第4話:破壊を生み出す者(4)
夜明け前。
王都国際空港、第3滑走路。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「やつらを近づけるな!」
「飛行機が飛び立つまで時間を稼げ!」
数百人の男たちが、重武装で展開していた。
彼らはリニア・アルゴリズムが組織した国際犯罪シンジケートの残党であり、実態は金をで雇われた傭兵や、彼に弱みを握られたマフィアの構成員たちだ。
手には『魔導機関銃』。腰には『魔導ナイフ』。
彼らは知っていた。ここでリニアを逃がさなければ、自分たちも処刑されることを。
だからこそ、必死だった。
その、防波堤の前に、二つの影が降り立った。
「……数が多いわね」
ナラティブ・ヴェリタスが、鉄扇をパチンと鳴らして開いた。
その顔には、微塵の恐れもない。あるのは、長年の相棒と「狩り」に出る時の、獰猛な歓喜だけだ。
「……問題ないよ、ナラ君」
エラーラ・ヴェリタスは、白衣の裾を海風になびかせ、冷徹な瞳で敵軍を見据えた。
「彼らは人間ではない。害虫だ」
その瞬間、夜明け前の空港が、閃光に包まれた。
数百丁の魔導機関銃が一斉に火を噴いた。
魔力を込めた弾丸の嵐が、姉妹に襲いかかる。
だが、エラーラは一歩も動かなかった。
彼女が右手を軽く振り下ろした瞬間。
前列にいた50人の傭兵たちが、地面に叩きつけられた。
アスファルトがひび割れ、彼らの骨が軋む音が響く。
エラーラは、さらに左手を掲げた。
指先から、赤熱する火球が生成される。
放たれた火球は、敵陣の中央で炸裂した。
爆風がトラックを吹き飛ばし、傭兵たちが木の葉のように舞う。
「ひ、ひぃぃっ! 化け物だ!」
「魔法使い一人に、なんでこんな火力が……!」
怯む敵兵たちの隙を縫って、黒い影が疾走した。
ナラは、銃弾の雨の中を、人間離れした速度で駆け抜けていた。
強化された身体能力。
そして、異常なまでの動体視力。
彼女は、目の前の敵の懐に飛び込んだ。
鉄扇が一閃する。
敵が構えた魔導ナイフごと、腕が切断された。
「ギャアァァァッ!?」
ナラティブは止まらない。
回し蹴りで敵の首をへし折り、その反動で跳躍し、空中のドローンを鉄扇で叩き落とす。
彼女の舞は、暴力的でありながら美しかった。
血飛沫が、朝日に照らされてルビーのように輝く。
「あっちからも来るぞ!」
「囲め! 殺せ!」
後方から、増援部隊が迫る。
距離は50メートル。
ナラティブは、走りながら鉄扇を大きく振りかぶった。
投げられた鉄扇は、唸りを上げて空を裂いた。
それは、ブーメランのように弧を描き、一直線に並んだ敵兵たちの銃身を、そして首を、次々と薙ぎ払っていく。
鉄扇は、血とオイルを撒き散らしながら、正確にナラの手元に戻ってきた。
彼女は、返り血を拭いもせず、ニヤリと笑った。
その惨状は、上空を旋回する報道ヘリコプターによって、全世界に生中継されていた。
『ご覧ください!ヴェリタス姉妹が……たった二人で、武装集団を制圧していきます!これは……これは戦争です!』
カメラのレンズが、戦場の奥、駐機場に停まっているプライベートジェットに向けられた。
タラップの下で、一人の男が逃げ惑っている。
高級スーツは汚れ、髪は振り乱れ、顔は恐怖で歪んでいる。
リニア・アルゴリズムだ。
彼は、自分の護衛たちを盾にしながら、喚き散らしていた。
『何をしてる!早くあいつらを殺せ!俺を守れ!俺は「王都の父」だぞ!金ならやる!やるから!だから、俺を機内に乗せろ!』
