外壁を越えて
辺りを見渡すが何も見つからない。
物置のようなものが目に入り、中を見たが大したものがなかった。
すると、網切りがどこからかロープをつかんで持ってきたのが見えた。
「有能だなぁ」
そのロープを妖怪達が持ってくれて、私は何とか城の外壁のうえに登ることができた。夜でなければ景色が気になるところだが、暗くてよく見えなかった。
「あとは街に降りるだけだね」
先に垢嘗めと一つ目小僧が下に降りていった。もし落ちたらキャッチしてくれるつもりなのか、両手を広げて待ちかまえている。
〚つかまって、足〛バサッ、バサッ
唐傘お化けが傘を全開に広げて、足に捕まるように催促してきた。
「いいの?」
〚いいよ〛ファサッ
隣の網切りを見ると、ハサミを一度、シャキンッと鳴らした後に、唐傘お化けの傘の先端にある石突き部分をハサミで掴んだ。
(なるほどね)
私は抱きつくように唐傘お化けに摑まる。足の指がカサカサと可愛く動いた。
「よし、じゃあいくよ!」
下の二人に合図を送り、格好良くジャンプする…つもりだったが、直前になって足が竦んでしまった。
〚こわくないよ〛
唐傘お化けに言われて強く抱きつく。すると一度傘を閉じてから、がっしりした足をぐっと曲げて、唐傘お化けはジャンプした。
そして、その時風が強く吹いた。
私は目を瞑ってしまったけど、浮遊感があったので目を開けてみると、しっかりと浮いていた。
「わぁ…すごい!飛んでる!!」
まるでメリー・ポピンズさながら、傘につかまって空をゆっくりと流れている。
城を囲う壁の高さから高度は上がっていないが、ゆっくりゆっくり下がりつつ、しっかりと前に進んでいる。
城下町の外壁をどう越えるかを考えていたら、風に乗れているのもあり、思っていたより飛べている。
「これ、このまま越えられるかも!」
一つ目小僧と垢嘗めが、城下町の路地裏を頑張って走ってついてきているのが見えた。
(頑張って!垢嘗めくん、一つ目小僧くん!)
やがて王都の外壁をギリギリ越えることが出来た。
城を囲う壁よりは低かったので、垢嘗め達も軽々と越えてしっかりと付いてきている。
後ろを見ると傘の向こうに網切りの尻尾がバタバタしていているのが見えた。
「風が気持ちがいいね!みんなすごいよっ!」
「フガフガ…」
網切りがフガフガ言い出した。ついでに唐傘お化けの足がぷるぷる震えている。
「え、うそ!ちょっと、まっ――」
限界をむかえた唐傘お化けが、バサッと音を立てて、お猪口のようにひっくり返った。
三メートル以上はある高さからドスンっと、お尻から落っこちたが、流石は妖怪たち。
垢嘗めと一つ目小僧が、追尾するようにしっかりと下にいてくれた為、受け止めてくれた。お尻で潰してしまったけど。
「ご、ごめんね!!みんな大丈夫!?」
幸いすぐに二人は起き上がり、逆に私の心配をしてくれた。
「私は怪我してないよ。みんなのおかげだよ。ありがとね」
みんなをまとめて抱きしめたあと、「さぁ出発だよ」と声をかけ、立ち上がろうと地面に手をついたその時。
――赤木メアリ。一体どこへいくんだ?
背筋に気持ちの悪い緊張が走る。
振り返らなくとも分かる知った声。今、絶対に聞きたくない声の持ち主。
「……神川くん」
振り返ると、神川リオンとオズモの兵士二人。
それと喜多院元春、原西賢人がいた。
ゴリラのような体躯と顔をした喜多院元春は、両の拳を打ち付けて鳴らし、今にも襲いかかってきそうな顔をしている。
原西賢人はニヤニヤと下卑た顔で私を見下ろしていた。考えていることが碌でも無いことだとすぐにわかる。
「もう一度、オグロ王国勇者神川リオンの名のもとに問う。大罪人、赤木メアリ。牢を抜け出してどこへ行こうというんだ?」
(勇者?)
