第一章 連続惨殺事件 第三幕
黒棺は考えていた。今回の事件を。
目の前には手足のない死体が発見された付近の地図が広げてある。死体の発見場所には黒のボールペンで丸くマークされている。
マークされているところはそれぞれ1キロ以上は離れているだろう。
これまで手足のない死体が3体、発見されたか全員、人間関係が見当たらない。全くの赤の他人なのだ。
黒棺はそれぞれのマークを直線で引いてみるが三角形ができあがるだけで特にヒントになることはない。
次に黒棺は2体目に発見されたマークを1体目と3体目を繋ぐ線に垂直に引いた。
それで何かわかるのだろうか。
次に黒棺が取り出したのは定規であった。
それを1体目の死体から垂線が引かれている場所まで計る、3センチであった。実際の距離でちょうど1キロだ。
次に2体目、6センチであった。実際は2キロだ。
最後に3体目も9センチであった。実際は3キロだ。
これは偶然なのだろうか。いや、黒棺はわかっている。
これを刑事長に報告するため地図を持ち黒棺は刑事長のところに向かった。
「なんだ?なんかわかったのか、おまえの推理を聞かせろ」
よくあることなのだろうか。刑事長はだるそうな声を出す。
そんなことを黒棺が気にすることもなく自分の出した答えについて話す。
「この地図を見てください。1体目は1キロ、2体目は2キロ、3体目は3キロになっているのでここに犯人はいます」
黒棺の声には情熱は感じられず冷たい印象を与える。
黒棺は2体目から引いた垂線と1体目、3体目を繋ぐ直線が交錯する点を指差した。
「そんな乱暴な推理で捜査できないから。でもそんなに自分の推理に自信があるなら……うーん。そうだ新入りの渡辺を連れて行きなさい」
「わかりました」
刑事長はあまり黒棺の推理をよく思わなかったが黒棺はさっさと新入りの渡辺のいるところに行ってしまった。
黒棺は渡辺の背後まで行くと渡辺の肩を手で優しく叩いた。
叩かれた渡辺はビクッと体を震わせゆっくりと後ろを振り返る。そこには渡辺が危険人物だと思っている黒棺が立っていた。
「渡辺、捜査に行くぞ」
「えっ?な、何」
渡辺はいきなりのことで何か言おうとしたが言い終わる前に黒棺に連れて行かれてしまった。
黒棺の推理した場所は一軒家が立ち並ぶ賑やかなところだった。
渡辺はなぜここに連れてこなれたのかわからない。
なんの説明もなく黒棺に手を掴まれた。
そしてどこかわからないところに連れて行かれてしまう。
黒棺に連れられたのは赤の屋根の一軒家だ。二階建てでここにはこれの屋根が色違いの家が何個も並んでいる。
その赤い屋根の家のチャイムを躊躇することなく押した。
数秒後、おばさんの声がチャイムのところから聞こえてきた。
「はい」
「警察の者ですか。家宅捜索をしにきました」
その声に黒棺が応える。
しかし渡辺は黒棺の言葉が気になった。家宅捜索、どういうことだ。いきなり連れて行かれたと思ったら家宅捜索ときた。もう、渡辺は何か何なら分からなくなり黒棺の行動に全てを任せた。
「はい。な、なんでてすか?」
黒棺の行動が理解できないのは渡辺だけではなかった。おばさんも全く理解などしていなかった。
「最近、この近くで死体が発見されたので」
死体が発見されたのは1キロも遠くだ。とても近いとはいえない。
「えっ?でもそれって結構、遠くだった気がするんですけど」
「いえ、いちおう家宅捜索をこの辺でもしてるんですよ。早く開けないと逮捕しますよ」
最早、脅している。
ガチャッ。玄関の扉が開いた。
家の中からはふっくらと太った、おばさんが出てきた。
「あの、家宅捜索で何するんですか?」
「まぁ、まずはおじゃまします」
「お、おじゃまします」
黒棺は警察手帳を見せながら堂々と家の中に入る。その後ろで頭をペコペコ下げながら申し訳なさそうに渡辺が入る。
