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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス【●印の章だけ読んで】  作者: Wan Liyue 王璃月
孤独な猛獣

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第4話:孤独な猛獣(4)

私は、グリゼルダの墓碑と化した爆心地に立っていた。


「……見事なものね」


私は、煤けたドレスの裾を払いながら、思わず呟いていた。

隣で計測器を片付けているエラーラが、意外そうに眉を上げる。


「ほう。珍しいね、ナラ君。あんな愚か者を褒めるのかね?」


「褒めてはいないけど、認めざるを得ないわ」


私は、遺体の周りを見渡した。

隣の家の塀は焦げているが、倒壊はしていない。

死傷者はゼロ。

あれだけの熱量を放出しながら、彼女は被害を「自分の敷地内」だけで完結させた。


「あのおばさん、最期まで『助けて』とは言わなかった。誰かにすがることも、誰かを道連れにすることもなく、自分自身の魂を燃料にして、燃え尽きた。……徹底した『個』の完結には、美学すら感じるわ」


グリゼルダは、寂しく、惨めで、軽蔑すべき女だった。

だが、彼女は決して他者に依存しなかった。

誰かに媚びることもなく、最後まで傲慢に、孤立したまま死を選んだ。

それは、一周回って「ダークヒーロー」の在り方だ。

誰にも理解されず、誰の助けも借りず、たった一人で完結する物語。


「あたしがわざわざ過去へ飛んでまで彼女を調べたのは、あたしの中にもある『他者への拒絶』と『絶対的な自負』。その果てが、あの赤い塔だったから」


私は、炭化した彼女の骸に、無言で敬礼を送った。


その時だった。

私の感傷的な分析を、生理的な嫌悪感で塗り潰すような「甘ったるい振動」が、地面を伝わってきたのは。


「……空気が変わったわ」


私は鉄扇を構えた。

グリゼルダの爆発跡地に残っていた、乾いた焦燥感のある熱気。

それが急激に湿り気を帯び、腐った果実のような甘い匂いに書き換えられていく。

通りの向こうから「青い津波」が押し寄せてきた。

水ではない。

発光する青いスライム状の粘液だ。

それは、建物を破壊するのではなく、「隙間」に入り込み、飲み込み、同化しながら広がっていた。

飲み込まれた人々が、粘液の中でトロトロに溶けながら、恍惚とした表情を浮かべている。

彼らの輪郭は崩れ、隣の人と融合し、巨大な「群体」の一部へと変わり果てていた。

私は本気で吐き気を催した。


グリゼルダの「赤」は、痛々しいがドライだった。

だが、この「青」は、粘着質で、何より、「弱い」。

粘液の中心核に、人の顔が浮かび上がった。

アガピウス。

王都で「人類みな兄弟」「壁をなくそう」と説いて回っていた、慈善活動家の青年だ。


『ナラティブさん!生きていましたか!見てください、この平和な世界を!グリゼルダさんのような悲劇は、孤独が生んだのです!僕は、壁をなくしました!すべての境界線を溶かして一つになれば、もう誰も寂しくない!』


