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書状の間にて

Side カンナバリカ


書状の間には蝋燭の灯りだけが揺れていた。

窓の外では、いまだ兵士たちの声が入り乱れている。夜通し続いた宴の後始末と、正体不明の襲撃への対応とで、王城全体が浮き足立っていた。


その喧騒から一つ扉を隔てた部屋で、カンナバリカは、机に向かっていた。

長身で整った顔立ち。年齢は二十代の後半といったところにしか見えない。


「さて、と」


報告書を数枚、机に並べる。


一枚目は騎士団からのもの。「都市門へ向かう最中、奇妙な影に惑わされ、いつまで経っても辿り着けなかった」という、要領を得ない証言がまとめられている。


二枚目は宴の会場に居合わせた生徒たちからの聞き取り。「城主と名乗る老人が現れた」「以前からその人物がいたような気がしていた」「そこにいて当然だった」「突然その感覚が元に戻った」という、これもまた曖昧な内容だった。


「面白いね」


カンナバリカは口元に笑みを浮かべた。


「揃いも揃って、誰も、まともに見ていない」


騎士団は幻術か何かに翻弄され、方向感覚そのものを狂わされていたらしい。王城内では多数の関係者や生徒たちが、一時記憶そのものを塗り替えられていたような証言だった。


「私もあの場にいれば、面白い見世物になれただろうにね」


独り言のように呟きながら、机の引き出しから、別の書類を取り出す。


三枚目は神川リオンに同行していた兵士二名からの証言だった。


恐怖のあまり要領を得ない部分も多かったが、一つだけ、はっきりとした記述があった。

赤木メアリが逃亡を図った際、神川リオンが「カンナバリカ様の指示だ」と口にした上で、彼女を捕らえ手にかけたという一文だ。


「……ああ、そういえばそんなことを」


カンナバリカは小さく笑った。


「逃げれば躊躇わず始末してよい。そう言った」


技能開示の儀の直後、メアリを牢へ送る際、見張りの兵士とリオンたちに、あらかじめそう言い含めておいた。当然の処置のつもりだった。危険因子は、早々に摘んでおくに限る。


「まさか、その始末がこんな結末を招くとはね」


苦笑交じりに、報告書を指先で弾く。

兵士たちの証言は、そこで途切れていた。彼らも、その後の惨状(妖怪の群れ、大物の出現)を目の当たりにして、算を乱して逃げ出したらしい。生き延びて王城まで戻れたのは、ある意味幸運だったのだろう。



生徒たちの安全のためと称して、全員を各自の部屋に留め置かせたのは、他でもない自分の指示だった。

理由は単純だ。

未知の技能というものは大抵の場合、一度解析してからでなければ、有効な対策が立てられない。であれば最初の一手は、自分よりも代えの利く者たちに切らせるべきだ。

騎士団も生徒たちも、いわばそのための目でしかなかった。


もっとも――


「三人も駒を失うとは…想定外だったが」


報告書の一枚に視線を落とす。


神川リオン、死亡。

喜多院元春、死亡。

原西賢人、死亡。


三名とも歴史的に見て決して弱い技能ではなかった。

特にリオンの『閃耀の矛盾』はその性質上、不敗に近い力を持っていたはずだ。それが一夜にして三名まとめて失われた。


「……ふむ」


カンナバリカは、椅子の背に体を預けた。

原因はまだ正確には摑めていない。ただ、事件の中心にいる人物については、一つの名前しか思い浮かばない。


赤木メアリ。


技能開示の儀、あの瞬間の光景が脳裏に蘇る。

計測神具が、これまで見たこともないほど強く赤く染まった、あの反応。


(あれは、少し異様だったね)


叛逆の兆しというには、あまりに強すぎる反応だった。今にして思えばあの反応の強さそのものに、何か仕組まれたものがあったのではないか。そんな疑念が今更ながら頭をもたげる。

だが証拠はない。今は憶測の域を出ない話だ。


「ふむ……厄介なのはそこではないか」


カンナバリカは別の一枚を手に取った。


昨夜、王都の外で目撃された、複数の異形の存在についての報告書。赤い肌の巨躯。青い肌の鎖を腕に巻いた大男。そして幾つもの尾を持つ、人ならざる美女。

いずれも、この世界の魔物図鑑には、載っていない姿だった。


「新たな魔族の可能性も否定は出来ないが、これが赤木メアリの技能『百鬼夜行』の産物だとすれば…」


想像以上の代物だ。

召喚された時点では、Sクラスの技能を三つ持つ、規格外の存在としか認識していなかった。

だが、実際に発動した結果を見る限り、その規格外の意味を、根本から見誤っていた可能性がある。


技能開示の儀もその場で全てがわかるわけではない。後天的に進化することもあるし、不明瞭な部分もある。駒として、これから曝《さら》け出させる作業に入るのだが。


「……次に会う時は、警戒を強めるべきかもしれないね」


そこまで思考を巡らせて、カンナバリカは次の報告書に手を伸ばした。


こちらは、別件だった。


宴の会場で起きた、城主騒動そのものについての報告。「城主を名乗る老人が現れ、しばらくして忽然と姿を消した」という一点は共通しているが、その正体や、撤退した理由については、誰も正確に把握していない。

ただ一点、気になる記述があった。


新田茜という生徒が、その最中に脱衣場で体調を崩し、意識を失って倒れていた。という一文だ。


「ふむ……偶然、ね」


カンナバリカは目を細める。


新田茜。大塚心子。この二人は宴の最中、大浴場に抜け出していたため、城主騒動の現場には居合わせていなかったという記録がある。

そのタイミングで新田茜が体調を崩している。


(何か関わっているのか。それともただの偶然か。入浴ともなればメイド共が傍にいたはず…聞き取りを行うか)


判断材料があまりにも少なすぎた。


「……仕方ない」


カンナバリカは、報告書の束を、机の端に寄せた。

今この場で無理に結論を出す必要はない。情報が足りないなら、待てばいい。生徒たちは、まだ十名も残っている。時間をかけて、一人ひとりの性質を見極めればいいだけの話だ。


「それより、今はこちらだね」


引き出しから最後の一枚、封蝋の押された書状を取り出す。

見慣れぬ紋章。シングラー帝国のものだった。

カンナバリカは、それを丁寧に開くと、蝋燭の灯りの下で、目を通し始めた。

読み進めるうちに、その顔から、先ほどまでの余裕が、少しずつ薄れていく。


「……これは」


低く、呟く。


「思っていたより、随分とお急ぎのようだ」


窓の外、白み始めた空を見上げる。


「さて。手駒をどう並べ直すべきかな」


カンナバリカは報告書を全て重ね直し、静かに立ち上がった。

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