21
次の日、再びオーベール地区に向かう。今度は一人で行ったが、緊張するような物騒な事は起きなかった。工房の扉をノックする。
「スカーレットです」
「あぁ、はいれ」
中に入ると、ザウルのお爺さんともう一人男の人が座っていた。
「おはようスカーレット。こいつが、おまえの先生だ」
筋肉ムキムキで、黒髪の男がスカーレットを見る。
「やぁスカーレット。話しは聞いているぞ俺はラスカーだ」
身体動かすのが大好きそうな感じの人だ。
「よ、よろしくお願いしますラスカーさん……」
「うん、よろしく。それじゃ外に出ようか」
外に出て、彼はスカーレットを見る。
「ちょっと前屈してみてくれるかな」
スカーレットは身体を曲げてつま先に手をつける。
「柔らかいな、良い事だ。身体が柔らかい方が怪我をしにくい、これからも柔軟をこまめにやってその状態をキープをする事」
彼はくるりと回って路地の向こうを見る。
「では、まず走り込みからやる。ついて来なさい」
「はい!」
彼は走って行く。私は驚きながら後を着いて行く。今日は動きやすいようにズボンを履いていた。私は彼の背を追って走った。ラスカーは私の様子を見て、ペースを落とし、丁度いいところとで、一緒に走ってくれた。
はっ、はっ、と息を吐きながら走る内に、徐々にだが走る事に体が慣らされていき、気持ちよくなった。
三十分程でジョギングは終わる。私ははぁはぁと息を吐きながら座った。タオルで汗を拭いて、持参した水筒の水を飲んだ。疲れたけど、気持ちの良い疲れだった。
「足の早さはまずまずで、体力もそれなりにあるな」
長年農作業にいそしんだスカーレットの身体はとても体力があった。
「では、しばし休憩だ。少し待ちたまえ」
ラスカー木で出来たナイフをバックから取り出す。
「君はまだ小さいから、とっさの護身にはやはりナイフがちょうどいいだろう」
私はナイフを受け取る。
「よし、では基礎的な護身の動きを教える」
「はい!」
私はラスカーの動きを真似て、その動きをしっかりと覚えた。
三時間後授業が終わる。
「まぁ、こんなところかな。とにかくまずは基礎の型を頭に入れる事」
スカーレットは何度も頷いた。咄嗟の時に考えずに身体が動くようになるまで身体に覚えさせなければ。
「さて、授業も終わったし飯を食うぞ。君も食って行くだろ」
彼がにこにこ笑う。
「喜んで!」
「じゃあ俺は料理して来るから、しばらくザウルの爺さんのとこで待っていてくれ」
「はい」
彼は隣の家に入って行く。スカーレットは、それを見送った後にザウルの家に入る。
「ザウルさん入って良いですか?」
地下の扉をノックする。
「入れ」
返事を聞いて中に入る。ザウルさんは、分厚い本を見て何かを書いていた。スカーレットは机の上を見る。
「薬草ですか?」
机の上にはガラス瓶に、いろんな薬草が入っていた。そしてザウルさんの手元に置かれている本も薬草について書かれた本だった。
「うむ、そうだ。わしは自生する薬草について研究し本にしておる」
クラビスの同業者だろうか。
「クラビスさんって知ってますか?」
尋ねた瞬間にザウルさんが目を見開いた。
「何故あやつの名を……」
「以前、村にいらっしゃったので勉強を教えて貰ったりしてました」
聞かない方が良かっただろうか。
「どの村の出身だ」
「ルルス村です」
「あぁ、なるほど。あそこにはユーリスもいたな」
「ユーリス先生も知っているんですか?」
「知っているさ。あの小僧達は、よくわしの研究を手伝っていたからな」
「そうなんですか」
同業者というか、お師匠さんなのか。
「クラビスの奴は変わり者だろ」
「そ、そうですね」
「あれは大学内で収まる器では無いからな。なによりあの観察眼と、フットワークの軽さ。外に出なければ勿体無い」
ザウルさんが眼鏡を置く。
「ユーリスの方も良い研究者だった。その癖、他者との協調性があって随分助けられた」
二人の先生の話しを私は、うんうんと頷いて聞いた。誰かが、誰かを褒める話しは聞いていて嬉しくなる。
「まぁ、しかし。おかげでよくあやつらの問題解決を手伝わされたがな」
