第19話:心配する心
「茜ちゃんもいるのか? 珍しいな」
父さんは伸びっぱなしの無精髭をいじりながら、どこか含みのある笑みを浮かべる。
「特に理由はない。ニヤニヤすんなよ」
その表情に妙な意図を感じて、先に釘を刺しておく。
「嚮夜さん、こんにちは!」
「こんにちは、茜ちゃん。よかったらお昼ご飯、一緒にどうだい? ごちそうするよ」
うちの家族は、餌付けでもするみたいに軽率にご飯を与える。
「本当ですか! ちょうどお腹ぺこぺこです!」
タダ飯とわかった瞬間、満面の笑みだ。
現金なやつである。
「朱里さんの謎ごはんから逃げてきたところだ……」
念のため、腹ペコの原因を補足しておく。
「あぁ……そうなのね……」
父さんの顔から、すっと笑みが引いた。
――蘇芳朱里被害者の会の会員は、ここにもいたらしい。
「話は昼ごはんを食べた後でいいか? ……猫さんも」
わざとらしく、夜に視線を向ける。
「うん、問題ないけど……父さん、知ってるのか?」
「美樹からよく話を聞いていたしな。会うのは――美樹の葬式以来か」
一瞬、時間が止まったような気がした。
夜が、アイスブルーの瞳を見開く。
それから父さんをじっと見つめ――静かに目を閉じた。
長寿庵に入れたのは、十五分ほど過ぎた頃だった。
座敷に上がると、くつろぐ茜と、相変わらずにやにやしている父さんが目に入る。
まるで悪戯に成功した子供みたいな顔だ。
夜は店の外で日向ぼっこをして待っている。
……たぶん、俺は顔に出ている。
「言う機会がなかったんだ。悪かった」
「いいよ。俺も聞かなかったし」
先に謝られると、どうにも立つ瀬がない。
……むしろ今回の相談は、話が早そうだ。
「私、オムライスね!」
空気を読んでいないのか、読んだうえでなのか。
茜の一言に、少しだけ救われた気がした。
昼ご飯を平らげたあと、因幡会館のテラスで話をすることになった。
食後の眠気に負けて、茜はうとうとしている。
その隣で――
テーブルの上に、真っすぐ座る夜。
俺の正面に座る父さんを、じっと見据えている。
「小僧、久しいな」
「夜さま……でよろしかったかな。こちらこそ、お久しぶりです」
緊張のためか、父さんはわずかに姿勢を正した。
「早速、本題だ。いろはから事前に聞いていると思うが――
霓ヶ崎にある“楽器”の所在を確認したい」
「楽器、ですか」
「神楽で用いるものだ。笙、琵琶、神楽笛、和琴……それに鼓の類」
「いくつか把握していますが……墨染所蔵以外、ということですよね?」
「無論だ」
父さんは人差し指で顎に触れ、思考を巡らせる。
いつもの癖だ。
「墨染以外となると……旧市街地の各地区と、新市街地の一部ですね。回るには、骨が折れますよ」
「そうか」
夜の長い尻尾が、ぱたん、とテーブルを叩いた。
「父さん、ちなみに把握してるのって何ヶ所あるの?」
「市や大学、神社で保管されているもので十件ほどだな。ただ、四十年以上前のダム建設で水没した寺社仏閣も多い。そこから運び出されたものや、新市街の新嘗祭の神楽もあるはずだ……」
一度言葉を切る。
「正確には把握しきれていない。多めに見積もって、三十ほどだろう」
新市街地は、もともと農地だった場所が多い。
新米を神に奉納する新嘗祭に、神楽を捧げる文化があったはずだ。
「とりあえず、父さんが把握してる場所と白化の被害が出た場所を照らし合わせよう。あとは虱潰しだ」
「あくまで緋縅がそこにいればいい。眷属がいれば、それが手掛かりになる」
話の意図が掴めず、父さんがわずかに眉をひそめた。
「お役に立てず、申し訳ありません。夜さま」
「よい」
すん、とそっぽを向く。
尻尾が前足に巻きついた。
「ちなみに……なぜ楽器を? それも、古いものを探している理由をお聞きしても?」
「……」
一瞬、夜が俺を見る。
だが――答えるつもりはないらしい。
「たぶん、俺のことを気にしてくれてるんだと思うけど……大丈夫だよ」
できるだけ軽く言って、少し逆立った夜の背を撫でる。
尻尾が、また机を叩いた。
「最近、市内で頻発している小火は知ってる?」
「あぁ、大学でも注意喚起されていたな」
「昨日、その小火に――襲われた」
「……ん?」
ガタリ、と音を立てて父さんが立ち上がる。
そのまま飛びつくように、俺の両手を強く掴んだ。
「怪我はしてないよな」
「無傷でいられるほど、俺は強くないよ」
心配が伝わるほど、父さんの手は小さく震えていた。
――父さんが親でよかった、と心底思う。
「心配はいらないよ。夜もいるし……困ったらじいちゃんにも父さんにも相談するし――」
一拍置く。
「頼りないけど、茜もいるしさ」
「それは……いろはにしか出来ないことなのか?」
冷たい手を、今度は俺が握り返す。
「母さんの子供の――俺にしかできない」
……我ながら、ずるい言い方だと思う。
「そうか……」
父さんは、ゆっくりと手を離した。
ガタン!!
「いっっったい!!!!! 」
引かれた手の代わりに、茜が机に前のめりに突っ込んだ。
「茜ちゃん、大丈夫かい!?」
父さんが駆け寄り、夜は俺の膝にぴょんと飛び降りる。
驚いたことは悟られないようにすまし顔をしているが、尻尾が倍ほどに膨れていた。
「机、凹んでないか確認したほうがいいぞ。弁償とかになったら高そうだし」
「あんた! 私の心配しなさいよ!」
おでこを押さえながら抗議する。
……おい、涙目じゃねぇか。