家の中はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
本やゴミ、なんかよく分からない気持ち悪い物が床に平然と放置されていた。その中を黒棺は気にすることなく突き進む。
渡辺もしかたなくついて行く。足場もないような場所を黒棺に置いてかねないようについて行く。
黒棺が広い部屋だか特に汚れているリビングで立ち止まった。
ここはおばさんの主な生活スペースなのであろう。テレビ、背丈の低い机、柔らかそうなクッションがある座椅子、の順で置かれてありその周りは特に汚れている。
黒棺はそのゴミ溜めのような部屋で立ち止まると柔らかそうな座椅子をおもむろに掴んで……投げる。おばさんの物なのに気にすることなく投げた。
その光景を見て渡辺とおばさんは口をあんぐりとバカみたいに開きびっくりする。
「あ、あの。いいんですか」
渡辺は思わず黒棺に聞いてみるが黒棺は手も休めず、こちらを見もしなかった。
黒棺の作業は終わらない。次に黒棺が手をだしたのか背丈の低い机だった。机を座椅子と同じ場所に放り投げる。
机の下も他と同じように汚かった。そこを黒棺は手でゴミを払いのけて床が顔を出す。床はいたって普通だ。どこも不思議なところはない。
だから渡辺には黒棺の行動の意味が分からなかった。
黒棺の作業はまだ続いていた。テレビに向かって歩み寄ってテレビをむんずと掴んで持ち上げた。
流石に投げることはしなかったがゴミがなくなった場所に置こうとしている。
ぶちぶち。とテレビに刺さっていたコードが千切れていく。そんなことを黒棺が気にするはずなどなかった。
「な、なにをするんですか!?」
流石におばさんは我慢の限界がきたらしい。
……もうちょっと早く言えばいいのに。そう思う渡辺だった。
怒鳴られた黒棺は警察手帳をおばさんに見せた。
……職権乱用じゃないのか、これは。と、渡辺は思った。
「け、警察だったらなんでもしていいの。違うでしょ」
「いいんですよ。渡辺、説明してやれ」
「はっ?え、えー!!」
渡辺にとって唐突なことだった。だから説明しろと言われても何をしていいのかさっぱり分からない。
そんな渡辺に厳しい目つきをおばさんは送っていた。
厳しい目つきのせいで渡辺は冷や汗をダラダラと流し、固まった。
「おい、あんた。早く説明しなさいよ」
固まった渡辺を溶かしたのはおばさんの怒声だった。
「え、えと…け、警察は……」
渡辺は声も体も震えていた。最近、警察官になったばかりの渡辺は何を言っていいのか、さっぱり分からない。
渡辺はチラッと黒棺を少しだけ恨みの目で見た。そのときには黒棺は座椅子を元の位置に戻していた。ちなみにテレビと机はもう元通りになっていた。
黒棺がふと、こちらを見て
「おくさん。家宅捜索は終わりました。ご協力、ありがとうございました」
「あ、あら。もう終わり」
おばさんはいきなり黒棺にそんなことを言われ、驚いてはいるがさっさと帰ってくれるのならよかったと思うおばさんだった。
でも一番、安心していたのは渡辺であった。
「大変、失礼しました」
黒棺はおばさんに丁寧に言うと、さっさと玄関に向かった。その後を渡辺がおばさんにペコペコと頭を下げながら追う。
「あ、あの、何をしてたんですか?」
渡辺はおばさんの汚い家から出て、黒棺に疑問をぶつけてみた。
「次はあの家だ」
黒棺は全く話しを聞いてくれはしなかった。
次の家は前のおばさんの家の屋根を青にした家であった。
また、その家のチャイムを躊躇なく押した。
「はい」
チャイムから聞こえてくる声は若い男の陰気な感じが伝わってくる声だった。
「警察ですか、家宅捜索に来ました」
「は?……はい?」
チャイムの向こうの男は疑問符が重なるほど疑問を感じているのだろう。
渡辺にたって黒棺のやっている行動の意味は分からない。
「早く開けてください。逮捕しますよ」
「…………はい」
