20
この世界にも春夏秋冬はやって来る。そして、夏の暑い時期には長期のお休みがあった。沢山課題も出るのだが、長い休みの間に何をするべきかスカーレットは考えた。
寮のベッドで目を覚ます。夏の長期休暇の最初の頃は実家に帰る子が多い。しかし、帰るだけでお金が沢山いるのでスカーレットは寮に留まる事にした。友人達の使う左右のベッドも空いている。人がまばらにしかいないベッドの間を通り抜けて、洗面所に向かう。歯を磨きながら、今日は何をしようかなぁと思った。
そして、ラウンジで教科書を開いた。まぁ、なにはともあれ課題をやらなければ。スカーレットは課題に目を通して、カレンダーに毎日の課題スケジュールを書いた。何事もコツコツやらなければ。終わりの日に泣く目に合うのは避けたい。前世で既に泣く目にあった事があるので今回はその事態を避けたいのが本音である。
「困難は分割せよって言うし、毎日少しずつやった方が実はのところは楽なのよね……」
スケジュールを書き終わってカレンダーを眺める。余裕を保たせたスケジュールは、充分可能な計画表に見えた。
「うん、よし」
カレンダーを横に置いて、改めて今日の分の課題に取り掛かった。ウェルズ語の問題を解き始めた。
一時間半後、無事に課題は終わる。スカーレットは伸びをして、開放感を味わった。
「なぁなぁ」
話しかけて来たのは、アイリスだった。
「あれ、実家に帰ったんじゃなかったの?」
アイリスはスカーレットの斜め前の椅子に座る。
「いや、実家って言ってもおれの家コノートの中にあるし、毎週帰ってるから新鮮味が無くてな」
アイリスはテーブルにおかれたクッキーをつまんで食べる。
「スカーレットは実家帰んないのか?」
「うん、私はずっとコノートにいるつもり」
「そっかー。じゃあさ、ちょっとバイトでもしてみないか?」
突然の話題に首を傾げる。
「アルバイト?」
「おれの知り合いがさぁ、人が足りないから誰か探して来いってうるさいんだ。給金の方は悪くないしやってみないか?」
スカーレットは悩む。生前高校生だった私には、一度も就労経験が無かった。
「どんな仕事なの?」
「まぁ、ちょっとした素材集めさ」
「素材? 危ない仕事……?」
「まぁ、国の外とか出るし魔物のいるところにも行くな。でも、その辺はちゃんと戦闘慣れした傭兵連れて行くから大丈夫だ。それより、素材を採取して管理記録する人員が欲しいんだってさ。おれはそういう細かいの無理だし、スカーレットなら出来るかと思ってな」
「そ、そうかなぁ」
以前の試験順位を根拠に彼女はこの仕事を私に紹介してくれたらしい。
「私もあんまり細かい作業は得意じゃないんだけど、興味はあるな」
せっかく紹介して貰った事だし、試しにやってみよう。まだまだ世の中への知識の少ないスカーレットにとって、いろんな経験を学生の内にしておく事は大事だ。
「おっけー! じゃあ、早速行かないか?」
「え、今すぐ?」
「善は急げって言うだろ?」
机の教科書を片付けて上の階に戻しに行き、私は彼女に引っ張られて寮を出た。
「オーベール地区には来た事あるか?」
スカーレットは首を横に振った。
「すっげー面白い場所だから楽しいぜ!」
彼女はにこやかに笑った。私はどきどきしながら、彼女に着いて行った。
オーベール地区は全体が裏路地のような場所だった。薄暗くひっそりしているのだが、人の気配はある。壁には品の無いらくがきがあり、道にはゴミが落ちている。
「おっすアイリス」
「おっす、これから酒場か? 飲み過ぎんなよ」
「おうおう、わかってるって」
一人で来るのには恐ろしい場所だが、アイリスにとってはここは生まれ育った居心地の良い場所のようだった。彼女が道を歩けば、通りかかる人が声をかける。表通りでそんな光景は見ないのだが、どうもこの地区は人と人の繋がりが密な場所のようだ。
