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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス【●印の章だけ読んで】  作者: Wan Liyue 王璃月
●第5章:破壊を生み出す者

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第1話:破壊を生み出す者(1)

●中二病かと思いきや完全ホラー回です。自分の親が中二病だったらどうしますか。

王都のスカイラインを、グレーの雨雲が支配している。

アシッド・レインが、とある探偵事務所を、冷たい湿気で包み込んでいた。

一人は、エージェント・ナラティブ。

もう一人は、マッド・サイエンティスト・エラーラ。

彼女たちは気づいていない。

このルームのデッド・スペースに、「彼」がスタンバイしていることに。

漆黒のロングコートを身に纏った男。

コードネーム・リニア。

彼の存在感は、限りなくゼロに近い。

それは彼が常時発動しているパッシブ・スキル『ファントム・ステルス』による効果だ。

彼は、動かない。

重力すら彼を縛り付けていないかのように、その立ち姿はスタイリッシュかつ、ソリッドだ。

そのコンバット・ポテンシャルはアンノウン。

もし彼がその気になれば、このセクターごとデリートすることなど、指先一つのアクションで完了する。

だが、彼はそれをしない。

彼は「ウォッチャー」だからだ。


(……疼くか。俺の左腕の『ブラック・ドラゴン』よ。……ステイだ。まだクライマックス・フェーズではない)


リニアは、包帯の下でパルスする禁断のパワーを、強靭なメンタルでサプレスした。

その時。


ナラティブ・ヴェリタスが、ふと顔を上げ、コーヒーカップを置いた。

彼女のシックス・センスが、ノイズをディテクトしたのだ。


「……ねえ、お母様」


彼女の視線が、ゆっくりと北東のコーナーへとスライドする。

そこは、物理的には「ナッシング」であるはずの場所。


「あそこに、『誰か』いない?」


エラーラのロジカルな思考回路が、視覚情報のパラドクスにフリーズを起こす。

二人の視線が、リニアにロックオンされた。

その瞬間。

リニアは、計算し尽くされたジャスト・フレームで、ゆっくりとフェイスを上げた。

ニヒルなスマイル。

サイレンス・ブレイク。


「ようやく、俺の『オーラ』にアクセスしたか。……ロング・タイム・ノー・シー。俺のステルス・フィールドを突破するとは、君たちのポテンシャルもレベルアップしたようだな」


黒きコートの男、リニア。

王都のアンダーグラウンドの顔役が、ついにそのベールを脱ぎ、メイン・ストリームへとエントリーを果たしたのである……!



