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ヴェリタスの最終定理2 ナラティブ・ヴェリタス  作者: Wan Liyue 王璃月
派遣される最強の奴隷

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第2話:派遣される最強の奴隷(2)

「あ、あのぉ……ナラティブさん……?」


玄関のドアが、遠慮がちに開いた。

入ってきたのは、今朝ラスクをくれたひ弱なパン屋のアルバイト、ジンタだった。

彼は店売りの残りのパンの耳を抱え、おどおどと室内を見回した。

そして、強面の男たちと、追い詰められている……ように見えるナラを見て、顔色を変えた。


「な、なんだお前らは!ナラティブさんに何をしている!」


ジンタの声は裏返り、足はガクガクと震えている。

ゴンダが面倒くさそうに睨んだ。


「あぁ?部外者は引っ込んでな」


「ひっ……!ぼ、暴力反対!」


ジンタは腰を抜かしそうになりながらも、ナラの前に立とうとした。

それは一見、勇気ある行動に見えた。

だが、エラーラが鋭く言った。


「ナラ君!前の敵3人は無視しろ!後ろの味方1人に気をつけたまえ!」


「……ええ。分かってるわ」


ナラもまた、鉄扇の切っ先を、外道ではなくジンタの方へ僅かに向けた。


「え……?」


ジンタがキョトンとする。


「ナラティブさん?僕僕が守りますから!ほら、下がっていて!」


ナラはため息をついた。

こいつは分かっていない。

ゴンダやヒルメのような「論理的な悪意」は、損得勘定さえ合えば制御できる。

だが、ジンタのような「感情的な善意」は、往々にしてタチが悪いということを。


「守るって……アンタに何ができるのよ!帰りなさい!」


ナラが冷たく突き放す。

だが、ジンタの脳内では、彼は「悲劇のヒロインを救う騎士」に変換されていた。


「大丈夫です!僕、こんなこともあろうかと……これを!」


ジンタが懐から取り出したのは、怪しげな紫色の巻物だった。


「露店で買ったんです! 『どんなトラブルも一発解決・浄化のスクロール』!これを使えば、悪い人たちは改心して帰っていくって!」


「待ちなさい!それは……!」


エラーラが叫ぶ。


「えいッ!!」


ジンタは聞かなかった。

彼は「良かれと思って」、巻物の封を切った。

巻物から溢れ出したのは、聖なる光――ではなく、ドス黒い瘴気だった。

それは浄化のスクロールなどではない。

違法な『魔界ゲート解放呪文』の廃棄品だったのだ。


「うわあああ!?なんだこれ!?」


ゴンダとヒルメが悲鳴を上げる。

リビングの空間が歪み、裂け目が生まれた。

そこから、ヌメヌメとした触手を持った下級悪魔が這い出してくる。


「どうもはじめまして!殺しを生業とする『悪魔』と申します!よろしくお願いします!」


「わ!?」


ジンタはパニックになり、手当たり次第に物を投げつけた。


「あっち行け!シッシッ!」


彼は、ゴンダとヒルメの『契約書』を投げ込んだ。


「やめたまえ!それは!」


ファイルが悪魔の口に吸い込まれる。

そして、悪魔は書類を読み込み、一枚の羊皮紙を吐き出した。

それは、赤黒く変色し、禍々しい魔力を放っていた。


「契約成立、ということで。ありがとうございます。では、5,000万クレストを徴収致します!」


「……はあああ?」


エラーラが頭を抱えた。


「……最悪だ。ナラ君。債権譲渡だ。君の名義で、魔界に5,000万クレストの借金が発生したよ……」


リビングは地獄絵図と化した。

そして、その中心で。

ジンタは、へらりと笑った。


「あーびっくりした。でも、ナラティブさん! 悪い人たち、腰を抜かしてますよ!僕のおかげですね!借金なんて、悪い人たちに払わせればいいし……結果オーライですよね!さ!仕事仕事!」


乾いた音が響いた。

ナラの鉄扇が、ジンタの頬を張り飛ばしたのだ。

手加減なしの一撃。ジンタは壁に激突した。


「……ざけんじゃないわよ」


ナラが見下ろす。

その目は、ゴンダたちに向けるものより遥かに冷たく、軽蔑に満ちていた。


「アンタ。自分がしたこと、分かってる?あたしの自宅に魔界への穴を開け、あたしの名義で借金を作り、あたしの家族を危険に晒した。……それが『味方』のすること?」


「だ、だって……!」


ジンタは腫れた頬を押さえて叫んだ。


「僕は、君のためにやったんだ!君が困ってたから!助けてあげようと思ってしてあげたのに、なんで殴るんだよ!『ありがとう』か『ごめんなさい』だろ!?普通は泣いて喜ぶところだろ!?」