「ここだ」
彼女は一際人通りの無い場所で立ち止まる。見上げた建物は古く、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。彼女は扉を開けて中に入る。中は空き部屋で人の住んでる気配は無い。真ん中に、地下への階段が見える。彼女は薄暗い階段を下りる。すると、明かりのもれる扉が見えた。
「お、爺さんいるな」
彼女は扉をノックして返事がある前に開けた。
「ザウルの爺さん、入るぞ!」
「こら、ちゃんと返事を聞かんか!」
神経質そうな老人が試験官と羽根ペンを手に振り返る。
「すまん!すまん!」
彼女は全く悪びれた様子は無かった。
「それよりほら、助手連れて来たぞ」
私は緊張しながら前に出る。
「スカーレットと言います。よろしくお願いします」
お爺さんが私を見下ろす。
「おい、アイリス。わしは確かに誰でも良いから助手が欲しいと言ったが、こんなに小さい娘っ子に出来る程簡単な作業でもないぞ」
私は現在11歳。背も低く、まだまだ子供だった。
「いやいや、この子これでコノート学園の一年生だからな。こないだの試験なんて、五十一位だっかたんな! おれなんか五百番だぞ!」
彼女は胸を張った。
「おまえさんは、もちっと勉強せんか。しかし、ふむ……勉強は出来るようだな」
彼は髭を触って私を見る。
「おまえさん魔法は使えるか」
「あ、あの。私、火の魔法しか使えないんです」
私は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
「火だけか?」
「火だけです。そういう障害なんだって言われました」
やっぱり一つの魔法しか使えないのは珍しいし、こういう時に不利になるんだろうか。
「スカーレット。“火しか使えない”じゃなくて、“私は火のエキスパートです!”って言った方が好感度高いぞ」
「へ」
見ていたいアイリスがそう助言する。
「短所も長所も見方しだいだろ。な?」
「そ、それもそうだね」
ザウルが腕を組む。
「ふむ」
「な、爺さん。スカーレットは中級の認定魔法使いのライセンスを持ってる。それで、頭も良いし字も綺麗だ。助手にして間違いは無いと思うぞ」
彼女がスカーレットの事を推してくれるのを顔を赤くして聞いた。
「そうさな。なかなかの優良物件のようだ。おまえさん、武器は使った事があるか?」
「な、ないです」
以前洞窟に入った時にナイフを触ったが、最後まで使う事は無かった。
「護身術の授業は男しか必修じゃないんだ」
男の子達は武器を使った授業を受けているのだが、女の子はそれが必修では無かった。その間の女の子は、行儀作法や手芸の授業を受けていた。男尊女卑のような気がするが、この世界では性役割がまだはっきりと決まっているのだろう。
「この仕事では魔物のいる森にも行く。もちろん傭兵は雇うがいざという時の身を守る術は必要だ。魔術が火しか使えないとなると、火の効かない敵が現れた時に対応できない。だから、武器で立ち向かう手段を覚える必要がある」
スカーレットは頷く。
「……魔物と相対した時に対処する手段はいずれ必要になる。護身術は覚えておいても、損は無いぞ。おまえさんにやる気があるんなら、わしが先生向きの男を紹介してやろう」
アイリスが小声でささやく。
「爺さん、顔は怖いけど面倒見はいいんだよ。顔は怖いけどな」
彼は善意でスカーレットの今後の為に先生を紹介してくれるつもりらしい。
「あの、ご迷惑で無いのなら是非紹介して欲しいです。私、頑張ります」
このチャンスを逃してはならない。そして、お爺さんの善意にしっかりと報いなくては。
「よかろう、では明日もう一度ここに来なさい」
「はい!」
「良かったなスカーレット!」
そうして、二人は地下の工房を出た。
つづく