黒棺の脅しについて力のない声が答えた。
チャイムの向こうから声が聞こえてこなくなって数秒後、扉が重くゆっくりと開いた。
開いた扉の向こうからはこの世の全てが憂鬱に思っているかのような目つきの男が立っていた。
その暗いイメージが渡辺にも伝わってきて渡辺もなんか暗い気分になった。
でも黒棺は気分が暗くなることなどあたりまえのようになくズガズカと家の中に入ってゆく。
それを暗い男が呆然と見つめ、渡辺はペコペコと頭を下げながら家の中に入っていった。
黒棺はリビングに躊躇なく堂々と入っていった。リビングはある程度、片付けられていて壁際には机の上にパソコンがあり、その隣の壁には薄型テレビが置かれてあってパソコンをしながらテレビがよく見えそうな位置だった。後はパソコンの向かいに本棚がある程度でかなりシンプルな間取りだ。
黒棺はそのシンプルな部屋をキョロキョロと見回すと床に敷いてあったカーペットを勢いよくひっぺかした。そのせいで机が動きパソコンが床に大きな音を出して落ちてしまった。
「あー!な、何するんですか」
あの暗い男がその見た目から想像ができない程、大きな声をあげてパソコンを救いに行った。
暗い男はパソコンを救い出すとパソコンを起動させた。
パソコンの画面にはそれを作った会社のマークが映し出された。
パソコンが無事だったことに暗い男はホッと息を吐いた。その後、こちらを暗い瞳で睨みつける。
「壊れていたらどうするんですか!?」
暗い男は黒棺に文句をいったのだろうか。でも黒棺はもう一通り、部屋を見たのか帰ろうとリビングの戸に手をかけているところだった。
「大変、失礼しました」
黒棺は戸を開けながら暗い男に顔だけ向けて言った。
そしてそのまま去ろうとする黒棺に暗い男が慌て言った。
「ちょ、ちょっと。待て!」
しかし黒棺は振り返ることもなく暗い男の部屋から出て行く。それを渡辺は慌て追いかけた。
そして後、三、四件ほど横暴な家宅捜索は続いた。
何を黒棺はしているのが近くにいる渡辺にすら分からなかった。
そして今何件目なのか今何をしているのかもう考えるのを渡辺がやめた頃、チャイムを押した家から出てきたのは髪をきちんと七三分けにして身なりがきちんとしている男だった。
「な、なんですか?」
七三の男は不思議な顔というより怯えた顔をしていた。
でもそういうのを気にしないのが黒棺である。ズガズカと家の中に入っていく。その後ろを身を小さくして目立たないように渡辺も入っていく。
家の中はきちんと整理されていてリビングの戸の右側には本がぎっしりと詰まった本棚があり、部屋の奥には一人用の机の上にデスクトップパソコンが置かれていて隣には印刷機があった。
男の姿を見ても部屋の雰囲気も男がサラリーマンだと思わせるものだった。
黒棺は机や本棚に敷かれているカーペットを特に落とすとか壊すとか考えることなくひっぺかす。本棚から本がパサパサッと落ちてパソコンは大きな音を大袈裟に出して落ちていった。
カーペットのなくなった床には見てすぐに分かる不可思議な物があった。
それは灰色に光る鉄のような物だ。取っ手のようなのも見えているのでこれを上げて地下に行くのだろう。
しかしそんなものが必要なのだろうか。
黒棺はその鉄の扉を無表情でゆっくりと開ける。
ギギギッと耳障りな音を出して地下への階段が正体を表した。
地下から気味の悪い冷たい風と鉄の匂いが流れてくる。
それを無表情で受けている黒棺は。
「これは何ですか?」
「えっ!あっ、うっ……」
黒棺の質問に七三の男は言葉を詰まらせた。
「入ってもいいですか?」
「だ、駄目だ!」
七三の男は声を荒げて黒棺を止めようとしたが黒棺はそんなことを気にする筈がなかった。
黒棺はズガズカと怖じ気づくことなく進んでいく。
渡辺は怖じ気づきながら黒棺の後についていく。
その二人を七三の男は止めることができなかった。