神川リオンはいつの間にか王国勇者の名を名乗っていた。私を裁く為にわざわざ来たのだろう。
「おかしいよ、同級生だよ?私、何も悪いことなんてしてない!!」
「これからするんだよ。技能開示の儀でお前の精神性は叛逆と判断されたじゃないか。それがすべてを示している」
「そんなことするわけない!考えたこともないよ!」
すると喜多院元春が横入りをして話し出した。
「リオン。こんなのと話なんかする必要ねぇだろ。とっとと殺るだけだ」
「そうそう……ヤるだけだよねぇ〜」
にちゃあと原西賢人が笑う。
それを見ていた一つ目小僧が私の前にずいっと一歩出た。他の妖怪たちも私を守らんと周りを囲んでいる。
その時、経験したことない恐怖感のようなものに駆られて、命乞いをしなくてはいけない感覚がした。
「ほんとにやめて下さい。助けて…お願いします」
私はあまりの無力に体が震え、涙が溢れ出した。
抵抗すればこの子たちも殺されてしまうかもしれない。守れないなら慈悲を求めるしかない。私は土下座をし、許しを請いた。
それを聞いて原西賢人が神川リオンを制した。
「あぁぁリオン君さぁ、見ての通り土下座までしてるわけだしぃ、ここは僕のお顔を立ててぇ、僕に任せてもらえないかな!?赤木メアリを、僕におくれよ!!!」
「…無理だな。裁くのは我々ではなく、オグロ王国の正義だ。ここで死んでもらう、赤木メアリ」
そう言って、こちらへ駆け出した神川リオンの前に一つ目小僧が飛び出した。
だが軽く振られた一振りで、一つ目小僧の首が宙を舞った。
「そんな…なんてひどいことをっ!!」
震える私の手を垢嘗めが舌で絡め取ると、無理やり走り出した。
「正義の鉄槌だ。悪は、貴様だ」
最早この男に理屈など通用しない。私はそう悟った。
「みんな、にげてッ!!」
「逃がさねぇに決まってんだろがぁ!こんな最高なエンタメ、他にねぇんだよ!怪物狩りだぁ!!」
喜多院元春までも走り出し、逃げる私の元へ向かってきた。
その間に入り込んだ唐傘お化けが傘を広げて牽制するが、掴まれると一息で簡単に破り捨てられてしまった。
〚主、ごめんね…にげ、て〛
唐傘お化けの最後の念話が届いた。
唐傘に続き網切りも宙を舞い、ハサミを向けるが、これまた手で掴まれると半分に千切られ、ポイッと捨てられてしまった。
「なめなめ…」
感情が届いた。
さようならって。
垢嘗めは私の手から舌を外し反転した。
振り向きざまに鞭のように伸ばした舌を、容易く摑み取った喜多院は、垢嘗めを無理やり引き寄せた。
前のめりに倒れた垢嘗めの頭を、喜多院は躊躇せずに踏み潰し、ブルっと震えてみせた。
「たまんねぇよ、この感覚!地球じゃこれはやれねぇからよぉ!!」
「はあ、はあ…もうやめてっ!!」
「お前ら邪魔をするな。俺がやる!!!『閃耀の矛盾』」
神川リオンも喜多院元春と同様に、完全に自身の力に酔っていた。
この世界の主人公は、自分だけだと確信している人間の目をしている。
「『断罪者の鎖』。赤木メアリを捕縛しろ」
神川リオンは更に技能を行使した。
突然現れた鎖がジャリジャリと音を立てて、私の体をぐるぐると絡め取る。
立っていられずに私は倒れ込んでしまった。
「カンナバリカさんの指示だ。悪く思うな」
「神川くん、離してっ!おねが――」
私の叫びは最後まで発することさえも許されずに、彼の技能によって中断された。
(みんな…ごめんね。こんなに苦しい、思いを、させてしまって)
胸に突き刺さる剣がずらされ、肺と心臓を破ったのが分かった。
「あーあ勿体ない。こんな美人好きにできるチャンスなんてないのに!僕にくれってばぁ!!」
「そんなもの、僕達ならばいくらでもあるだろ。これからはな」
「ガッハッハ!ちげーねぇ!!!!」
塵みたいな言葉が、私の最後に聞いた言葉だ。