「自宅に穴を開けて借金を作れなんて、頼んでないわよ?」


ナラティブは吐き捨てた。


「アンタのそれは善意じゃない。『おせっかい』よ。迷惑なの。消えなさい」


その言葉が、ジンタの中のスイッチを押した。


「……めいわく?」


ジンタの瞳から、理性の光が消えた。

代わりに宿ったのは、濁った、粘着質な闇。


「……そうか。分かったよ」


ジンタは立ち上がった。

ふらふらと、研究室の奥へと歩いていく。

そこには、エラーラが実験用に置いていた『対魔導コーティング液』のタンクがあった。


「僕がこれだけ尽くしても、君は僕を見ないんだね。君は、あの悪い人たちとおなじだぼくのじゅんすいなあいをふみにじるんだねそうなんだねそうかいそうかい……」


ジンタは、自らタンクの中に飛び込んだ。

全身に、銀色のネバネバした液体を浴びる。

それは、あらゆる魔法や物理魔術を無効化する、最強の防御膜だ。

そして、彼は近くにあった医療用の『魔導ノコギリ』を手に取った。

高速回転する刃が、不吉な音を立てる。


「ナラティブさん?マジで、チョベリバですよ。ヤクザをギャフンと言わせするために、こんなにシャカリキにやったのに、先にドロンするなんて酷いじゃないですか。いつからそんなスットコドッコイになったんです?謝るか、そうだな、ニャンニャンさせてください。もしくは、殺す。あはははは!」


銀色の液体を滴らせながら、何らかを語りながら、ジンタは笑った。

その笑顔は、もはや人間のそれではなかった。


「僕を拒絶するなら、君はいらない。他の男のものになるくらいなら……僕の手で、バラバラにしてあげる。あははははは!」


ジンタの目は完全に決まっていた。

彼はノコギリを振り上げたが、そこでふと……生存本能とも卑屈さともつかない、勝てそうな相手にだけは強く出るという「弱者の計算」が働いた。


(……待てよ。ナラティブさんは強い。勝てない。ならば。)


ジンタの視線が泳ぐ。

ターゲット変更だ。ナラティブさんが一番大切にしているものを壊せば、彼女は僕を見るはずだ。


(あそこの二人組……ゴンダとヒルメ。……いや、あいつらは男だから怖い。逆にボコボコにされそうだ。)


その時、騒ぎを聞きつけた1階の住人たちが顔を出した。

獣病院の院長、ケンジと、その妻アリアだ。


「なんだこの騒ぎは!」


ケンジが叫ぶ。


(……こいつは男だ。勝てない。パス。)


「……あなたたち、私の安眠を妨げるつもりですか?」


アリアが、モップを構えて仁王立ちした。その背後には、歴戦の騎士団長クラスの覇気が立ち昇っている。


(……あれは女だが、見るからに強そう。ヤバい。本能が「死ぬ」と言っている。パス。)


ジンタの視線は、消去法で最後の一人に定まった。

白衣を着た、褐色の女性。

エラーラ・ヴェリタス。


(……こいつだ!女だし、弱そうだし、武器も持ってない。

こいつを人質に取れば……あるいは殺せば、ナラティブさんは、もう僕のものだ!)


「うおおおおお!覚悟しろ、白衣の女!」


ジンタは、魔導ノコギリを振りかぶり、エラーラに向かって一直線に突っ込んだ。


「お母様ッ!?」


ナラが叫ぶ。

エラーラは逃げなかった。

彼女は、迫りくる高速回転のノコギリ刃を前に、ゆらりと右手を差し出した。

けたたましい金属音と火花が散った。

なんと、エラーラは薄い魔導ゴム手袋一枚で、回転するノコギリの刃をガシリと掴み止めていたのだ。

ジンタが驚愕する。

だが、次の瞬間。

エラーラの膝がガクガクと震え始めた。

顔を歪め、苦しげな声を上げる。


「う!……ぐあああっ……!な、なんてパワーだ……!対魔導コーティングが、やられる!?……いかん!……このままでは……切断される……!」


「……??……へ、へへッ!そうだろ!僕の力だ!」


ジンタは調子に乗って押し込んだ。

実際には、エラーラの手は微動だにしていないのだが、ジンタは自分が押していると錯覚した。


「……この私が押されているだと!?……ま、待ってくれ!……少年……!」


エラーラは、息も絶え絶えで、ジンタに囁いた。


「こ、このままでは……共倒れだ……。提案がある……と、取引を……しないか……?」


「取引ぃ?」


「そうだ……。今、ここには解決すべき問題が山積みだ……ううっ…

ひとつ、破壊された獣病院の修理。

ふたつ、あの外道たちへの賠償と説得。

みっつ、開いてしまった魔界ゲートの封印。

そして、よっつめは……君が作ってしまった『ナラティブの』5,000万クレストの借金……

この、4つだっ……!」


エラーラは、苦悶の表情で言った。


「うぐっ!……私は……もう、限界だ……。だから、役割分担をしよう……。1から3までの『面倒な作業』は、私がすべて引き受ける!全部!……全部だッ!……ぐはっ!……だから!……くっ!……君は……残りのたったひとつ……『5,000万クレストの借金』だけを、何とかしてくれないか……!?それだけでいい!……た、頼む……ッ!」