穏やかな表情が一変して、気難しそうな顔になる。
「クラビスは頻繁に問題事に首を突っ込む男だったんだ。ユーリスも人が良いから、それを手伝う。そして、わしに相談しに来るという流れを何度やったかわからない」
「そ、そんなに難問ばかり持って来たんですか……?」
「うむ……。一四、五歳のガキが背負うには厄介過ぎる問題ばかりだった」
「その話し、凄く興味があります」
「まぁ、今後助手になって貰った時に暇つぶしにでも語ってやろう」
「楽しみにしてます」
故郷に帰った時に、二人にこの事を話したらどんな顔をするか今から楽しみだ。
ドアをノックする音が聞こえる。
「料理作って来たぞー」
「はーい!」
スカーレットは椅子から下りて扉を開く。ラスカーが皿を両手に抱えてやって来る。
「ほい、おまちどうさん」
置かれた皿にはお米の上にレタスと味付けされたひき肉がのっていた。タコライスを思い出した。
「冷めないうちに食べるぞ」
ザウルさんがスプーンで食べ始めたのを見て、スカーレットも料理を口に運ぶ。なんと味もミートソースである。これは完全にタコライスだ。
「おいしい!」
「そうか、どんどん食べてくれ」
常々思っていたのだが、この世界の食材は前世の頃に見たものとよく似ていた。(もちろん中には全く見た事の無い食材もある)であれば、発明される料理も似て来るのかもしれない。食べ慣れた料理の味に少し安心した。
「ラスカー。スカーレットは、ユーリスとクラビスを知っているらしい。村で勉強を教えて貰っていたんだとか」
「へー、そりゃ不思議な縁だな」
「ラスカーさんも知っているんですか?」
「おう、知っているさ。あいつらは、面白いコンビだったからな」
「今度話しを聞かせてください」
「おうさ、たっぷり話してやろう」
「少し、わしのやっている仕事についても話しをしておこう」
食事を食べ終わった後にザウルさんが、再びテーブルの上に本を開く。食事が終わった私もお皿を端に置いて、ザウルさんの話しを聞く。
「わしは薬草の研究をしておる。薬草は様々な研究がされて来たが、その知識は系統だててまとめられた本は未だ無い」
「無いんですか」
本があるという事は、量産して印刷する技術はあるという事だ。
「わしの目的は薬草の本を出す事だ。これまでにもいくつか本を出した」
ザウルさんが本棚から数冊本を持って来てテーブルに置く。
「わしは生涯を薬草研究にささげておる。なにしろ、あれらは有益なものが多いからな。特に庶民の間でも昔からの民間療法として様々な薬草の知識が伝えられている。わしは、その情報を一つにまとめ、実験を繰り返して効能と副作用をまとめた本を出した」
差し出された本を見て驚く。
「これは、庶民向けの本だ。薬草の採取方法、見た目の図解、使い方と保存方法などがわかりやすく書いてある。治療師が近くにいないもの、治療師にかかれないものでも扱えるように書いた」
薬草版家庭の医学のようなその本は、現在スカーレットの通っている学園で教科書として使われている本だった。
「これは現在シリーズで五冊ほど出ている」
人気の本みたいだ。ちなみ薬草だけなく、食べるとまずい毒草についても収録されていた。
「それからこちらは研究者向けの本だ。古くからの伝承、本にまとまれられた知識を実験して立証した後にデータを載せている」
こちらは図鑑のような本だった。
「現在のわしは、主にこちらの図鑑を完成させる事を仕事にしている」
スカーレットは頷く。大変立派な仕事だと思う。
「他の本に出て来た内容を検討する為に薬草を採取して実験をしている。おまえには、採取と実験の助手をやって貰う」
「た、大変そうですけど頑張ります」
「なに、おまえさんならすぐ覚えるさ」
ラスカーがスカーレットの背中を叩く。
「話しは以上だ。引き続きラスカーとの体作りを頑張れ」
スカーレットは頬を掻きながら頷く。
「では、説明がすんだところで訓練に行くぞ!」
ザウルの話しが終わると、スカーレットは再び、ラスカーと訓練をしに外に出た。スカーレットの訓練が終わるのはいつ頃なのだろうか。
つづく




