第2話:爆発屋さん(2)
「ククク!……私はね、人間の善性なるものを試したいのだ!極限状態で、人は……」
「素敵!」
ギフトの演説が止まった。
予想していた恐怖の悲鳴ではなく、弾けるような歓喜の声が上がったからだ。
見れば、リウが立ち上がっていた。
頬を紅潮させ、瞳を少女漫画のようにキラキラさせて、両手を胸の前で組んでいる。
「素晴らしいファッションですわ!その赤いコード! 今にも弾けそうなプラスチック爆弾の質感!チープな電子音!まるで映画の小道具のような、それでいて確かな殺傷能力を感じさせる重厚感!私の『退屈』への、最高へのプレゼントですわ!さあ!爆発しましょう!」
「は、はぁ? 何を言って……」
ギフトは後ずさった。
人質を取っているのは自分のはずだ。爆弾を持っているのも自分だ。
なのに、なぜこの女は、プレゼント箱を開ける前の子供のような顔で、爆発しようとしてくるのか。
リウは、ギフトの目の前まで詰め寄り、その胸元の爆弾ベストを愛おしそうに撫でた。
「ねえ、おじ様。私、貴方の姿を見た瞬間、ビビッときましたの。運命を感じましたわ。貴方は、爆発屋さんの方ですよね?」
「は……!?」
ギフトは言葉を失った。
爆発屋?
爆弾魔ではないのか?
リウの黄金の瞳が、至近距離でギフトを覗き込む。
そこには、一切の慈悲がない。
恐怖もない。軽蔑すらない。
あるのは、純粋培養された闇と、底なしの狂気だけ。
彼女にとって、目の前の男は「人間」ではない。「爆発する機能を持った物」としてカテゴライズされている。
「分かりますのよ。私の本能が囁いていますの。このおじ様は爆発すると、きっと良い音で鳴りますわ!湿り気を帯びた破裂音が聞こえてきますもの!ああ、どうしましょう。貴方の身体を見ていると、どうしても捻り切ってあげなくちゃあいけない衝動に駆られますわ。雑巾を絞るように、ギュッて……」
ギフトは、本能的な恐怖で後ずさった。
こいつは、ヤバい。
爆弾よりも、この女の方が遥かに危険だ。
「き、貴様! 頭がおかしいのか!?私は爆弾を持っているんだぞ!スイッチ一つで、ここら一帯……」
「だからこそ、ですわ!」
リウは、話を聞かなかった。
そうして、一歩踏み出し、ギフトを追い詰める。
「爆弾があるなら、爆発させなきゃ嘘でしょう?ケーキがあるのに食べない。プレゼントがあるのに開けない。それは『罪』ですわ。爆弾を爆発させてあげないのは、爆弾の管理者として、爆弾に失礼ではないのでして?おじ様、貴方、爆弾さんの気持ちを考えたことがありますの?『ああ、早く弾けたい! 早く熱になりたい!』って泣いてますわよ?まず、あなたは爆弾をアクセサリーのように見せびらかしているその不誠実な『姿勢』を、爆弾さんに謝るべきですわ!」
支離滅裂な論理だった。
だが、リウの『圧倒的な熱量』が、それを正論のように錯覚させる。
ギフトは冷や汗を流しながら、必死に主導権を取り戻そうとした。
自分のペースに巻き込まなければ、食われる。
「ま、待て! 話を聞け!私のゲームにはルールがある!このルールとは!まず、私は幼少期、孤独だった! 親にも社会にも見捨てられ、誰にも愛されなかった!だからこそ、私はこの……」
「……何を、言っておられるのでしょうか?」
リウは、心底不思議そうな顔をした。
「ニーナ! 殺虫剤を持ってきてくださる?なんだか、ハエが『爆発しない』などという屁理屈を言ってますの。ブンブンと五月蝿くて、私の殺意の集中力が削がれますわ」
ニーナは、ガタガタ震えながら答えた。
「お、お嬢様、それは人間のお客様です! 殺虫剤は効きません!」
リウは、ため息をつき、ゴミを見るような目でギフトを見た。