アガピウスだったものが、青い触手を伸ばして叫ぶ。

その声は、飲み込まれた数百人の市民の声が重なった、不快なハウリングだった。

彼は、グリゼルダとは、真逆だ。

グリゼルダは、過剰な自尊心で破裂した。

アガピウスは、「自尊心の欠如」ゆえに、他者と混ざり合わなければ自我を保てなかったのだ。


『君も来たまえ!「個」であることは苦しいだろう?僕たちの中に溶ければ、孤独はないんだよ!』


青い粘液が、私に向かって触手を伸ばす。

それは攻撃ではない。「抱擁」のつもりなのだ。

善意という名の、侵略。


「……アンタ、一番嫌いなタイプだわ」


私は、避けることすらしなかった。

迫りくる青い触手を、ただ冷ややかに見据えた。

グリゼルダには、歪んでいても「背骨」があった。

だが、こいつには何もない。

自分一人で立つ強さがないから、他人を巻き込んで「大きなもの」になった気でいるだけの、寄生虫の集合体。


「え?」


アガピウスが動きを止めた。

私の全身から放たれる殺気が、物理的な圧力となって、青い粘液を押し返したからだ。


「グリゼルダはね、自分の孤独で自分を焼いたわ。それはそれで立派な最期よ。でもアンタはなによ?『寂しいから一緒に溶けて』?……甘ったれんじゃないわよ」


私は、地面を蹴った。

その一歩で、石畳がクレーター状に陥没する。

私は砲弾のように飛び出し、青い粘液の海へ突っ込んだ。

私は粘液の海を割り進んだ。

私の皮膚の表面には、強烈な拒絶の意志が展開されている。

触れてくる粘液は、私に触れた瞬間に「異物」として弾き飛ばされ、蒸発していく。


「他人がいないと自分を保てないような半端者が、あたしの前に立つな!」


私は、アガピウスの核の前に到達した。

私は、右の拳に全身全霊の「個」を込めた。

それは、私という人間の、絶対的な存在証明。

何者とも混ざらず、何者にも頼らず、大地に二本の足で立つという、宣言。


「消えなさい!」


一撃。

アガピウスの核が弾け飛ぶ。

「僕たち」という甘い幻想が、「私」という鋭利な現実に貫かれ、霧散した。


『ぎゃあああああああ!?独りは嫌だぁぁぁぁ!!』


アガピウスの断末魔が響く。

青い粘液は結合を維持できなくなり、ただの汚水となって崩れ落ちた。

飲み込まれていた人々が、ドロドロになりながらも、個別の人間として吐き出されていく。

私は、汚泥まみれになった広場の中心に、仁王立ちしていた。

ドレスは汚れたが、私の輪郭は1ミリも溶けていない。


「グリゼルダの方が、よっぽど骨があったわ」


私は、足元でピクピクと痙攣する残骸を、ヒールで踏み潰した。


夕暮れが街を覆い始めていた。

二つの厄災――真紅の垂直爆発と、蒼き粘液の氾濫――に見舞われた王都は、奇妙な静けさと、泥と灰の匂いに包まれていた。

瓦礫の山の一角に腰を下ろし、私とエラーラは缶詰を分け合っていた。


「……フム」


エラーラが、空になった缶詰を指先で回しながら、眼鏡の奥で私を見据えた。

その目は、科学者の冷徹さと、それとは異質の、奇妙な湿度を帯びていた。


「ナラ君。君は見事だ。グリゼルダのような『自滅する閉鎖』も、アガピウスのような『軟弱な同化』も、君はその圧倒的な『個』の力で否定してみせた」


「当然でしょ。どちらも美しくないわ」


「……だがね、ナラ君。『孤高』の稜線は、ナイフの刃よりも細い。一歩足を踏み外せば、そこはグリゼルダが落ちた『孤独』という名の地獄谷だ。……君のその強靭すぎる自我は、いつか君自身を焼き尽くす燃料になるかもしれないよ」


それは、珍しく感傷的な、エラーラからの忠告だった。

若き日のグリゼルダが持っていた傲慢な輝きと、今の私が持つ輝きが、酷似していることに気づいた故の警告。


「アンタは一つ勘違いしてる」


私は、ドレスの裾についた泥と、アガピウスの残骸である青い粘液を、汚いものを払うように振り落とした。


「グリゼルダは、群れから外れた『家畜』よ。だから世界という狼に怯えて、破裂した。アガピウスも、一匹じゃ何もできない『家畜』よ。だから他の個体と混ざり合おうとした」


私は、瓦礫の山の頂上に立った。

眼下に広がる、傷ついた王都を見下ろす。

明かりが灯り始め、人々が傷を舐め合いながら、また明日へと生き延びようと蠢いている。

この街は、ジャングルだ。

弱ければ食われる。賢くなければ罠にかかる。運が悪ければ、空から理不尽な暴力が降ってくる。

私は鉄扇を「パチン」と鳴らし、夕闇が迫る空に向けた。


「あたしは『猛獣』。孤独?上等じゃない。百獣の王が、なぜ、群れる必要がある?」


もし、私のプライドが私を焼く燃料になるのなら、世界を焼き尽くすまで燃えればいい。

もし、この道が地獄へ続いていたとしても、あたしはその谷底で、一番美味い肉を食らって生き延びてやる。

私は背を向けた。

エラーラが後ろで何か言いたげにしていたが、私は聞かなかった。

私は、夜の闇へと足を踏み出した。

独り。

私は、研ぎ澄まされた爪と牙だけを頼りに、この残酷で美しい世界を生き抜いてみせる。

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