作戦決行
カツン、カツン、と足音が近づいてくる。
「来たよ……見回り」
私は妖怪たちに目配せする。全員が作戦会議で決めた段取りを開始した。
――カツン、カツン、カツン。
私は部屋の中央に背を向けて座る。一つ目小僧は牢屋の中の死角に隠れた。
垢嘗めと網切りは格子の隙間から通路へ滑り出た。
「みんな、頼んだよ」
妖怪達が静かに頷く。
やがて角を曲がってきた兵士が、松明片手に牢の前を通りかかる。腰には剣を指し、手には杖のような長めの木の棒が握られている。
「巡回だ。こちらを向き、顔を見せよ」
「……」
兵士が格子を叩き、前を向けと指示をする。けれど私は返事をしなかった。すると苛立った様子で兵士が再度問いかけてきた。
「おい!顔を見せろと言っている!言うことを聞かぬと罰を与えるぞ!」
兵士が声を荒げ、牢屋の格子に一歩近づいた。
「……しくしくしく」
「泣いても無駄だ。顔を見せよ」
「……ねぇ、しらない?」
私は気味の悪いトーンで兵士に話しかけた。そしてゆっくりと、背を向けたまま立ち上がる。
「な、なにをだ?」
ゆらゆら、ゆらゆらと揺れながら私は話しかける。
「私の一つ目、しらない?」
「貴様、わけのわからぬことを。いい加減に――」
「……私の目なの」
「馬鹿者め。これより貴様には電気による軽罰を与える」
そう言って、兵士は鍵を胸元から取り出そうと、ポケットに手を入れた。
「……どこなの?ねぇ!一つ目小僧!!」
「黙っていーよー!!!!」
暗がりの中から、坊主頭の一つ目小僧が、決め台詞と同時に、にゅうっと飛び出してきた。
格子越しとはいえ、突然見たこともない一つ目の子供と至近距離で目が合った兵士は飛び上がった。
「――いぎッ!?」
兵士は仰け反ると、悲鳴にもならない声を漏らした。
だがそれだけでは終わらない。
格子の外には、宙に浮かぶ網切りに足を持ってもらっていた唐傘お化けが、逆さの状態でバサッと勢いよく傘を広げる。
おまけでペロっと頬を舐めたのはアドリブだ。
「ぎぃやーっ!!」
とうとう兵士が叫び声を上げたその時。
――べちょ、べちょん、べちょちょ
垢嘗めの長い舌が、格子を通って兵士の足首に巻き付いた。
「ぐっ!!……ッ!」
兵士は白目を向き卒倒してしまった。
作戦会議では、逃げようとした兵士の足を垢嘗めの舌で掴んで、倒れたところを唐傘お化けの立派な足で踏んづけて貰う予定だった。
だが暴力を振るうまでも無く、無力化できたのは幸いだった。
「やったぁ~!みんなありがと〜!」
妖怪みんなと抱き合って喜びを分かち合った。
その後、垢嘗めが気絶した兵士の腰から鍵束を素早く奪い取り、そのうちの一本を舐め回す。
「なめめ」
「これね。よく分かるね」
カチャリ、と小さな音がして、牢の扉が開いた。
「……開いた」
そろりそろりと牢屋から出て、通路を見渡すが誰もいない。
兵士は拘束させてもらい、牢屋へと交代で入ってもらう。
しかし、兵士には思ったよりも大きな声を上げられてしまった。
「誰にも聞かれてないといいのだけれど」
唐傘おばけが先に立って、暗い通路の先を透かし見るように傘を傾ける。
私は妖怪達と一緒に、足音を殺しながら走り出した。
どこをどう走ったのか、あまり覚えていない。
気づけば、篝火の灯る庭園まで出ていた。パーティーの喧騒が遠くに聞こえる。
もう少しで城の外壁だ。
「はあ、はあ……」
息が切れる。振り返ると、四体もついてきてくれている。それだけで、少し泣きそうになった。
(一人だったらどれほど不安だっただろう。それどころか脱出なんて不可能だった。みんながいれば大丈夫だよね)
「もう少しだから頑張って!」
三人は大丈夫そうだけど、垢嘗めが少し辛そうにしている。
時折、「なめ……なめ……」と小声でつぶやいるのが聞こえる。
休んであげたいけど、少しでも早く遠くへ行かないければならない。
兵士が見つかってしまったらアウト。時間との勝負だ。
しばらく走ると、ようやく壁の目の前まで到着した。
「着いた。ハァ、ハァ。」
ここからは妖怪達の出番だ。垢嘗めくんは舌を器用に使い、いろんなところに捕まりながら登っていく。
唐傘お化けは太い足でひとっ飛びで外壁のうえに乗っていた。
「わぁ。すごい、ジャンプ力」
節足動物特有の節をくねらせながら、網切りは空をとんで行く。
網切りの背に乗れないかと思って試してみたが、全然浮かぶ事は出来なかった。
私、体重軽い方なのに。
代わりに網切りの尻尾を摑みながら、一つ目小僧は器用に登っていた。案外身軽で驚いた。スポーツはできる子らしい。
問題は私だ。運動音痴ではないけど、人間の範疇を超えない限り、この壁は登れない。そもそもそういう設計の壁なのだから、当然といえば当然だ。
〚がんばれ〛ファサッ
唐傘お化けが応援してくれている。
「なめなめ〜」
垢嘗めが舌を伸ばしてきた。
(そうなるよね〜)
「あ、ありがとう!」
勇気を出して垢嘗めの舌に摑まる。垢嘗めの舌が手に巻き付いてきた。
ぐっと引っ張ってみると、なんだか千切ってしまいそうな恐怖に駆られる。
しかも、引っ張った時の垢嘗めの踏ん張ってる顔が無理しているのが分かってしまって、とても体重はかけられない。
あと、ヌルヌルしてて多分掴んでいられない。
「垢嘗めくん、ありがとう!ほかの方法でやってみるね」
垢嘗めの舌を返してやると、少しホッとした顔をしていた。やはり無理していたようだ。
「くさい…」
またしても手が猛烈に臭くなってしまった。




