第一章 連続惨殺事件 第四幕
地下はひんやりとした空気が頬を刺し、鉄の独特の匂いが鼻を刺激する。
渡辺が不意に後ろを振り向くと七三の男はいなかった。七三の男がどこに行ったのかは気になったが黒棺がさっさと進んでいってしまうので仕方なく七三の男のことは忘れて黒棺の後を追った。
その頃、七三の男は台所にいた。
包丁を見つめている。
その包丁は手入れがされてないのか刃こぼれや血がついたままになっている。
階段を降りるごとに匂いは酷くなっていく一方だ。渡辺は我慢できずに鼻を押さえる。まともに嗅いでいたら吐いてしまいそうだ。
それでも黒棺は無表情で匂いを気にすることなく階段を降りてゆく。
突然、階段は終わった。
鼻を押さえるのに必死だった渡辺は不意に止まった黒棺にぶつかって倒れた。
鉄の匂いはより一層きつくなっている。そのきつい匂いの中、無表情で居られる黒棺はやせ我慢なのだろうか。それとも鼻が死んでいるのだろうか。
渡辺はまだ鼻を押さえて周りを見渡す。
どこか広い場所のようだ。でもうす暗く、どんな場所なのかがよく分からない。
黒棺は胸ポケットからライターを取り出して火をつけた。タバコなんて吸っていそうにないのになんで持ってるのかと少し渡辺は疑問に思う。
ライターの火はぼんやりとだが確実に部屋を明るくさせた。そのおがけで部屋の様子が分かるようになった。
部屋の広さは畳、13畳程でコンクリートに囲まれている。
部屋のど真ん中には不気味なオーラを放つ一人用の肘掛付きの椅子があり、椅子の後ろの壁には棚が置かれていて何かがたくさん置いてある。
そして椅子の前の壁には無数の凶器が飾られていた。
黒棺はライターを持ったまま部屋の中を歩き回る。その後を渡辺は緊張させてついて行く。
黒棺はまず肘掛け付きの椅子に近づいた。椅子にはべっとりと血がついていた。もしかしたらきつい鉄臭さはここから来ているのかもしれない。
壁一面の刃物もライターで照らせば血がついているのか分かる。
棚にライターを向けると棚に置いてある物が分かる。
人の手足の入ったガラス瓶だ。
丁寧に両手、両足ともそれぞれ別のガラス瓶に入れられている。
そのガラス瓶が12個ある。
棚の下にある何も入ってないガラス瓶はこれから入れる予定なのだろうかそれにしても多い。
ここまで見ればあの七三の男が惨殺事件の犯人のようなものだ。
後はこれを警察本部に報告するだけだと黒棺は立ち上がって帰ろうとした。
その時、階段を物音一つさせずに降りてくる影があった。
ゆらりゆらりとゆっくりとこちらに来る影が誰なのか簡単に予想がついた。
七三の男だ。その手にはライターの明かりを反射させる何かを持っている。だけど詳しくは何を持っているのかは分からない。
七三の男はゆっくりとこちらに近づいて来る。そのおがけで何を持っているのかが分かるようになった。
右手にライターの明かりを反射するのは包丁であった。白く光る中でドス黒く汚れている箇所が何ヶ所かある。
それが何なのか渡辺には考える余裕すらなかった。
「黒沼さん。最近、この辺りで起こった殺人はあなたがやったんですね」
黒沼とはこの家の表札の名前だ。
そして黒棺は率直に言った。
「あ、あぁ。そうだとも。お、俺が殺したんだよ」
七三の男は震える声で自白した。
「そうですか。では行きますか」
黒棺は七三の男に近づき手錠をかけようとした。しかし
「……。い、嫌だ!」
七三の男は包丁を振り回した。黒棺は分かっていたかのように避けて掠りもしなかった。
「で、でも俺は悪くないんだ」
七三の男は包丁を振り回しながら何かを言い始める。
「全て上司が悪いんだ。俺を頭ごなしに叱るせいだ。そうだ!俺のせいじゃない!」
それは自分の罪を懺悔しない子供の言い訳のようだった。
その後も「ちくしょう、ちくしょう」と言いながら包丁を意味もなく振り回す。
黒棺はそれまで黙って避けているだけであったが不意に拳を挙げると七三の男の顔面を殴った。
不意の一撃に七三の男は包丁を手から落とし地面に倒れ込んだ。
いきなりの一撃に渡辺は七三の男が倒れた後もバカみたいに口を開けて黒棺を見ていた。
そのまま七三の男は警視庁に送られた。
その後、罪を認めた七三の男は全てを吐いた。
七三の男は人並み以上に臆病で完璧主義な性格であった。
そのため会社でも完璧を目指してはいるけどなかなかそれは難しい。
完璧に仕事が出来ない事と上司の叱り声がストレスになる。
しかし臆病な性格が災いしストレスを発散できる機会がなく、七三の男が最後にたどり着いたのが殺人であった。
七三の男が語るに初めて殺した時の気持ちは今までに感じたことのない快感と後悔であった。しかしストレスは新たに溜まる。会社での失敗、上司の怒りは続く一方だ。
ストレスが溜まると七三の男はまた殺人の計画を考える。
七三の男の計画はまず人通りの少ない道で人を気絶させて攫う。攫った人は自分の家の地下にある拷問部屋へと連れて行く。
3回、行われた殺人はほとんど同じ手順で殺していた。
まず攫った人を椅子にきつく縛り付ける。縛り付けた後は水をぶっかけて起こす。
起きるとたいてい叫んだり、暴れるがきつく縛られているから抜け出すことは誰も出来なかった。
その何もできない人を七三の男はただただ殴り、蹴る、を飽きるまでやる。
七三の男にとってその瞬間が一番、快感だった。
うざい上司を思いながら殴ることがとても楽しかった。
殴られ蹴られ、呻く人を見て、七三の男はさも自分が偉くなった気分になる。
殴られた人は顔が腫れ上がり、体中に血が滲む。力なく、空を見つめたり、目を真っ赤にさせて泣いていたりする。
それがまた七三の男を興奮させ快感を覚えさせた。
殴るのに飽きたら七三の男は台所から持って来ていた包丁でまずは両腕と両足を切断する。もちろん生きたままだ。
切断した手足はホルマインも水も何も入っていないガラス瓶に入れて強く蓋をしめる。
その後は内蔵をえぐり出したり目をえぐったりして手足のなくなった死体で充分に遊ぶ。
遊び終わった死体はまず、内蔵は後で食うために冷凍庫の奥の方に押し込む。
残りの手足のない本体は家から離れた人気のないところに捨ててくる。
しかし七三の男は真面目だった。そしてその性格が仇になってしまった。
一人目は家から一キロ、二人目は二キロ、三人目は三キロと死体を捨てていたのだ。
その規則性を黒棺は見抜いたのだ。
そのため黒棺はこの辺りの家を手当たり次第に家宅捜索をしていたのだ。
そして黒棺は探し出したのだ。
───犯人を。
それが今回の事件だった。
七三の男が受ける刑はまだ決まっていない。でも黒棺にとってそんな事はどうでもいい事らしい。