部下の手を振り払い、自分だけ助かろうとタラップを登ろうとして、足をもつれさせて転げ落ちる。
その無様すぎる姿が、巨大スクリーンで王都中の国民に晒された。
『リニア・アルゴリズムです!娘たちを悪魔と罵り、自分は被害者だと訴えていた男が……!いま!国外逃亡を図っています!』
世論は、完全に反転していた。
昨日まで「親不孝な娘たち」と罵っていた市民たちが、今は拳を振り上げて姉妹を応援している。
エラーラとナラは、もはや犯罪者ではない。
国を食い物にする巨悪を討つ、「正義の執行者」として認知されたのだ。
滑走路の周囲には、王都警察のパトカーと、国軍の装甲車が包囲網を敷いていた。
だが、彼らは動かない。
現場指揮官の無線に、政府高官からの通信が入る。
『……状況は?』
「はっ。ヴェリタス姉妹が、敵防衛ラインを突破。対象との接触まで、あと30秒です」
『介入は、するな』
冷徹な命令が下った。
『これは「親子喧嘩」だ。警察が民事不介入を貫くのは当然だ』
「……了解しました」
指揮官は、部下たちに合図を送った。
警官たちは、一斉に敬礼し、そして銃を下ろした。
それは、国からの明確な「処刑許可」だった。
法で裁けば、リニアはまた詭弁を弄し、裁判を長引かせ、その間に生き延びる道を探すだろう。
だが、ここで姉妹に「処理」させれば、すべては終わる。
テロリストの死体袋が一つ増えるだけだ。
法の檻は消え、残るは「暴力」による決着のみ。
「……ひっ、ひぃぃっ!!」
リニアは、ジェット機のハッチにしがみついていた。
だが、パイロットはすでに逃亡している。この鉄の塊は飛ばない。
背後から、足音が近づいてくる。
爆音の中でもはっきりと聞こえる、死神の足音。
「……ま、待ってくれ!娘たちよ! 話せば分かる!」
リニアは振り返り、両手を上げた。
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
そこには、かつての「キザな英雄気取り」の面影は微塵もない。
ただの、死を恐れる哀れな中年男だ。
「俺が悪かった!謝る!金も返す!3000億でも何でも返すから!だから……だから命だけは……!」
エラーラが、無表情で近づいてくる。
その手には、紫色の雷光がバチバチと音を立てていた。
エラーラは、首を傾げた。
「何を返すんだい?」
「それは……」
「何を返すんだい?」
「いや……」
「私がスラムで苦しめられていたあの日々を?」
「う、うるさい……!」
「ナラティブがスラムで泣いていたあの日々を?」
「うるさいッッッ!」
「それとも、君のくだらない『設定』のために消費された、母親たちの人生を?」
「若気の至りだ!俺も苦しんでいた……!」
「嘘だね」
エラーラが指を弾いた。
紫電が走り、リニアの右足を貫いた。
「ギャアアアアッ!」
彼は無様に転がり、アスファルトの上でのた打ち回った。
「君は一度も、苦しんでなどいない。君はずっと、自分に酔っていただけだ。『苦悩する俺、カッコいい』とね。君は実に、アクティブな『引きこもり』だよ」
エラーラは、魔力でリニアの体を引きずり寄せた。
見えない鎖が彼の手足を拘束し、空中に吊り上げる。
「放せ!俺は……俺は『ゼロ・ブレイブ』だぞ!世界の均衡を守る……!」
エラーラは、冷徹に腕を振るった。
レンヤの体が、ジェット機の機体に叩きつけられた。
機体が凹み、リニアが血を吐く。
今度はアスファルトに叩きつけられる。
肋骨が折れる音が、マイクを通して全国に響く。
何度も、何度も。
