滝
翌朝、日が昇り始めた頃。
「主様、少し遠出をなさいませんか」
猫又がそう切り出した。
「遠出?」
「唐傘お化け殿が他にも水源を見つけていたようでして。それが、存外に大きいようでございます。一度、皆で見に参るのも、悪くないかと」
〘みずうみたいだった〙ファサッファサッ
「川か、滝みたいなのがあるかもってこと?」
「ええ。生活のためにも、一度ちゃんと見ておいた方がよろしいかと」
「行ってみたい!」
メアリはすぐに立ち上がった。久しぶりに純粋な楽しみとしての外出だった。
――
一つ目小僧、垢嘗め、唐傘お化け、網切り、猫又。コロポックルたちは畑仕事を優先し、数体だけが同行することになった。葉耳兎も少し離れてぴょんとついてくる。
唐傘お化けを先頭に、緩やかな斜面を登っていく。
森が深くなるにつれ、水の流れる音が少しずつ大きくなっていった。
「わぁ……」
木々の隙間から、光が反射しているのが見える。
最後の茂みを抜けた瞬間、目の前に広がったのは想像以上の光景だった。
切り立った岩肌から、白い水が勢いよく流れ落ちている。滝壺は澄んだ水を湛え、陽光を受けてきらきらと輝いていた。
「すごい……!こんな場所があったんだね」
「なめなめ!」
垢嘗めが、真っ先に水辺へと駆けていく。
「わっ、垢嘗めくん、抜け駆けだ!」
慌てて追いかけるメアリを、一つ目小僧が楽しそうに追い越していった。
網切りは滝の途中まで到達すると、満足げにハサミを鳴らした。
唐傘お化けは滝の飛沫を浴びるように、ふわふわと宙を漂っている。
〘きもちいいね〙ファサッ
「本当に、綺麗な場所だね」
メアリは水辺にしゃがみ込み、澄んだ水に手を浸した。冷たくて気持ちがいい。
「これだけの水量があれば、当分水に困ることはなさそうにございますな」
猫又が隣に腰を下ろしながら言った。
「洗い物もこれで楽になりそう」
「魚もいるやもしれませぬ」
「え、魚!?」
期待にメアリの目が輝いた。
覗き込むと、澄んだ水の中を小さな影がいくつも泳いでいるのが見えた。
「本当だ!いる!」
「ぽっく!」
コロポックルの一体が、水面を指差して跳ねている。
「捕まえられるかな……」
「これは網切り殿の出番かもしれませぬな」
猫又の視線に網切りが、任せろとばかりにハサミを構えた。
――
昼が近づく頃には、すっかり水辺で遊び疲れて、一同は岩の上に並んで、日向ぼっこをしていた。
メアリは洗った下着を岩の上で乾かし、久しぶりにさっぱりした体にご機嫌そうな顔をしていた。
垢嘗めはずぶ濡れのまま、気持ちよさそうに寝転んでいる。一つ目小僧は、拾った石を並べて何やら模様を作って遊んでいた。
葉耳兎は少し離れた岩の陰から、ずっとこちらの様子を見ていたが、いつの間にかコロポックルの一体と並んで日向ぼっこに加わっていた。
メアリはその光景をぼんやりと眺めながら思わず呟いた。
「……この時間がずーっと続けばいいのに」
隣で猫又が静かに目を細める。
「続くよう、努めるのが我らの務めにございます」
その言葉にメアリは小さく笑った。
滝の音がいつまでも穏やかに響いていた。
網切りが意気込んだ様子で水面へと構えを取った。
シャキン、シャキン。
小気味よい音を立てて、ハサミを開閉させる。狙いを定めている様子だった。
「網切りくん、今度はいけるかなー?」
自信ありげに網切りがハサミを持ち上げると、水中へと飛び込んだ。
上手に飛び込み、水面でぽちゃんと小さな音が鳴った。
そして勢いよく飛び出してきた網切りの片方のハサミに、銀色に光る魚がしっかりと挟まれていた。