・・・・・・・・・・



私、ナラティブ・ヴェリタスは、呆れを通り越して感心していた。

この男、私が気づくまで、本当に微動だにしていなかったのだ。

呼吸音すら殺し、心拍数すら下げている。

まるで、誰かに見つけられるその瞬間だけを待ち続ける、哀れで健気な森の精霊のように。


「……あんた誰?」


私が鉄扇で、彼の肩をツンと突いた。

コートは少しカビ臭く、そして安っぽいコロンの香りがした。

男は、コートを翻そうとしたが、観葉植物の枝に引っかかった。


「……ッ。……フッ、これも『世界の修正力』か」


彼は何事もなかったかのように植物からコートを外し、ポーズを決め直した。


「名は……リニア・ゼロ・ブレイブ。時空の狭間を彷徨う『漂流者』であり、この世界線の『守護者』だ」


ゼロ・ブレイブ。

あまりにも香ばしい響き。

口に出すだけで舌が火傷しそうな名前だ。

デスクの奥で、エラーラ・ヴェリタスが心底不愉快そうに呻いた。


「……ゼロ・ブレイブ?なるほど?勇気がゼロなのかい?それとも知能指数がゼロなのかい?ナラ君よ、早くその得体の知れぬモルモットをつまみ出したまえ」


エラーラは、いつもの冷静な科学者ではない。

毛嫌いしている。

それも、ただ「変な奴だから」という理由だけではない気がした。

彼女の青い瞳は、リニアという存在の奥にある「何か」を探るように、鋭く細められている。


「待ってよ、お母様。純粋な狂人よ!なんだか面白そうじゃない!」


私は、ソファに座り、リニアに手で示した。


「座りなさいよ、ミスター・ゼロ・ブレイブ。その『世界線』とやらの話、詳しく聞かせてくれる?」


リニアは、「座る」という行為一つにもこだわった。

一度背を向け、コートの裾を払い、重々しく腰を下ろす。

そして、組んだ脚の上に肘を置き、両手を組んで口元を隠す。


「……フッ。俺の話を聞こうとするとは、君も『こちら側』の素養があるようだな、ナラティブ」


「あら、あたしの名前を知ってるの?」


「当然だ!俺は、君たちが過去に解決した『迷い猫事件』も、『下水道スライム事件』も、全て俺の観測範囲内だ」


私は聖母の微笑みを向けた。


「すごいですわ!では、貴方様はずっと私たちを見ていてくださったのですね?」


「ああ!俺の左腕に封印された『黒龍』が、君たちの危機に反応して暴れそうになるのを、抑えるのが大変だったがな」


リニアは、右腕で左腕を強く掴み、苦悶の表情を作った。


「くっ……!静まれ……!まだ『解放』の刻ではない……!」


私は、彼の手元を見た。

爪は綺麗に整えられているが、指先は震えている。

そして、額には脂汗。

彼は本気だ。

本気で「暴れる黒龍」と戦っているのだ。中年男性の肉体の中で。


「……滑稽だ。」


エラーラが、冷徹に切り捨てた。


「君の体内マナ数値を計測させてもらったが、結果は『一般市民以下』だ。不快だ。君の言葉には『実体』がない。中身のない風船が、さも重力を持っているかのように振る舞っている。だいいち、一体何をしに来たのだ。不法侵入だ。さあ、帰ってくれ。」


エラーラの嫌悪感は、異常なほどだった。

彼女は「未知」を愛するが、「虚偽」を憎む。

だが、リニアのこれは「嘘」というレベルを超えている。

彼自身が、その虚構を現実だと信じ込んでいるからだ。

リニアは、エラーラの言葉に傷つくどころか、ニヤリと笑った。


「フッ……。理解できないのも無理はない。科学ごときで、俺の『深淵』を測れるはずがないからな。……エラーラ君。君の知識は『表層』に過ぎない。世界の真実は、もっとドロドロとした『混沌』の中にあるんだよ」


「……く!」


エラーラが、ビーカーを握り潰しそうになった。

私は笑いを堪えるのに必死だった。

この男、最強の魔法使いであるエラーラに向かって、真正面から「お前は浅い」と言い放ったのだ。

無知ゆえの最強。

バカゆえの無敵。

この歪な精神構造は、ある意味で完成された芸術品だ。


「それで、リニアさん。その『守護者』様が、今日はどうして姿を現したのですか?」


リニアは、ふっと遠い目をした。


「……『特異点』が近づいている。俺の右目が疼くんだ。王都に……いや、この次元に、亀裂が入ろうとしている。俺一人では、その『崩壊』を支えきれないかもしれない。……だから、君たちに『協力する権利』を与えに来た」