「おじ様?貴方が愛されたかったとか、孤独だったとか、そんな三流ドラマの脚本に価値はありませんの。観客の心を動かせなければ、それは、爆発ではありませんわ!貴方の不幸話なんて、明日の天気予報よりもどうでもいい情報ですのよ!物語を語るために来たのなら、私は耳を傾けましたわよ!でもですわよ?爆発すると言っているくせに、爆発を人質にとって物語を語りだすのでしたら、それは詐欺ですわ!」
リウは、ギフトの手にある起爆装置を指差した。
「今の私にとって、世界で重要な事実はたった一つ。爆発するか、どうか。もはや論点はそれだけですわ。貴方の人生も、思想も、過去も未来も、その『爆発』の前では塵芥に等しいのです。ねえ、爆発してごらんなさいな。さあ、今すぐ。ここで」
「だ、ダメだ!爆発は最終手段だ!交渉が決裂した時の……!」
「やっぱり『爆発を人質にして物語を押し付けているじゃあないの!さあ!さあさあ!爆発しなさいよォォッ!」
リウが吠えた。
その声は、空気を震わせた。
次の瞬間、リウは動いた。
人間離れした、猫科の猛獣のような瞬発力。
ギフトが反応する暇もなく、リウの手が閃き、彼の手首を万力のように掴み上げた。
「ぎゃっ!?」
ギフトの手からリモコンがこぼれ落ちる。
それをリウが空中でキャッチした。
「うわっ!? か、返せ!」
リウは強奪したリモコンを両手で包み込み、頬ずりした。
その顔は、聖女のように穏やかで、恍惚としていた。
「はぁ……はぁ……これですわ!この手に馴染むプラスチックの感触……。指先に伝わる、死へのトリガーの冷たさ……。皆さん、聞いてくださる?」
リウは、演劇の舞台に立つ女優のように、朗々と語り始めた。
「三流は『創造は破壊から生まれる』などと、破壊を正当化しやがります。破壊はいけません!野蛮ですわ!自分や他人や、何かを壊すことなど、あってはならないのです!目の前を受け止めて慈しむ心を止めてはいけません!それに、一流は破壊せずとも学び取って創造できますし……」
そこでリウは、ニヤリと口の端を吊り上げた。
その表情の豹変ぶりに、ニーナは息を呑んだ。
「……『破壊するために破壊する』こともできるのですわ!理由なんていりませんの。意味なんて求めちゃいけませんの。ただ、そこに壊れるものがあるから壊す。ボタンがあるから押す。それが、生命としての純粋な営みですわ!」
「お嬢様! 完全に危ない人のセリフです!思想がテロリストを超えてます!」
リウは止まらない。
彼女の闇は、底が見えない。
「爆発は、止まりませんの。食欲、睡眠欲、そして破壊欲。私にとって、爆発することは、呼吸をするのと同じくらい自然で、神聖な行為なんですのよ……!ああ、体が熱い。細胞の一つ一つが、『押せ』と叫んでいますの。これは私の意志ではありませんわ。宇宙の意志ですわ!」
ギフトは絶望した。
こいつには、話が通じない。
倫理観への揺さぶりも、良心の呵責も、すべて無意味だ。
この女の世界観に、他者はいない。
いや、ましてやこの女自身も『いない』のかもしれない。
闇だ。
明るい顔をして、明るい声で語っているから正論に聞こえるが、この女は、善悪ではなく、好き嫌いでもなく、イデオロギーでもなく、ただ、周りに『自分を大切にしろ』と説教しながら、自分ごと周りを巻き込んで爆発するためだけに存在している、底なしのブラックホールだ。
ギフトは助けを求めて、ソファのナラティブを見た。
ナラティブは、雑誌を閉じて、やれやれと肩をすくめただけだった。
ナラティブ。
彼女もまた、この狂気に侵されている。
いや、彼女は闇を知りすぎて、闇に飲まれないために強すぎる『自我』だけが残っているのか。
だから、リウのこの異常な狂気すら、「日常」の風景として、あるいは「退屈しのぎのエンタメ」として処理しているのだ。