ジンタの脳内で、ドーパミンが爆発した。


(えっ?獣病院の修理も、ヤクザへのお客様対応も、魔界の悪魔の処理も、全部こいつがやってくれるの?僕がやるのは……ナラティブさんの借金を肩代わりするだけ?)


ジンタにとって、それは願ってもない申し出だった。

彼の脳内で、彼は善人である。

彼は「ナラティブの役に立ちたい」のだ。

修理や戦闘なんて地味なことはどうでもいい。

「僕がナラティブさんの借金を背負ってあげたんだ!」という悲劇的かつ献身的な事実こそが、彼の歪んだ愛を満たす最高のスパイスなのだ。


「……本当か?ナラティブさんの借金を、僕が払っていいのか?」


「ああ……頼む……!君の『愛』で……ナラ君を救ってやってくれ……!れ、連帯保証人に、なるのだっ!契約すると言ってくれっ……!……もう……これ以上私は保たないっ!」


エラーラは、女優顔負けの必死さで訴えた。


「分かった!契約するッ!」


ジンタは叫んだ。


「その借金、僕が背負う!ナラティブさんのためなら、5,000万なんて安いもんだ!」


「言質は取ったよ。」


「!?」


その瞬間。

エラーラの表情から、「苦悶」がスッと消えた。

彼女は、掴んでいたノコギリを、指先でピンと弾いた。

鋼鉄製のノコギリが吹き飛び、空回りをしながら爆散した。


「え?」


「契約成立だ。」


エラーラは涼しい顔でパチンと指を鳴らした。

一瞬だった。

壊れた壁や床が、時間逆行魔法で元通りになった。

開いていた魔界ゲートが、物理的な魔力圧縮で強制的に閉じられた。

リビングは、何事もなかったかのように綺麗になった。


「1、2、3、解決完了」


エラーラは、呆然とするジンタの胸ポケットに、魔界の借用書をねじ込んだ。


「あとは頼んだよ、少年。君の愛の重さ、見せてもらおうか。」


隠れていたゴンダとヒルメが、おずおずと顔を出した。

彼らは状況を理解するのに数秒かかったが、すぐに「商機」を嗅ぎ取った。

目の前には、5,000万クレストの借金を肩代わりした、洗脳しやすい弱者・ジンタがいる。

そして、エラーラとナラは、もう敵対する必要がない。


「……おいヒルメ。ナラティブから金を絞るのは無理だ。命がいくつあっても足りねえ」


「ああ、ゴンダ。だが、あのボウズを見てみろ。『借金を背負えて幸せ』みたいな顔してやがる」


二人の外道は、ニタリと笑った。

彼らはジンタの両脇を抱え、親しげに肩を組んだ。


「よう兄弟!5,000万の借金、大変だなあ!でも安心しろ。俺たちが『いい仕事』を紹介してやるよ!」


「漁船でも、臓器売買でも、何でも斡旋してやる!お前の愛を証明するためにな!」


ジンタは、涙を流して喜んだ。


「ありがとう……!僕、働くよ! ナラティブさんのために、働くよ!」


「ああ、いい心がけだ! 行くぞ、俺たちの新しい人財(かねずる)!」


ゴンダとヒルメは、ジンタと仲良く獣病院を出て行った。

彼らは嬉しい。扱いやすい極上のカモが手に入ったからだ。

ジンタも嬉しい。ナラの役に立てる上に、働く場所を与えられたからだ。


リビングには、静寂が戻った。

ナラは、鉄扇を閉じて、大きく息を吐いた。


「……お母様。アンタって、本当、性格悪いわね」


「心外だね。私は『最適なリソース配分』を行っただけだよ。外道には金づるを。ストーカーには献身の機会を。そして我々には平穏を。……これを『三方良し』と言うのだよ」


エラーラは、優雅にコーヒーを啜った。


「ま、助かったわ」


ナラも苦笑した。

ジンタが背負った借金は、おそらく彼が一生かかっても返せないだろう。

彼は外道たちに骨までしゃぶられ、ボロ雑巾のように使い潰される運命だ。

だが、同情はしない。


「さて、仕事に戻るか。今日は、本当に疲れたわ」


ナラは、窓の外を見た。

最強の母娘は、顔を見合わせてニヤリと笑った。

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