居場所
作業がひと段落した頃、メアリは洞穴の中を見て回っていた。
猫又が教育係のような顔で隣についてくる。
「主様。せっかくでございますし、皆の顔ぶれを、改めて整理なさいませんか」
「あ、それいいね。実はまだ、みんなのことちゃんと把握できてないところあって」
猫又は、満足げに頷くと、洞穴の奥を手で示した。
「まず、この洞穴でございますが。奥の一番広い場所を、主様の寝所となさいませ」
「え、私だけ?」
「万が一の際、真っ先に攻撃される位置に主様がいては、意味がございませぬ。一番安全な場所にいていただくのが、我らの務めにございます」
有無を言わさぬ口調に、メアリは、思わず頷いてしまった。
「入口付近は、番の役目もございますので、網切り殿とワタクシで。空からも偵察出来る網切り殿となら、真っ先に異変を察知できましょう」
網切りが、シャキンと得意げにハサミを鳴らした。
「湿った奥の一角は、垢嘗め殿がお気に召すかと」
「なめなめ〜」
嬉しそうな返事が返ってくる。
「一つ目小僧殿と、唐傘お化け殿は、主様のすぐ傍に。何かあった折、真っ先に動ける位置がよろしいかと」
一つ目小僧が、こくこくと頷き、唐傘お化けも〘ちかく、うれしい〙とファサッと揺れた。
「コロポックルたちは、外に別の住処を作らせるのがよろしいでしょう。彼らは、彼らなりの暮らし方がございますので」
「ぽっく!」「ぽぽっく!」
賛同するように、コロポックルたちが跳ねる。
――
配置がある程度決まると、メアリは改めて猫又に尋ねた。
「ねぇ、猫又くん。みんなのこと、もう少し詳しく教えてくれない?一つ目小僧くんとか垢嘗めくんとか、どういう子たちなのか。正直、よく分かってなくて」
「よろしゅうございますとも」
猫又は尾を揺らしながら、一つ目小僧を手で示した。
「一つ目小僧殿は、山や道端に現れ人を驚かせることを生業とする妖にございます。人に害をなすというより……そう、少々悪戯好きの子供といった気質でございますな」
「黙っていーよー!」
猫又が、くすりと笑う。
「垢嘗め殿は、古びた風呂場などに現れ、垢や汚れを舐め取る妖でございます。清潔を好むというより、汚れそのものを糧とする性分ですな」
「なめなめ〜」
垢嘗めが誇らしげに胸を張った。
「唐傘お化け殿は古い傘が長い年月を経て魂を得た付喪神。風を操り、空を渡ることを得意といたします」
〘とぶの、すき〙ファサッ
「網切り殿は、蚊帳や網をするどい鋏で切り裂く妖。見た目は些か奇怪でございますが、あの通り手先は誰より器用にございます」
シャキン、と網切りが応えるようにハサミを鳴らした。
「コロポックルたちは、蕗の葉の下に住まう、小さき民にございます」
「へぇ……なんか一つ目小僧くんたちとは、また雰囲気が違うね」
「左様でございますな。同じ『百鬼夜行』に応じておきながら、これほど毛色の異なる者が集うのは、ワタクシも些か珍しいと感じております」
猫又は、少し思案するように、金色の瞳を細めた。
「主様の力そのものが余程幅広く、様々な妖を呼び寄せる性質を持っているのやもしれませぬ」
「……そっか。じゃあ、これからもいろんな子が来るのかな」
「十分に、あり得ることかと」
一通りの紹介を終えると、猫又はふと何かを思い出したような顔をした。
「主様はご自身のことを、少々見誤っておいでかもしれませぬな」
「え?どういうこと?」
「『百鬼夜行』というものが、本来どういうものかを、でございます」
猫又は、洞穴の外を見渡すように目を細めた。
「本来百鬼夜行とは妖どもが、夜に列をなして練り歩く、いわば祭のようなものにございます。ただの群れではございませぬ。誰を先頭に据えるか、誰を総大将と仰ぐか。それによって、その夜の百鬼夜行の在り方さえ変わるものでございます」
「……在り方」
「並の器では務まりませぬ。生半可な人間や、力なき者が音頭を取ったところで、妖どもは誰一人、ついてきませぬ」
猫又の声が、少し、改まった。
「それを主様はたった一夜で為してしまわれた。それも、酒呑童子様、茨木童子様ほどの御方々まで従えてでございます」
「……そんな、私は何も」
「いえ、これは大したことにございますよ。ワタクシ如きでは、百鬼夜行を除けば九尾の御方の御側に近寄る事さえ畏れ多いことなのです」
猫又が、きっぱりと言い切った。
「主様はご自身を情けない総大将だったと、悔いておいでのようですが。妖の目から見れば、あれほど誇らしいことはございませぬ。誰も彼もが、主様のために、命を懸けて夜を駆けたのですから」
その言葉に、メアリの喉が詰まった。
「……そう、なのかな」
「間違いなく。そうにございます」
猫又は優しく目を細めた。
「それに、こんな話も耳にしております」
「え?」
「主様がこちらへ来られる少し前…妖の間では、まだ現世の妖の間で、噂が広まりつつあったのでございますよ。人ならざる者たちの間で新しい主の話が、ちらほらと」
「私の噂…」
「一夜にして、酒呑童子様ほどの御方を従えられたとあっては……妖の世では、もうそれはちょっとした評判にございます」
猫又は、悪戯っぽく、口の端を持ち上げた。
「これから先、興味を持って覗きに来る者も少なくはないかと」
メアリはなんとも言えない気持ちになった。恐ろしいようなくすぐったいような。
まだ総大将だなんて実感は湧かないけれど、胸の奥に小さな温かさが灯った気がした。
――
昼過ぎ、コロポックルの一体が両手いっぱいに何かを抱えて戻ってきた。
「ぽっく!」
差し出されたのは赤紫色に熟した、山葡萄によく似た実だった。房になっており艶やかに光っている。
「これ、食べられるの?」
「にゃ、少々お待ちを」
猫又が鼻先を近づけて、匂いを確かめる。
「毒の気配はございませぬ。恐らくは山葡萄に近い実かと思いますが」
「食べてみようかな……」
一粒摘んで、口に含む。
「んー!……甘酸っぱい。美味しい」
思わず頬が緩んだ。
コロポックルたちがそれを見て、嬉しそうにぽくぽくと騒ぎ跳ね回る。
他にも木苺に似た赤い実や、名前も分からない木の実を次々と見つけてきていた。
「しばらくは食べるものに困らなそうだね」
「はい。この山は思っていた以上に、恵み豊かでございますな」
猫又の言葉に、メアリは改めて周囲を見渡した。
ただの見知らぬ山だった場所が、少しずつ自分たちの場所へと変わり始めていた。