まるでボロ雑巾のように、リニアは振り回され、叩きつけられた。
彼の「尊厳」は、物理的な痛みと共に、粉々に粉砕されていく。
「やめ……やめてくれぇぇぇ!死ぬ! 死んじゃうぅぅ!」
リニアは泣き叫んだ。
「痛いおじさん」の仮面すら剥がれ、そこにあるのは「痛みに怯える生物」の本能だけ。
「ちょっとエラーラ!交代よ!」
飛行場の最上階から、ナラが叫んだ。
彼女は鉄扇を畳み、腰に差した。
素手だ。
この男を終わらせるのに、武器など必要ない。
エラーラは、リニアを空中に固定した。
地上10メートルの高さ。
逃げ場のない、見せしめの磔台。
「ナラティブ!俺の娘よ!俺たちは血が繋がっているんだぞ!家族だろ?なあ!パパだぞ?」
リニアは、必死にナラティブに訴えかけた。
血縁という、最後の切り札に縋って。
ナラティブは、地上から彼を見上げた。
その目は、かつて彼を「面白いペット」として見ていた時のものではない。
ゴミを見る目ですらない。
「無」だ。
「……家族?」
ナラティブは、静かに呟いた。
「あたしの家族は、エラーラだけよ?」
ナラティブは、膝を深く曲げた。
コンクリートが、彼女の脚力に耐えきれず、蜘蛛の巣状にひび割れる。
ナラティブが跳んだ。
それは跳躍ではない。発射だ。
ロケットのように、彼女の体は垂直に上昇した。
空中で、彼女は体を捻った。
全体重と、全速度と、そして20年分の憎悪を込めた、渾身の飛び蹴り。
標的は、リニア。
「……あ」
リニアの目が合った。
迫り来る娘の足。
その向こうに見える、朝日の輝き。
それが、彼が見た最後の光景だった。
衝撃音が、空港全体を揺らした。
ナラティブの足が、リニアの腹に深々と突き刺さり……
強化された身体能力と、エラーラの重力制御による固定が合わさり、その衝撃は人体の耐久限界を遥かに超えていた。
リニアの口から、大量の血と、声にならない絶叫が漏れる。
ナラティブの勢いは止まらない。
彼女はそのまま、リニアの体を突き破った。
肉が裂ける音。
骨が砕ける音。
そして、「分かれる」音。
空中に固定されていたリニアの体は、腰の部分から真っ二つに引きちぎれた。
上半身が、くるくると回転しながら吹き飛ぶ。
下半身が、無様に地面へ落下する。
大量の血の雨が、滑走路に降り注いだ。
妄想の鎧は、生身の娘の蹴り一つ防げなかったのだ。
ナラティブが、着地した。
膝をつき、ゆっくりと立ち上がる。
その体は、真っ赤に染まっていた。
だが、その表情は晴れやかだった。
彼女の背後で、リニアの上半身がドサリと落ちた。
即死だ。
痛みを感じる暇すらなかっただろう。
彼の顔は、驚愕と恐怖で歪んだまま固まっていた。
「ゼロ・ブレイブ」の最期は、誰にも看取られず、誰にも惜しまれず、ただの肉塊として、終わった。
静寂が戻った。
傭兵たちは武器を捨て、呆然と立ち尽くしている。
報道ヘリも、言葉を失っている。
エラーラが、ナラに近づいた。
彼女は、懐から清潔なハンカチを取り出し、ナラの頬についた血を優しく拭った。
ナラは、空を見上げた。
水平線から、太陽が昇ってくる。
眩しい、黄金の光。
ゼランディアの太陽よりも、ずっと優しく、温かい光。
二人は、振り返らなかった。
背後にあるものを見る必要はない。
姉妹は並んで歩き出した。
血塗れのまま。
でも、その足取りは軽く、誇り高かった。
彼女たちを繋ぐ鎖は、断ち切られた。
残ったのは、本当の「家族」としての絆だけ。
ヴェリタス姉妹の、新しい一日が始まろうとしていた。