……要するに、「暇だし寂しいから仲間に入れてくれ」ということだ。

私は、コーヒーを淹れてやった。


「ブラックでいいかしら? ゼロ・ブレイブ様」


「……ああ。俺には『漆黒』が似合う」


彼は、出されたブラックコーヒーを、震える手で口に運んだ。

一口啜る。

眉間に深い皺が寄る。


「……苦」


聞こえてるわよ。

彼は、私たちが目を離した隙に、ポケットから「何か」を取り出し、カップに投入した。

それは、高級菓子店『ロイヤル・シュガー』の角砂糖だった。

しかも5個。

ジャラジャラと投入し、スプーンで猛烈にかき混ぜる。

そして、再びカップを口にし、満足げに「……フッ」と息を吐いた。


「……やはり、この苦味こそが人生だ」


甘いでしょ。絶対、泥水みたいに甘いはずよ。

私は、彼が愛おしくなってきた。

カッコつけたい。

特別でありたい。

でも、苦いのは嫌い。

その矛盾だらけの行動が、彼の「人間としての小ささ」を浮き彫りにしている。

エラーラは、その様子を見て、さらに眉をひそめた。


「……ナラ君。こいつは、ただのバカではないよ」


エラーラが小声で私に耳打ちする。


「え?」


「言葉遣い、服装、仕草。すべてが『どこかの物語』のツギハギだ。彼自身の言葉、彼自身の経験、彼自身の感情……。そういった『オリジナルの核』が見当たらない。まるで、誰かが書いた『設定資料』そのものが歩いているような……」


エラーラの「引っかかり」の正体。

それは、リニアという人間の「空虚さ」だった。

中身がない。

過去がない。

あるのは「ゼロ・ブレイブ」という、意味不明な上書きデータだけ。

一通りの「設定語り」を終え、リニアは満足げに立ち上がった。


「……さて。そろそろ行くか。『時の回廊』が俺を呼んでいる」


ただの帰宅だ。

彼はコートを翻し、出口へと向かった。

その背中は、確かに決まっていた。

だが。


「……ッ!?」


彼は、何もない平らな床で、派手に躓いた。

長すぎるコートの裾を、自分で踏んだのだ。

無様な音を立てて、リニアは転倒した。


「……り、リニア!?」


私は駆け寄ろうとした。

だが、彼は驚異的な速さで立ち上がり、何事もなかったかのように髪をかき上げた。

鼻血が出ている。

膝が笑っている。


「……フッ。今の衝撃……『次元断層』の揺らぎか。くっ、敵も干渉を強めているようだな……!」


「……ふふっ。あはははは!」


私は、お腹を抱えて笑った。


「最高よ!今年のお笑いグランプリ、優勝間違いなしだわ!」


私は涙が出るほど笑った。

こんなに笑ったのは久しぶりだ。

彼は、最高の道化師だ。

だが、エラーラは、笑っていなかった。

彼女は、リニアが転んだ拍子に落とした「何か」を拾い上げ、じっと見つめていた。


「……お母様?どうしたの?」


私が聞くと、エラーラは無言でその「何か」を私に見せた。

それは、一枚の身分証明書だった。

王都の市民なら誰もが持っている、ありふれた登録カード。

そこには、さっきまでの「漆黒の堕天使」の魔法が解ける、残酷な現実が記されていた。


【氏名】リニア・アルゴリズム

【年齢】38歳

【職業】無職(ザガン商会・三男)

【住所】王都第3区・実家


「……リニア・アルゴリズム?」


私は読み上げた。

ゼロ・ブレイブなんて、影も形もない。

ただの、少し変わった名前の、気を違えてしまった、無職のおっさん。

エラーラが、カードの裏面を指差した。

そこには、備考欄があった。

通常は、病歴や特記事項を書く場所だ。

そこに、震えるような、しかし几帳面な文字で、こう書き込まれていた。


『特技:設定制作、衣装デザイン、一人芝居』


私の笑いが止まった。


「……え?」


「彼、自分で分かっているんだよ」


エラーラが、静かに言った。


「彼は、自分が『リニア・アルゴリズム』という中年であることを知っている。知っているからこそ、その現実を塗りつぶすために、『ゼロ・ブレイブ』という皮を被り、必死に演じているんだ」


エラーラの表情には、ついに、恐怖が浮かびはじめた。

私は、カードの写真を指でなぞった。

証明写真の中のリニア・アルゴリズムは、包帯もコートも着ていない、気弱そうで、目つきの悪い、どこにでもいる中年男だった。


「……リニア・ゼロ・ブレイブ」


私は、そのペンネームを呟いた。


「あたしは嫌いじゃないわ。その痛々しさも、必死さも、生き延びるための『サバイバル』だもの」


エラーラは、リニアを肯定したあたしを……はっきりと睨みつけた。

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