「え!?わぁ!みんな捕まえたよ!!」
得意満面で、網切りが魚を掲げてみせる。
「なめなめ!」
垢嘗めが興味津々で駆け寄っていく。
「すごいね、網切りくん!お魚って素手で捕れるものなんだね!」
シャキンシャキン、と網切りが誇らしげにハサミを鳴らし続けた。
続けて、コロポックルの数体も浅瀬で小魚を追いかけ始める。
「ぽっく!ぽっく!」
水しぶきを上げながら、小さな体で懸命に追いかけるが、なかなか捕まえられず何度も足を滑らせては、きゃっきゃと笑い合っていた。
――
「ここ、本当にいい場所だね」
メアリは改めて周囲を見渡した。
滝から流れ出た水は緩やかな川となって、山の斜面を縫うように下っていく。岸辺には平らな岩が点在し、腰を下ろすのにちょうどよかった。
「水も綺麗だし魚も獲れる。木陰もあって涼しいし、岩の上なら服が直ぐに乾くし」
「洞穴からも、そう遠くございませぬしな」
猫又が、頷きながら言った。
「この辺りにいずれ、水汲み場や洗い場を作るのも良いやもしれませぬ」
「うん。そうしたいね」
想像するだけで少し心が弾んだ。畑があって水場があって寝床がある。少しずつ暮らしの形が整っていく。
ふと川辺の茂みが、がさりと揺れたのが目に入る。
「…あ」
メアリが目を向けると、そこには丸っこい影がいた。
灰色がかった毛並みに小さな手。川べりの岩に張り付くようにして、何かを一生懸命に洗っているように見えた。
「あれ、なんだろう。たぬき?」
「いえ、違いますなぁ」
猫又が、目を細める。
「こちらの妖の類でございますかな」
その時、洗っていた木の実が、ころりと川に落ちた。
「……あっ」
小さく声が聞こえた。
慌てて拾おうとして、その拍子に体ごと川へばしゃんと落ちてしまう。
「わっ、大丈夫!?」
メアリが駆け寄ると、その生き物はずぶ濡れのまま、ぷはっと顔を上げた。
丸い顔につぶらな瞳。頭の上には小さな皿のようなものが乗っている。
葉耳兎が、興味深そうに岩の上からその様子を覗き込んでいた。
コロポックルたちも集まってきて、ぽくぽくと跳ねながら囲んでいる。
その生き物は濡れた毛をぶるぶると震わせて水気を払うと、きょろきょろと周囲を見渡した。
たくさんの視線に囲まれて、居心地悪そうにじりじりと後ずさっていく。
「怖がらせちゃったかな……大丈夫だよ、何もしないから」
メアリがそっと手を伸ばすと、その生き物はびくりと体を強張らせた。
けれど逃げはしなかった。
代わりに、先ほど川に落としてしまった木の実を、名残惜しそうに見つめている。
「あ、これでもいい?」
メアリが、川べりに落ちていた木の実を拾い上げ、そっと差し出す。
しばらくじっと見つめていたが、やがておずおずと近づいてきて、その木の実を受け取った。両手で大事そうに抱えると、ぺこりと小さく頭を下げる。
「お礼してくれた!」
「なめなめ!」
垢嘗めが嬉しそうに手を叩いた。
その生き物は、コロポックルたちの視線から逃げるように、そそくさと川べりの岩陰へと戻っていく。だが完全に姿を消すことはなく、岩の隙間から、こちらの様子をちらちらと窺っていた。
「また、会えるかな」
メアリが呟くと猫又が小さく頷いた。
「この辺りに住まうておるならば、これから何度も顔を合わせることになりましょう」
「うん、そうだといいな」
葉耳兎もその様子を静かに見つめている。
顔見知りが、また一匹増えた。
仲間として迎えるわけではなくても、メアリにはなんだか嬉しかった。