「や、やめろ! お前は殺人者になるんだぞ!私の命を奪って、平気でいられるのか!一生、夢見が悪くなるぞ!お前も死ぬぞ!」
ギフトの最後の叫び。
だが、リウはキョトンと首を傾げた。
「あら、おじ様。いったい何を仰いますの?私も死にますのよ?」
リウは、心底不思議そうに言った。
「正当防衛ですし、私が殺すのではありませんわ。『あなたがそう望んでいる』のです。貴方が爆弾を巻いてここに来た。貴方が『爆発』を人質に取った。それは、『私を爆発させてくれ』という情熱的な求愛行動でしょう?私の目的は『爆発』のみですわ。もう、私はただ、あなたの魂の声に従って、あなたを爆発させるだけですわ。それに、『助けて』と言えば助けてもらえたはずなのに、『爆発するぞ』と言ったから、私は貴方を『人間』ではなく『爆発屋さん』と認識したに過ぎませんわ」
リウの論理は、論理を欠いていた。
だが、狂気の方面の論理武装は完璧だった。
彼女の中で、ギフトはもう人間ではなかった。
リウは、ギフトそのものを「爆弾」と認識していた。
「さあ、爆発しましょう、おじ様。貴方の内臓を、この白い部屋にたっぷりとぶち撒けて、綺麗なアートに昇華させてあげますわ。きっと素敵ですわよ?……では、爆発ですわ」
「ま、待っ……!」
リウの親指が、0秒の迷いもなくボタンを押し込んだ。
リビングが閃光に包まれ、爆音が鼓膜を叩く。
衝撃波が部屋を薙ぎ払い、ニーナは悲鳴を上げて床に伏せた。
ナラティブは、手元のコーヒーカップを守った。
そして、静寂が戻る。
ヴァンクロフト家の別荘は頑丈だった。
構造体にダメージはない。
だが、リビングの中央には、かつてギフト・カオスだった肉塊が、放射状に飛び散っていた。
壁も、天井も、高級なペルシャ絨毯も、すべてが赤黒いペーストと、焦げた肉片で汚染されていた。
その中心に立つリウは、返り血で真っ赤に染まりながら、つまらなそうにリモコンを放り投げた。
「……あっけないですわね」
彼女は、足元に転がってきたギフトの手首を、汚いゴミでも見るようにヒールで蹴飛ばした。
「所詮は凡人の肉体……爆ぜる音も凡庸でしたわね。湿っぽい音。夢のない音。一流の爆発を見せてほしいものですわ!……はぁ。やっぱり鬱ですわ」
ニーナは、ガタガタと震えながら立ち上がった。
目の前の地獄絵図と、その中心で「つまらない」と呟く主人。
「お、お嬢様……。殺し……殺しちゃいましたね……」
リウは、不思議そうに振り返った。
その顔は、血で濡れているが、表情は朝の挨拶をするかのように爽やかだった。
「殺した?違いますわよ、ニーナ。これは『爆発』ですわ」
リウの顔には、一点の曇りもない。
動揺がない。
死を認識しているかすら、怪しい。
彼女にとって、ギフトの死は「殺害」ではなく、物理現象としての「状態変化」に過ぎないのだ。
リウは、血まみれの手でナラティブに駆け寄った。
「ナラティブさーん! 怖かったですわー!あんな野蛮な人が押し入ってくるなんて!私、か弱い乙女だから、どうしたらいいか分からなくて……手が震えて、つい爆発しちゃいましたわ!」
ナラティブは、リウの血まみれの頬をハンカチで拭ってやった。
「はいはい。か弱い乙女は、即座に爆発しないのよ。……ま、いい暇つぶしにはなったわね。壁のシミが増えたけど、模様替えだと思えばいいわ」
リウは笑った。
その笑い声は、鈴を転がすように愛らしく、そして底知れぬほど空虚だった。
「次はどんなオモチャが来るかしら!ああ、生きてるって素晴らしい!爆発したい人間が、向こうからやって来てくれるんですもの!世界は私のために『破壊』を用意してくれているんですわね!」




