、大学で経済と倫理を学び直し、その後、小さな不動産会社を興した。
だが、彼は決して「結婚」しなかった。
彼の脳裏には、常にあの「黄金の豚」――かつて自分が生み出し、怪物に変えてしまった息子の姿が焼き付いていたからだ。
「あんな悲劇は、二度と生まない」
それが彼の贖罪だった。
アキラは生涯独身を貫き、代わりに孤児や貧しい子供たちを引き取り、私財を投じて育成する施設「剣崎育英会」を設立した。
彼が育てた子供たちは、誠実で、強靭で、知性に富んだリーダーとなり、日本の高度経済成長を支えた。
アキラの影響力は政財界に及び、投機的なバブル経済は未然に防がれ、日本は堅実な繁栄の道を歩んだ。
その修正された歴史の年表のどこにも、「剣崎タカシ」という男が生まれる余地はなかった。
彼は、運命レベルで抹消されたのだ。
そして、王都。
歴史の修正は、即座に「結果」として反映された。




